第3話 次期侯爵様

 フレッド・デッカー。

 本日、クリスティーナとお見合いをする相手の名前だ。

 ターレ魔術学園大学院卒と、ハークライト王国で魔術師を目指す人間の中ではエリート中のエリートといえる。



 三十三歳という若さで魔術学園の講師となり、魔術学会で様々な論文を発表している。

 名実共に侯爵となれば、今まで通りの活動は出来ないだろうが、彼の功績が無くなるわけではない。

 フレッドのことを教えてくれた情報通の貴族によれば、実家がある領地に学園を建てたいらしい。



 デッカー家の資金は十分だ。

 しかし、国から許可が出なければ運営が出来ない。

 ラスト家は教育省に顔が効くから、それが狙いなのでは……という話だ。



 それが真実であれば、清廉潔白という評価を受けながら、なかなか強かな男なのかもしれない。

 相手を出し抜くぐらいでないと、貴族なんてやってられないから、正常といえば正常か。



「と、そろそろ時間だな」



 予定では十五時過ぎに、ラキュース学園校門前に到着することになっている。

 しばらく待っていると……。



「あれ、か」



 馬に牽引された馬車が一台。

 馬車がきらびやかな装飾で覆われているが、何よりも目を引くのは馬だろう。

 栗毛に金色のたてがみと尾を持つ、いわゆる尾花栗毛だ。

 美しく、軍馬の如く馬体がよい。



 鉄道、自動車が開発されてもなお、馬を重視する王国貴族らしい立派な馬だ。

 馬を持たない貴族は貴族に在らず、なんて言葉があるくらい、この国の人間は馬を愛している。



 御者が馬車の扉を開けた。

 先に使用人らしき女性が降り、馬車に向けて頭を下げる。

 それを見て腰を折り、王国式の挨拶をもって出迎えた。



「ご苦労様、少しばかり遅れてしまったかな?」

「そのようなことはありません。デッカー様」



 写真で見た時よりも、幾分か若く見える。

 王国の正装であるスーツに、白い手袋を着用していた。



「ラスト様はもうすでに?」

「はい。お嬢様はそれはもう、デッカー様を心待ちにしております」



「ハハハッ! それが本当なら、僕はお眼鏡にかなったのかな? 案内を頼むよ。ノーラ、君はここまででいい」

「! お待ち下さい、それでは当主様のご命令を遂行できません」



 ノーラと呼ばれたメイドが、共に連れて行くよう食い下がる。



「それは出来ない。この学園の規則があるからね」



 ただのメイドかと思いきや、フレッドの言葉から推測するに、この女性はメイド兼護衛なのだろう。

 よく見れば、立ち姿がどことなく武人を思わせる。

 貴族が護衛なしで歩くなど、命や身柄を狙う者からしてみれば喜んで飛びついてくる。



 ラキュース学園は一部の使用人を除き、学園の運営に必要のない人間を許可なく立ち入れさせない。

 背景にはその昔、貴族の威光を示そうと一人の坊っちゃんがたくさんの護衛を連れてきた。

 数はおよそ五十と記録されている。

 馬鹿だね。



 そして、敵対貴族の坊っちゃんもまた、呼応するように多くの護衛を実家から送ってもらった。

 あとはもう、ちょっとしたいざこざで中規模の衝突が学園内で発生してしまい、少なくない犠牲者が出てしまった。



 全く持って馬鹿らしい。

 この事件を契機に規則が出来た。

 学園内の安全が担保されないと貴族側から反対の声が上がったが、常駐の騎士団を配置するということで不満の声が押さえられた。



「失礼ですが、彼女は?」

「ああ。父が私の身を案じて付けてくれたメイド何だけどね」

「──メイド、ですか。 でしたら、問題ありません。使用人でしたら、『私も同じですので』」



 あえて使用人という言葉を強調する。

 院卒のエリートマンなら、オレの言いたいことがすぐにわかるはずだ。

 この規則、何だかんだメイドや執事ですと言い張れば学園内に入れるのだ。

 貴族の人間は、自分で着替えたりしないから誰かが世話をしなければならない。


 アホみたいな人数を連れてくるのなら話は別だが、一人ぐらいは問題ない。

 オレは執事兼生徒として在席しているから、他の使用人とはちょっと違うけどな。



「そうか。では、ノーラも一緒に来るように」

「お任せください」



 寮までの道のりの中、フレッドは気さくに俺に話を振ってきた。



「ラキュース学園は貴族の割合が高いらしいけど、平民とぶつかることはないのかい? ターレだと結構あったんだ。よく、学園の壁が爆発していたよ」


 こわ、教育機関ではなく、戦場では?



「時代によって変わるでしょう。お嬢様が分け隔てなく接するので、皆様も同じように接しています」

「『王国の至宝』と称される女性に嫌われるようなことは避けたいだろうからね」



「お陰様で平民である私も、伸び伸びと学業に励めます」


 至宝というあいつに相応しくない言葉が出てきて、苦笑いを浮かべそうになるのをグッと堪える。

 平民と貴族が喧嘩することは滅多にないが、貴族同士は間々あることだ。



 その度に決闘騒ぎになり、オレが駆り出される。

 外面はいいはずのクリスティーナが、どうして喧嘩を売られるのだろうね。



「知ってるかもしれないけど、僕は将来、学園を作ろうと思ってるんだ。君は平民でここの生徒だろう? 率直な意見を聞きたい。何か、不満な点はないかい?」



 クリスティーナの執事をしていることですかね、とは口が裂けても言えない。

 少し考え、浮かんだことを率直に言った。



「食堂のメニューが高いこと……ですね」

「……食堂?」



 思っていたことと違ったためか、フレッドは目を白黒させる。



「ラキュース学園は平民が通うには、とても学費が高いです。商人の出ならばともかく、村で掻き集めたお金で通う生徒も一定数います。学費だけでも精一杯なのに、食費や雑費は自分で稼がなければ満足に生活が出来ません。稼ぐことに集中すると、留年の可能性も出てきます。


かといって、食費などを切り詰めると生活がままなりません。王都の物価が他の地域と比べて高いことはわかりますが、それでももう少し安くしていただければ、より勉学に励めるかと」



「ターレだと貴族と平民は別々だったから、そういう視点が抜けていたね。ありがとう」



 執事であるオレにありがとう、か。

 クリスティーナが『忠実な小汚い犬』を飼っていることは、貴族の間で割と有名な話だ。



 平民だと知ってなお、この人はオレにお礼を言った。

 本当に周囲の評価通りの人間なのかもしれない。

 マジで有料物件じゃん。

 よかったな、クリスティーナ。

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