第7話 確認してみると……

「プッ、フフフフッ!」



 クリスティーナは普段、人前で笑うことがない。

 無表情なのではなく、微笑を顔に貼り付けているのだ。

 そうやって演技して、自分の本当の自分がバレた時、最高の快楽を感じるためだとか。

 こんなヤツが『王国の至宝』でいいのか生徒達に問いたい。



 吹き出すクリスティーナの珍しい姿を見て、生徒達はヒソヒソ話している。

 クリスティーナを笑顔にしたのは、ドリルヘッド・アンジェラが原因だ。

 言われた通り、ラスト家に確認するため、学園の電話を使った。



 出たのは、ラスト家全ての使用人の長、執事長ウェイル・コート。

 オレの話を聞き、何を言ってるんだとバカにされた。



 ラスト家に戻ったら禿げ上がった頭に残ってる髪を抜いてやると心に決め、懇切丁寧に一から説明する。



 最初、訝しんでいたウェイルもエルフィード家の名前が出た時、唸っていた。

 事実ならば、面倒なことになるのがわかっているため、おそらく頭の中で色々なパターンを想定していたはず。



 確認すると言ってしばらくした後、ウェイルからとんでもない真実が飛び出し、オレはアンジェラに対して憐れみの感情が湧き上がった。



「ま、まさか、手を取ったというのは、自分から取りに行ったからだったなんて。フフッ、それは確かに、手を取ったと言うでしょうね」



 デッカー家とエルフィード家がお見合いをしたことは事実のようだ。

 三ヶ月前にしたことも。



 アンジェラの言う事実は勘違いで、フレッドは破談にするつもりだったのだが、アンジェラが一人で舞い上がり、無意識だったのかはわからないが手を取ったらしい。

 フレッドはその場だけ乗り切り、あとで家を通して正式に破談という運びになったそうだ。



 それが脳内でお見合いは継続していると変換されているとは、大変都合のいい頭である。

 エルフィード家の当主は破談になったことは知っているはずなのに、娘かわいさに事実を伏せているそうだ。



 そのせいで、娘が学園で恥をかくのだから、よかれと思った行動が裏目に出てしまっている。

 まあ、オレ達からすれば、いつも通り彼女の勘違いだったというわけだ。



「カナタ。私が許可するから、『だからあなたは婚約出来ないのですよ』って言ってきなさい」

「嫌ですよ。そんなこと言ったら、取り巻き達に袋にされますよ」



 あれだけ醜態を晒しているアンジェラだが、周囲から見限られて人か離れそうなものだ。

 しかし、減るどころか最近増えてきた。

 同じ公爵家のお嬢様であるクリスティーナが取り巻きを持たないから、アンジェラに流れているだけのように思える。



 それにしても、数が数だ。

 五人とか十人ではない。

 アンジェラにそんなカリスマ性が……? オレから見れば、クリスティーナのほうがあるように思える。



「そうだわ! あとでアンジェラとフレッド様がどういうお見合いをしたのか調べてくれる?」

「それは言いですが、何故です?」



「同じ手順を踏んでもう一度、フレッド様の手を取るのよ。一部始終をカメラに撮って、アンジェラに見せつけるの」

「悪魔ですか?」

「貴族よ」



 クリスティーナの婚約を成立させるため、フレッドがアンジェラとの見合いで、何が嫌だったのか知る必要がありそうだから、それはあとで調べよう。



「ところでカナタ、私……足が疲れたの」

「今日は座学だけのはずですが?」



 ただ座っていただけなのに、足に疲労が溜まるものか。



「私が疲れたと言えば疲れたの。マッサージを所望するわ」



 組んでいた足をブラブラさせ、スカートが揺らめく。



「してくれないと……この場でストッキングを脱ごうかしら?」



 オレにだけ聞こえるように話し、オレの退路を塞いでいく。

 やらなければ、クリスティーナは絶対に脱ぐ。



 脱いでしまえば、ラスト家からクリスティーナに恥をかかせたとか言われ、運がよくてクビ、悪ければ……。

 娘を溺愛する旦那様ならやりかねない。

 奥歯を噛み締めつつ、クリスティーナの足元に跪いた。



 ハークライト王国の貴族の淑女は、みだりに肌を晒してはならないという文化がある。

 最近は平民の若い娘の中で、丈の短いスカート姿が流行しており、学園内にいる間だけはお嬢様達にも波及していた。



 というか、貴族筆頭である公爵家の娘であるクリスティーナが率先と始めたばかりに広まってしまった。



 そのせいで旦那様を始め、各所からオレにどうにかしろとせっつかれた。

 保守派の貴族、怖い。

 というか、旦那様が直接クリスティーナに言えよ。

 一執事のオレがどうにか出来ると思ってるのか?



