第48話 最終選考&NOW
年度が改まり、大学の入学式を終えて自宅へ急いで帰宅する。
いよいよ「第十回新感覚ウェブ小説選考会(新感選十)」の最終結果が発表されるのだ。
〔伊井田飯さん、わさび餅さん、畑中さんこんばんは〕
〔多歌人くん、来たね。発表時間には間に合ったよ〕
〔多歌人さん、こんばんは〕
〔大穴の多歌人くんの結果が、いちばん読みにくいからな〕
チャットルームであいさつをしていると、スマートフォンにLIMEの着信音が鳴った。
小学校時代からの親友である高田からだ。
〔大賞を獲ると信じてるぞ!〕
「グッドラック」のスタンプが押されていた。
〔必ず獲るさ!〕
「親指を立てた」スタンプを押して返した。
〔さて、いよいよ十九時になるね。ここにいる人が書籍化を決めるといいんだけど〕
十九時のアラームが鳴り、「新感選」特設サイトで結果発表のリンクが出るのをリロードしながら待つ。
そしていよいよリンクが現れた。そのリンクを躊躇せずクリックする。
〔大賞受賞作『異世界探偵粗挽きゲインナー』著者:多歌人〕
これ嘘じゃないよな……いったんブラウザバックして、もう一度リンクをクリックする。
しかし表示されている文字に偽りはなかった。
〔獲りました、大賞〕
〔うおー! 多歌人くんマジで大賞獲っちゃったよ!〕
〔多歌人くんおめでとう!〕
〔多歌人さんおめでとうございます!〕
おっと歓喜に飲まれていないで、他の人の作品もチェックしないと。
伊井田飯さんはラブコメの一本が優秀賞に入った。これで書籍化作家へ戻ることとなるようだ。
わさび餅さんのラブコメも優秀賞だ。そして僕の「異世界転生」ものは佳作に滑り込んでいた。
「異世界転生」ジャンルの雄であるハワード三世さんも佳作に終わった。
〔伊井田飯さん、わさび餅さんもおめでとうございます。これで書籍化決定ですね!〕
〔うわー! 俺だけ二次選考落ちで加われねえー!〕
〔多歌人さん凄いです! 大賞で書籍化なんて!〕
〔多歌人くんも書籍化決定か! 改稿にかなり時間をとられるから覚悟しておくんだね〕
とりあえず大賞作の講評を読んでみた。
〔今回はハイレベルな戦いが見られてとても有意義でした。とくに大賞となった『異世界探偵粗挽きゲインナー』は、異世界ファンタジーで推理ものに挑戦した意欲作であり、主人公のキャラクターも図抜けておりました。また同受賞者はもう一本佳作を獲得しており、今回の大きな成果といえるでしょう。他にも優れた作品が数多く寄せられており、まさに皆様のレベルアップが顕著でした。皆様にも大きな賛辞を送らせていただきます。/審査員長・笹原雪影〕
〔多歌人くん、ようやく笹原雪影さんに勝って見返せたね〕
〔勝って見返したというより、これが笹原さんの真意だったんじゃないか、と思います〕
〔真意ってなんよ?〕
〔おそらくですけど、小説賞って最近どこでも頻繁に開催されていますよね。それって質の低下が著しかったからではないかと。それで去年はあえて大賞なしにして笹原さんが暴言を吐いたのではないかと〕
〔あえて汚れ役を買って出たというわけですか。それで今回の大幅なレベルアップにつながったのなら、『シンカン』と笹原雪影さんの思惑どおりになったんですね〕
〔まあ好意的に捉えればそうなるだろうけど、実際問題どうなんだろうね。まあ書籍化が決まったから嬉しいことなんだけどね〕
〔これなら俺も異世界転生で本格的に勝負するべきだったかー〕
〔本気の異世界転生でハワード三世さんと多歌人くんに勝てたと思うのかい?〕
〔い、いいえ、伊井田飯さん。今回は相手が悪すぎましたよ〕
スマートフォンにLIMEの着信音が鳴った。もちろん高田からだ。
〔本当に獲っちまいながったな。おめでとう鷹仁!〕
「コングラチュレーション」のスタンプが押されていた。
〔有言実行できてよかったよ。ありがとう高田!〕
「どう致しまして」のスタンプを押して返した。意識をチャットルームに戻す。
〔そういえば大賞を獲ったら、その後どうすればいいんですかね?〕
〔ああ、そうか。初めてだとわからないよね。『シンカン』のアカウントページにあるメッセージボックスに通知が来るはずだよ。いちおう登録してあるメールアドレスにも届くはずだから、それを確認してからでもいいかな〕
〔受賞したらしたで忙しくなるんですね〕
〔君の場合、学業との両立になるから、さらにたいへんになると思うけどね〕
〔でも、書籍化するまでは絶対にあきらめませんよ〕
〔その意気だね。私もこれからたいへんになるけど、大賞の君よりは楽なはずだからね〕
〔そうですね。多歌人さんは大賞ですから、さらに執筆がたいへんになるのですね〕
〔まあ三作応募していたときに覚悟はしていましたから。司法試験も国家公務員試験もTOEICも書籍化後に挑戦するようにしますよ。僕もロボットじゃないので〕
◇◇◇
大賞作と佳作の二作が書籍化されて書店に並ぶ日が来た。
この様子は後日『シンカン』サイトで記事になるらしい。
改稿作業がたいへんだぞと伊井田飯さんから脅されてはいたものの、実際それほどの修正はされなかった。
元々の完成度が高かったから大賞を得たのであり、こちらはほぼそのまま、誤字脱字などの修正が主だった。
佳作の「異世界転生」ものも書籍化の話があり、こちらは大きな変更があったものの、三回の改稿だけですんなり通ってしまった。
こうした努力の末、今日は大型書店を舞台に出版記念イベントが行なわれるのだ。
そこにはあの笹原雪影さんがブッキングされていた。
控え室で顔を合わせたが、話してみると意外と好々爺だった。
やはり「新感選九」の総評は、純文学作家がアマチュア作家へ意識改革を求めて奮起させるための演技だったのだろうか。
「まさか東都の文一へ現役合格したやつが、ネットだかの小説賞に応募していたとはな」
それが第一声だった。
やはりステータスで人を判断するようなところが幾ばくかあるらしい。
出版社にとっても東都現役合格者が受賞したことで、アピール材料にするべくネット記事を書くのだろう。今回佳作の異世界転生ものも書籍化を決めた背景はそんなところもあるはずだ。
イベント前に次回作のあらすじを担当編集さんと打ち合わせた。
やはり東都というネームバリューを最大限に活かすべく、積極的に作品を発売したいのだろうか。
こうなると伊井田飯さんがなぜ一作で小説賞応募から出直さなければならなかったのか理解に苦しむな。
やはりなにがしか売るための看板がないと継続も難しいのだろうか。
僕も東都を卒業したらお払い箱になる可能性だってあるのだ。
すべてが順風である今のうちに、地歩を固めておこう。
卒業までに売れっ子になれば小説家としての道も明るくなるはず。
そして出版イベントが華々しく開始された。
─了─
タロット・カードは小説賞への誘い カイ.智水 @sstmix
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