第6話 クルクルドリルヘッド
クリスティーナとオレがラキュース学園で過ごしているクラスが何やら騒がしい。
教室に入ると、騒がしい原因がすぐにわかった。
「あら、クリスティーナさんではありませんの」
教室に入って第一声を発した女性を確認し、クリスティーナが苦笑いを浮かべる。
オレはまたかとゲンナリした気分になるも、表情に出すと難癖をつけられるので、巻き込まれないよう無表情でクリスティーナの後ろに立った。
これは、決してクリスティーナを盾にしているわけではない、決して。
アンジェラ・エルフィード。
ラキュース学園で常にクリスティーナと争っているエルフィード公爵家のお嬢様だ。
よく手入れされた金髪の毛先をカールさせており、オレは心のなかでドリルヘッドと呼んでいる。
彼女と後ろに群がっている取り巻き共は、ここではなく、隣のクラスの人間だ。
このクラスの生徒達は全員貴族だが、エルフィード家に物を言える人間はいない。
邪魔だから帰れよ、お前ら。
争っているというのは比喩ではなく、文字通り血を血で洗う戦いである。
ちなみに、戦っているのは主にオレだ。
「お聞きしましたわよ? あのフレッド・デッカーとお見合いをしたそうね」
「ええ、とても素晴らしい方よ。一時間ほどしかお話出来なかったから、次の機会に持ち越しになったわ」
「へ、へえ。そうなのですか……」
離れているオレにも聞こえるぐらい歯軋りをしている。
先に婚約されるかもしれないと思って、焦ってるのか?
フレッドは次期侯爵であり、彼女は公爵家のお嬢様といえど子供でしかないため、普通はクリスティーナのように敬称をつける。
つけないあたりが貴族の子供らしいというべきか。
アンジェラはクリスティーナの倍ぐらいお見合いをしているのに、今だに婚約の話が聞こえてこない辺り、お察しだ。
「それなら、ちょうどいいわ!」
アンジェラはご自慢の金髪ロールを指で弄びながら、そんなことを言い出した。
オレとクリスティーナには、何がよかったのかわからない。
アンジェラがビシッとクリスティーナに指を差した。
「勝負ですわ!」
脈絡もなく告げられ、困惑する。
まあ、いつものことだが。
アンジェラの後ろにいる取り巻き達も、驚いた表情を浮かべていた。
どうにも、彼女が単身暴走しているようだ。
これも、いつものことだが。
「私が受けなければならない道理がないのだけど? それに、この前は涙目で勝負してほしいとせがんできたから受けてあげたのよ。今度は犬のようにクルッと回ってワンと鳴いてもらおうかしら?」
「な、涙目になんてなっていませんわ! あなたは、私との勝負を受けなければなりません! この泥棒猫!」
「意味がわからないわ。行くわよ、カナタ」
「は、はあ。ですが、お嬢様」
泣きそうになっているアンジェラを放っていいものか。
………………。
主人であるクリスティーナが言うのだから、ここは従おう!
「お待ちなさい! 私も、フレッド・デッカーとのお見合いを進めておりますのよ。三・ヶ・月も前から! どう落とし前をつけるのです?」
「え?」
「は?」
フレッドがエルフィード家とお見合いを?
ラスト家とお見合いを進めているから、他の公爵家とお見合いをしていてもおかしくはない。
だがそれが、二家並行して進めているとなれば話が変わってくる。
どっちも進めて条件がいいほうを選ぼうなど、虫のいいことは許されない。
間違いなく、どちらかの公爵家を敵にまわすことは必死。
最悪、ニ家……それどころか、王国の貴族達もだな。
デッカー家とエルフィード家のお見合いにラスト家が横槍を入れたとなれば、ラスト家の名に傷がつく。
フレッドがそんなことをするとは思えないし、ラスト家だって根回しをしているはずだ。
「カナタ」
「確認を取らなければなんとも。ありえないと断言するには、情報が不足しています」
「そうよね。ねえ、あなたの勘違いではないの?」
「そんなことありませんわ! 私はきちんと、あの方の手を取りましたもの」
昨日、クリスティーナがしたことをアンジェラが……か。
そうなると、本当に?
いまいち彼女を信じきれないのは、彼女が何かと理由をつけてクリスティーナに勝負を挑んでくるからだ。
極稀に正当なものもあるが、大抵はイチャモンだったり勘違いによるものが多い。
「家を通して抗議することも出来るけれど、ここは一つ、勝負で決着をつけましょう。あなたが負けたら、潔くフレッド・デッカーのことは諦めなさい」
「何度も言うけど、受ける必要がないわ。抗議したければ抗議なさい。どうせ、いつもみたいにあなたの勘違いでしょうから」
何の証拠もないクリスティーナの決めつけだ。
しかし、決めつけだと言えないほど、アンジェラの勘違いは多い。
「クッ、ウウゥ! 覚えてなさい、お父様に言いつけてあげるわっ!」
「十七にもなって、言いつけるはないわね」
「お嬢様、もうその辺で」
これ以上は死体蹴りになる。
取り巻きを引き連れて幼児が言いそうな悪口を吐き続けて、アンジェラ達は教室を出た。
オレ達のクラスにとって、日常の光景のためか、他の生徒達は何事もなかったように教科書を開いて熟読している。
どちらかと言えば、騒ぎに巻き込まれたくないから大人しくしていたというのが適切か。
「カナタ。さっきの話、あとで家に連絡して聞いてみてくれるかしら」
「エルフィード様の勘違いでは?」
「九割九分はそうでしょうね。けれど、一分は可能性があるもの。ほら、代々ラスト家とエルフィード家は仲が悪いから」
「かしこまりました。講義が終わりしだい、すぐに確認してまいります」
「よろしくね」
講師が来たため、話はそこで終わった。
クリスティーナとアンジェラは同じ公爵家のお嬢様で同い年。
常に、周囲から比べられてきた。
仮にアンジェラの話が本当で、クリスティーナが婚約してしまうと、彼女の心は大ダメージを負うこと間違いなしだ。
さてさて、真相はいかに。
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