繰り返し五分
御角
繰り返し五分
いつも通りの朝、窓からは登校する生徒がちらほら見える。僕も、普段通り学校へ行かなければならない。着慣れない制服に
腕時計を見ればちょうど八時五分、ギリギリ遅刻は
恐る恐るその線を目で
——わずらわしいアラームの音に、視界が黒く
そっと目を開き、
「夢、か……」
「夢じゃないよ」
「!?」
思わず飛び起きて枕元の時計を
驚く僕を見てケタケタと笑う少女は、まさしくあの時、目の前に立ち
「君は一体……。そもそもなんでここにいるんだ? 不法侵入だぞ」
困惑する僕をからかうように、彼女は口元を手で押さえニヤニヤしながらこちらを見つめる。その失礼さに段々と腹が立ってきた。
「質問が多いなぁ、探偵さん。こんなところで
「探偵……僕が?」
「そう、あなたは探偵で、私はその助手。だから一緒にいるのは当たり前なの」
訳がわからない。僕はしがない学生で、彼女のことなど見たこともないはずなのに。
「わからないことだらけって顔してるね。しょうがない、頼りない探偵さんに三つ、ヒントをあげる」
少女は右手を突き出し、その親指と小指を折り曲げ不敵に笑った。
「一つ、この世界は探偵さんを中心にループしている。二つ、探偵さんの仕事はこの五分間で全てを解き明かすこと。三つ、あなたが全てを思い出せば、この
「……その言い方だとまるで、ここが現実じゃないみたいだな」
彼女は依然、
「残念だけど、ヒントは終わり。助手に頼りきりなんてよくないよ。あとは自分で解決してみせて」
少女はそう言うと、僕の制服と教科書をどこからか持ってきて、ドンと机に置いた。真新しい制服がよれ、その背中にシワを走らせる。
「……あれ?」
おかしい。この一年生向けの教科書達はみんなボロボロなのに、制服だけはやたらと
「カバンも探ってみたら?」
僕は言われるままスクールバッグのポケットを
「卒業式の、お知らせ……?」
「そうか、生徒手帳によれば僕は中学生、更にこの卒業式のお知らせから考えると中学三年生なんだ。なのに毎日身につけるはずの制服がほぼ新品なんて、
「……それで?」
「教科書もそうだ。一年生向けしかないのは僕の学年から考えてもおかしいし、制服と対照的にボロボロなのもますますおかしい」
そう
こみ上げる吐き気に耐えられず、僕は教科書を乱暴に閉じた。
「僕は一年生のころいじめられて、それ以来、三年間ずっと不登校だった。だからこの制服も着慣れなかったし教科書もボロボロで一年分しかないんだ。……あってる?」
少女は目を細めてまた笑った。
「正解! 流石、推理ものばっかり読んでた小説オタクだね。でも……」
彼女はその小さな手でゆっくりと時計を指差す。
「もう時間切れみたい。それじゃあまた、次の五分で」
その言葉と同時に世界が歪んでいく。
——また、アラームの音で目が覚める。まだ
「おはよう、探偵さん」
「お前……助手か?」
その少女は以前見た時よりも明らかに成長していた。髪も身長もかなり伸びており、別人のようにすら思える。
「なんだ、もう知ってるんだ。つまんない」
少女は
「僕は自分のことについては思い出した。でも、それじゃまだ足りないんだな」
「そうだね……全然。ま、他の部屋も調べてみてよ。きっと推理が得意なあなたならすぐに解けるはずだよ」
そう言えば以前のループでも彼女は似たようなことを言っていた。僕が推理小説好きのオタクだと……。
もしかして、彼女は僕の知り合いなのだろうか。そんなことを考えながら僕は家のリビングに足を踏み入れた。
まず目についたのは
次に目に入ったのは、その側に置かれた写真立てだ。先程見た男が一人、その
これはきっと家族写真だ。父、母、僕、そして……恐らく、妹。この写真に写る妹は、今後ろで僕を見守る彼女そっくりだ。
「そうか、だから……」
「何?」
「いや、なんでもないよ」
妹ならば僕についてやたらと
「あっ……」
周囲に注意するあまり足元が
