執事と少しエッチなお嬢様

まお

第1章 月下舞踏会

第1話 ちょっぴりエッチなお嬢様

 色とりどりの薔薇が咲き乱れているこの場所は、王立ラキュース学園の生徒の中でも人気な庭園である。



「カナタ、紅茶のおかわりを」

「かしこまりました」



 執事であるオレ、カナタ・シドウに命令したのは、クリスティーナ・ラスト。

 この国でとんでもない権力を持つ、ラスト公爵家の長女だ。

 豊かな金髪が肩から流れ落ち、優雅な所作で紅茶を飲む様は、見ているだけならば深窓の令嬢のように思う。



 大きな双丘が学園の制服を内から押し上げ、異性の視線を離さない。

 深い教養に加え、学園トーナメントで優勝するほどレイピアの腕は達者だ。

 今年で十六歳を迎える少女は、幼さを残しながらも大人への階段を一歩一歩上がっている段階。



 容姿、家柄、実力が備わった完璧に近い存在である。

 ……ある一点のせいで、全てが台無しだが。



「ところで、カナタ? 今日の私はどうかしら?」



 腕を組み、わざとらしく胸を強調させる。

 別に、一般的な女性と比較して平均よりもかなり大きいことを自慢したいわけではないだろう。



 オレは男だし。

 と、今朝見た時とは形が少し違うことに気付いた。



「一体、何をしておられるのですか? バカなのか?」



 執事の仮面を捨てて、素の顔で吐き捨てる。

 ──こいつ、ブラをしてねえっ!

 忘れたわけではないはず。



 衣服の着替えは、オレの義妹がいつも手伝っているからだ。

 ということは、どこかのタイミングで自ら脱いだことになる。



 この女、クリスティーナは数々の性癖を持つ変態だ。

 どういうわけか、クリスティーナは幼少の頃から衣服を身につけることを嫌がる。

 スキあらば部屋で全裸になろうとするし、窮屈だからと言って学園で下着を着用しようとしない。



 ──おい、待てよ? まさか……。

 胸部から徐々に視線が下へと下がる。

 オレの視線の意味に気付いたのか、薄い笑みを浮かべる。



「大丈夫。下は履いているわよ? ちょっと、スケスケだけど」



 よかった……いや、よくないよくない!

 一瞬、クリスティーナのスケスケ姿が思い浮かび、頭を振って無理矢理イメージを霧散させた。



「いつも言ってるだろ? バレたら、嫁の貰い手がいなくなるぞってよ」



 クリスティーナは貴族、平民問わず高い人気を誇っている。

 貴族の間では、誰がクリスティーナを娶るか競いあっており、平民でありながら執事であるオレに賄賂を贈ってくるほどだ。



 それもこれも、クリスティーナが『清廉・可憐・お淑やか』などという正反対の評価を受けているからである。

 変態、特殊性癖を持っているとバレれば、まともな婚約が出来るかどうかわからない。

 貴族は体面を気にするからな。



「廊下を歩いていたら、男子が胸を凝視していたわ。この気持ちよさ、あなたにはわからないでしょうね」

「わからないし、わかりたくもない」



 庭園に来る前、男子生徒の顔が妙に赤いと思ったらそういうことか。

 その時のことを思い出したのか、頬を火照らせてブルリと体を震わせる。

 まごうことなき、変態である。



「なあ、頼むから学園にいる間はちゃんとしてくれよ」

「そうね。あなたが私の着替えを手伝ってくれるのなら、考えてあげてもいいわよ」



 腕で押し上げられた大きな風船が揺れ動き、無意識に生唾を飲み込んでしまう。

 ──落ち着け、こんなヤツの色香に惑わされるな。

 南無阿弥陀仏、南妙法蓮華経、悪霊退散!