 ただ、流石にスカートの丈は短くしても素足を晒すのはマズイので、お嬢様達はストッキングを履くようにしている。

 クリスティーナには無理やり履かせた。



 平民は素足、貴族はストッキングとわかれている。

 男子生徒の間では、どちらも楽しめてよろしいと喜んでいる連中が多い。



「……はあ。失礼します」



 細い足首に手を添え、まず靴を脱がせる。

 その瞬間、ムワッと匂いがたちのぼった。

 クリスティーナは平均体温がかなり高いため、より一層蒸れており、匂いが強い。



 新雪を思わせる真っ白な肌に、黒いストッキングが覆う光景は、じっくり見ると背徳的に感じた。

 変に生じた煩悩を振り払い、出来るだけ鼻呼吸を止めて指圧を始める。



 普段から本家や寮でやらされているから、クリスティーナが好む強さは心得ていた。

 ゆっくりと下から上へ、上から下へと指を這わせる。



「……んっ、ふぅ…………」

「お、おい。変な声を出すなっ! 聞こえるだろっ!」



 顔を上げて、抗議する。

 クリスティーナの足は組んだ状態とはいえ、オレの視線はスカートの中に注ぐ形になっていた。

 慌てて視線を切り、深呼吸する。

 見てない、オレはストッキングに隠れたピンクなんて知らないぞ……!


「ご、ごめんなさい。ちょっと、くすぐったくて」

「何?」



 ……そうか。

 いつもは素足でマッサージをしていたから、気付くのが遅れた。



 ストッキングの生地が肌と擦れるせいで、絶妙な塩梅になり、意図せずくすぐっていたのだ。

 力を少し強め、クリスティーナの反応を伺う。



「これぐらいでどうですか?」

「んっ! アアッ、もう少し……ンッ、強く」



 まだくすぐったいようで、さらに強く力を入れた。



「──ッ! そ、それは、強すぎるわ」

「も、申し訳ありません」



 わずかに力を弱め、マッサージを再開する。

 ……反応は上々。

 これぐらいが丁度いいんだな。



「ンンっ、次はふくらはぎよ」

「……まだやるのかよ」



 少し文句を言っただけで、足をブラブラさせた。

 ハイハイ、わかりましたよ!



 ……本当に細い足だ。

 他の女子生徒もそうだが、よくこれで体を支えられるな。



 特に疲労が溜まっているわけでもないふくらはぎは、あまり力を籠めてしまうとかえって痛めてしまう。



 力を弱めて指圧と撫でるの中間辺りでとどめてマッサージを続ける。



「……ハア、本当にカナタはうまいわね。んっ!」

「褒めていただけるのは結構ですが、もう少し抑えてください」



 オレはクリスティーナの足に集中しているので、周囲からどう見られているかなんてわからない。

 唯一、周囲を探れる聴覚を頼りにすると、やれ「ゴミ」だの、「クズ」だの、「羨ましい」だの聞こえてきた。

 ……最後、誰だ? 



「ハアハア……! これ、最高ね。次は太ももよ」

「待て! それは、流石にッ!」

「あなた達、何をしていますのっ?」



 横から割って入ってきたのはアンジェラだ。

 いつもいる取り巻きは、今だけはいない。



「マッサージです」

「ストッキングを履いたままマッサージだなんて、バカですの?」



 こ、こいつにバカ呼ばわりされたくねえ!



「今、いい気分だったのに台無しだわ。何しに来たのかしら? まさか、懲りずに勝負なんて言うのかしら?」

「………………」



 どうやら、図星だったようだ。



「私は暇ではないの。サッサと帰り────ああ、気が変わったわ。勝負を受けてあげる」

「え? お嬢様?」

「ほ、本当ですの!」



 突然の心変わりに首を傾げる。

 反対にアンジェラは、喜びのあまりガッツポーズを取っていた。



「勝負の内容は考えているの?」

「決まってますわ。あなたの執事と私の取り巻きによる、一対一の決闘ですわ」



「いつものですか」

「いつものね」

「う、うるさいですわよ!」



 オレ達のツッコミに、アンジェラが顔を真っ赤にしてむくれる。

 まーたオレが戦うのか。



 貴族の決闘は、古来は自分達で戦っていた。

 自身の誇りや名誉を守るために。

 しかし、替え玉を用意して暗殺する手段が頻出してからは、代理人を立てて決闘するスタイルに変化した。



 段取りは、見届け人と審判を用意し、当人達による要求と宣誓をおこない、代理人が決闘する。

 終了後、勝者の要求が通り、敗者はそれを粛々と受けなければならない。



 大の大人達は決闘なんてやらず、裁判所に持ち込んで裁判するんだから、そっちでやってほしい。



 一応、オレが全て勝利をしており、取り巻きの貴族を平民が倒したとして貴族連中からヘイトを集めている。

 理不尽すぎるよ、全く。



「いいわね、カナタ。全力で完膚なきまでに叩き潰しなさい」

「覚悟しなさい。あなたの執事が表に出られないくらいに、顔面をグチャグチャにしてやるわ!」

「それ、私は死んでいないでしょうか?」

「勝負は……二日後にしましょうか。実技があるから、その時にでも」



 かくして、オレの了承もなく勝手に決闘が決まる。

 いつものことだが、クリスティーナはオレが負けることを考慮していない。



 決闘は負ければ、勝負の前に決めたことを実行しなければならないのにだ。

 究極的なこと言うと、自害しろと言われれば自害するしかない。

 やらなければ、名誉も誇りも全て失う。

 貴族にとって、場合によっては命よりも面子が重要だ。

 それは、クリスティーナでも例外ではない。



「フフッ、楽しみね」

「……オレが言うのも何だが、御手柔らかに頼むぞ?」

「それは、あの子の態度しだいよ」



 一体、何を企んでいるのやら。



 ──講義後、オレはクラスの女子生徒達から犯罪者を見るような目で見られ、男子生徒達からは英雄の称号を与えられた。

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