第2話 お着替え

 ラキュース学園は全寮制の学園で、貴族・平民問わず、全て入寮する決まりだ。

 貴族と平民の間には価値観が異なることが多々あり、無用な争いを避けるため、貴族寮と平民寮に分かれている。



 ラスト家は貴族寮と併設しながらも独立した建物(もはや一つの邸宅だ)に住んでいる。

 そのおかげで、オレは貴族寮の女子会館に入らなければならないという不可能なミッションをやらずに済んでいた。



「おかえりなさいませ、お嬢様」



 ラスト家専用の建物に入ると、一人のメイドが出迎えた。

 亜麻色の髪をボブカットにし、ツリ目がちな翠玉色の瞳が何故かオレを睨んでいる。

 今年で十四歳になるオレの義妹、ユウナ・シドウだ。



 幼少の生活よりも生活水準が上がっているはずなのに、ちっとも成長しない。

 十二歳ぐらいから変わらず、チビでペッタンコである。



「何か、良からぬことを考えていませんか? 兄様」

「いや、別に。いつも通りカワイイなと思ってな」

「気持ち悪いです」



 昔は兄様! 兄様! とオレの背にしがみついていた女の子がどうしてこうも口が悪くなったのだろう。

 これが世にいう反抗期というものか。



「ユウナ、準備のほうは?」

「お嬢様に相応しく、お見合いにぴったりなドレスを選びました。あと一時間ほどで参られるようですので、申し訳ありませんが……」



「私の妹分を困らせるわけにはいかないわね。手早く準備しましょう」

「……オレの時もそれぐらい素直に言うこと聞いてくれないか?」



「あなたは言うことを聞く側、私は聞かせる側よ」

「そうでした」



 時間もそろそろなので、ユウナがクリスティーナをドレッサールームに連れて行った。

 オレは、クリスティーナと次期侯爵様を迎える応接室に不備がないか、確認をおこなう。


 応接室は公爵家と考えると、決して広くはない。

 他の貴族家ならば、家格を示すように広く、また大小様々な調度品が置かれているだろう。

 クリスティーナが派手なものを好まないため、調度品は非常に少ない。



 しかしながら、少なくても置かれている品は王国の中で屈指なものばかり。

 家格を損なうことなく、計算されて置かれている。

 これは、ユウナのセンスだ。



 初めてオレ達がこの建物を訪れた時、オレが調度品をあれこれと選んで置いたのだが、ユウナやクリスティーナにボコボコに叩かれて泣いた。

 テーブルを指の腹で拭き取り、ホコリがないこと確認する。

 この邸宅を思わせる建物をユウナ一人で掃除するのは本当に大変だろう。



 オレもそこら辺考えて、一部屋でも掃除しようかな?

 でも、掃除するとユウナがむくれるんだよな。

 自分の仕事を盗られたと感じるのかもしれない。

 あいつは、どうもクリスティーナのメイドという仕事に誇りを持っている。

 そこまで恩を感じる必要もないと思うけど。



「カナタ」



 他の箇所をチェックしている最中、クリスティーナに後ろから声を掛けられた。

 もう、着替えが終わったのかと思い、振り返──おいおいおい!



「お、お前、キチンと着ろよッ!」



 クリスティーナは自身の瞳と同じ蒼玉色のドレスを着用していた。

 いや、着用という言葉は語弊がある。

 背中の紐が緩まっているのか、ズレ落ちそうになっている。

 少しでも身動ぎすれば、二つの大玉がこんにちはしてしまう恐れがあった。



「ここには、あなたとユウナしかいないのだからいいじゃない。それより、魅力的に見えるかしら?」



 その場でクルリと一回転。

 よせよせ! 出てはいけないものが出るだろッ!



「お、お嬢様! いけません、兄様みたいな男性はケダモノなのです! 御身が危険です!」



 ユウナが血相をかいて、バンザイしながら必死にクリスティーナの姿をオレから隠そうとしている。


「妹よ、兄貴を何だと思っているんだ」

「あら、ケダモノならなおのこと良しよ」

「お前は黙ってろ。もう少し時間はあるが、遊んでないで早くしたほうがいいぞ」

「それで、感想は?」



 このまま何も言わないでいると、ドレッサールームに戻ってくれそうにないので、一部を凝視しないよう注意しつつ、おかしなところがないか確認する。

 クリスティーナが着る青いドレスは、王国で指折りの職人がクリスティーナに合わせて手掛けた物で、魅力をグッと引き立てている。



 胸元にあしらわれた青い薔薇は『奇跡』を意味しており、元の素材がいいばかりに、まさしく奇跡を体現しているだろう。

 これで中身が変態でなければなあ。



 天は人に二物を与えないという言葉があるが、クリスティーナには当てはまらない。

 ただし、常識という大切なものを与えなかったようだ。



「まともにドレスを着れば、完璧だろうな」

「完璧ではないと言いたいの?」

「そりゃ、そのままだと、ただの痴女だろう」

「……あなたの言う通りかもね」



 急に素直になったな。

 言うや否や、ドレスに手を掛けた。



「完璧な姿。つまり、私の裸が見たいってことでしょ? 仕方ないわね……はあ、はあ…………」

「まともにドレスを着たらって言っただろうが! おいおい! 脱ごうとするな、興奮するな!」

「お、お嬢様っ! ダメです! 兄様の不潔! さあ、戻りますよ!」



 ユウナが強引に手を引いたためか、ようやくクリスティーナは大人しくなり、ドレッサールームに戻った。

 ようやく嵐が過ぎ去った……という気分だ。



 もしあの場にユウナがいなければ、本当にドレスをキャストオフされかねなかった。

 妹に感謝の念を送り、懐から時計を取り出す。



 次期侯爵様が学園の門まで到着するまであと少しだな。

 評価が高い人物だが、クリスティーナみたいに外面だけいい人間ではないことを祈るとしよう。

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