「オレハ、ソンナモノニ、キョウミハナイ」

「……思いっきり、片言じゃない。あなたなら、私は構わないって言っているのに。私に触れたい男性はごまんといるのよ」



 執事がお嬢様、それも公爵家の人間に手なんて出してみろ。

 逃亡しても、三日と持たずに暗殺者の手で首と胴がさよならバイバイしてしまう。

 一度大きく深呼吸をして、オレはあるものを取り出す。



「クリスティーナお嬢様。本日のお見合い相手はこちらです」



 お見合い相手の写真、家柄、経歴、資産状況などなど。

 公爵家が持つあらゆる手段を使って調べ上げた珠玉の情報達だ。

 相手は、侯爵家次期当主。



 顔はイケメン、家柄バッチリ、経歴はターレ魔術学園大学院卒、資産状況は親戚含めてクリーン。



 知り合いの貴族にこいつのことを聞けば、超有料物件で誰でも欲しがる素晴らしい人物とのことだ。

 変態でも、外面は完璧なクリスティーナにピッタリな人物だろう。



「…………ふーん。つまらないわね」

「おいおい。つまらないって何だよ? メチャクチャいいヤツっぽいだろうが」

「何よ、ここ」



 クリスティーナが指を差した箇所は、趣味の欄。

 趣味・ガーデニング。

 ……どこがつまらないのかわからず、困惑の表情を浮かべる。



「この方、三十三歳よ? 趣味に人間の調教ぐらいはほしいわ」

「お前は三十代の男に何を期待してるんだよ?」



 人間の調教が趣味なんていうヤツを公爵家がお見合い相手に選ぶわけあるかよ。



「はあ。一応、お前は崖に指がかかった状態とはいえ、公爵家の人間なんだ。結婚したくないからって、相手の顔を踏みにじって破談させるような真似はするなよ」

「れっきとした公爵家の人間よ、私は。それとなく、破談に持ち込むから大丈夫よ」



 自信満々に言うクリスティーナだが、オレは一切信用していない。

 これまで幾度となくお見合いがおこなわれてきたが、様々な方法で破談にしてきたヤツの言うことを信用出来るものか。



 クリスティーナの父上、旦那様から、今回は影からこっそりと監視するように言われている。

 場合によっては、実力行使もやむ無しとのことだ。



「いきなり、今日は少々暑いですねとか言って服を脱ごうとするなよ。胸元のボタンを外すのも禁止だ。破りそうなら、接着剤を使って脱げないようにしてやる」

「……チッ」



 とてもお嬢様がするとは思えない、下品な舌打ちが聞こえた。

 念のために、とびっきり強力なものを用意しておくか。



「私と同い年のあなたはまだ婚約をしていないのに、どうして私はお見合いをしないといけないのかしら」

「オレ、平民。お前、貴族」



 至極単純明快な答えである。



「どこかに私の趣味を理解し、共有してくれる殿方がいれば、すぐにでも結婚するのに」



 オレの顔をジッと見つめるクリスティーナ。

 フッと小さく笑う。

 こいつもたぶん、もしかしたら、可能性はなきにしもあらずだが、性癖を理解されなくて苦しんでいるのかもしれない。


 夫婦の価値観が一致していないと、結婚生活は苦しいと聞くし、お見合いをするこいつに慰みの言葉でもかけよう。


「世界は広いから、もしかしたら一人ぐらいはいるんじゃないか?」

「…………はあ」



 とてつもなく、でかい溜め息をつかれた。

 何が気に食わなかったんだ?



「っと、そろそろ時間だな」

「そう。退屈しのぎになるといいわね」

「ちゃんとやってくれよ? でないと、オレが旦那様から怒られるんだからな」



 席を立ったクリスティーナの脇に立ち、逃がさないように腕を掴む。

 レイピアを振るっているだけに無駄な脂肪がなく、ほどよく筋肉がありながら蠱惑的な柔らかさを兼ね備える腕に、少しばかりどぎまぎする。



「や、優しくするのよ」

「……何を勘違いしているのか知らないが、部屋に戻るんだよ。制服でお見合いするわけにはいかないだろ。それと、下着な」



 オレの言葉の何が気に入らないのか、軽く肩を殴られた。

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