「——続いてのニュースです。昨夜、首都高で発生した衝突事故により、四十代の女性が意識不明の重体でしたが、今朝、死亡が確認されました。女性の名前は……」
時刻は八時三分、画面に表れたその顔に、僕は言葉を失ってしまった。
「お母、さん……」
あの写真で見た母よりも
ふと後ろを振り返ると、今まで笑顔しか見せてこなかった少女が初めて、その顔を歪ませ
「……僕の両親は、もう死んでいたんだな」
「うん」
「君と僕は、もうたった二人の家族になってしまったんだ」
その言葉に少女は困ったように笑う。
「まだ……足りないよ」
「え?」
その瞬間、彼女は僕の首に手をかけた。少女とは思えないほどの圧迫感。以前にも経験がある浮遊感。脳へ巡っていた血が一気に
「お父さんは過労、お母さんは寝不足で事故。原因はもう、わかってるんでしょ?」
ああ、そうか。彼女は僕が両親を死なせたと思っているんだ。不登校で引きこもりで、二人に迷惑をかけ続けて……。
意識が飛ぶ寸前で、彼女は両手の力を
「わかった?」
「……ああ、今ので全部わかったよ。僕はきっと前にも、お前に
彼女は何も答えない。
「言っておくが両親が死んだのは僕のせいじゃない……。不登校になって一番辛かったのは僕なんだ! 僕は悪くない!」
少女は静かに微笑んだ。その
「おい、なんとか言えよ……おい!」
僕の罵声が響く中、世界はガラガラと音を立てて
——耳をつん
「何で……どこかで間違えたのか?」
そう目の前の空間に呟いても、答えは何も返ってこない。散乱する本と
もしかして僕は、永遠にこの五分に
「一応、探してみよう……。あいつも、まだリビングにいるだけかもしれないし」
そんな淡い期待を抱きながら、僕は再度リビングに足を運んだが、当然そこには誰一人としていなかった。僕は倒れた
「……続いてのニュースです。昨夜——」
またこのニュースか、流石に何度も親の
「昨夜、自殺の様子をインターネットで配信し、首を吊った男子中学生が
試しに僕はテーブルにのぼり、更にその上に椅子を置いて踏み台にする。手を伸ばせばあっさりと、その馬鹿な試みの
「続いてのニュースです。昨夜、首都高で……」
——僕は殺されたんじゃない。自分から死のうとしたんだ。全部、全部思い出した。
父が過労で倒れたのは、引きこもって片っ端から読みもしない本を買い漁り、
こんなに大事なことを、どうして今まで忘れていたのだろうか。今更後悔しても、亡くなった両親はもう、写真のように笑いかけてはくれない。
「……また、衝突事故で同じく意識不明の重体となっていた十代の女性は、一命をとりとめたとのことです」
そうか、妹も……。僕のせいで、巻き込まれていたのか。この罪は、
八時五分。そっと、テレビの電源を落とす。僕の世界は、再び
淡々と流れるニュースの声が
「……夢、か」
病院のベッドの上で、僕はようやく真実に辿り着いた。
「——夢、じゃ、ない……よ?」
隣から途切れ途切れに、懐かしい声が聞こえる。カーテンを静かに開くと、そこには包帯まみれの妹が横たわっていた。数年ぶりに見る妹は、本当に別人のように成長していて……それが余計に僕の罪悪感を
「生きてて、よかった」
そう呟く妹のほうが酷い状態なのに、もっと自分を責めてもおかしくないのに、そう思うと涙が喉に
「ごめん……ごめん、僕のせいだ。全部、全部僕の……」
「少しは、反省した?」
包帯の
「ああ、もう目を
僕はその届かない距離を埋めるように、精一杯手を伸ばす。
「これからも、お互い助け合って……僕の妹として、助手として、一緒に暮らしてくれますか?」
その答えと言わんばかりに、彼女は思いっきり口角を上げて包帯越しに満面の笑みを見せた。
「当たり前、でしょ……? だってさ、私達——たった二人の家族、なんだから」
僕は今、ようやく現実にその両足を下ろし、しっかりと踏みしめた。
もう二度と、離れることのないように。
繰り返し五分 御角 @3kad0
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