第4話 お見合い

「初めまして。僕はフレッド・デッカーと申します。あなたのような可憐な女性とお会いすることが出来、僕の心は今にも破裂しかねません」

「まあ、デッカー様はお上手ですね」



 初対面でクリスティーナがいきなり性癖の話を始めたらどうしてくれようかと考えていたが、思っていたより普通に会話を続けている。

 会話はフレッドから投げかけることが多く、クリスティーナは相槌ばかり打っていた。



 ただ相槌をするのではなく、会話の合間に質問を挟むことで興味ありますよアピールを欠かさない。

 適当な質問では相手を白けさせるだけだが、そうならないのは、ひとえにクリスティーナの高い教養による。



 二人の邪魔にならないように、ユウナは壁に徹しており、呼ばれればいつでも動けるようにしていた。

 一方、『オレ達』はというと……。



「あの、ここ狭いんでもう少し向こうに行ってもらえませんかね? ノーラさん」

「うるさい。それでは、私が見えないではないか。それと、気安く私の名前を呼ぶな。私は子爵家の人間、お前に呼ばれるほど安くはないぞ、平民」



「ありゃ、デッカー様のメイド様は差別主義者ですか。どっこいしょ」

「差別ではない、区別だ。お、おい! 寄るな、体が触れ合ってしまうだろう!」



 何を生娘みたいなことを言ってんだ、こいつは?

 オレ達は応接室の天井裏に上がり、事前に穴を開けていた場所から二人を見守っていた。



 最初はオレだけのはずだったのだが、ノーラがオレを目敏く見つけ、連れていけとしつこかった。

 フレッドが心配なのもわかるが、ちょっと強引だぜ。


「オレみたいにこんなことせず、デッカー様のそばにいればいいんじゃないですかね?」

「フレッド様はお見合いが始まると、いつも私をおそばに置いてくださらないのだ。理由は知らん。お前はどうなのだ」

「オレも似たようなものです。理由はさっぱり。いつも結果は言伝でして」


 ユウナがよくてオレがダメな理由は、いくら聞いてもクリスティーナは答えてくれなかった。

 可能性として、クリスティーナが何かやらかそうとすれば、オレが止めに入ることを予想し、それを嫌ってか。



 会話は途切れることなく続いており、雰囲気はいい。




「さてさて、お見合いは成功するのやら」

「何だ貴様、その言い方は。まるで、フレッド様が失敗するような物言いだな」



 いえ、どちらかと言えばうちのクリスティーナがやらかす確率のほうが高いと思いますよ?

 フレッドはかなり忙しい身だ。

 今日は一時間ぐらいしか時間を作れなかったみたいだしな

 お見合いというが、今回は顔合わせの面が強い。




 貴族で二十歳はもう行き遅れ。

 十七のクリスティーナが行き遅れになるまで三年の猶予しかない。

 普通なら、公爵家の令嬢は政治的なカードとして使える。



 クリスティーナというカードは、ジョーカーレベルだ。

 ラスト家がその気になって王国が許可を出せば、他国の王族に嫁げるレベルだしな。



 それでもまだ婚約者を持たないのは、現公爵閣下である旦那様が、クリスティーナには恋愛結婚をと考えているからだ。

 他の貴族令嬢が聞けば、羨ましがる話である。



「素晴らしい教養をお持ちですね! まさか、僕の専門分野までご存知とは!」

「ええ、もちろんです。そういえば、お聞きしたいことがあるのですが? 『魔術発動後における連続発動条件』なのですが……」

「それについては、学会でも様々な意見がありまして。現在の主流は──」


 フレッドの声に熱が籠り始めたのを感じ取り、耳をすませる。

 身を乗り出すようなことは決してしていないが、それでも表情は興奮しているように思う。



「何を言ってるか、わかりますか?」

「あれは、フレッド様が研究している最新魔術についてだ。一介のメイドが知るはずがない」



「……会話が段々、見合いと関係ないものになっていますね」

「……貴様の気のせい、とは言えんな」



 まさかとは思うが、フレッドに気持ちよく喋らせるだけ喋らせて、お帰り願う作戦とかじゃないよな?

 社交界で数々の男を手玉に取っているクリスティーナなら、出来そうである。


「こ、このままでは、フレッド様がお見合いの場で永遠と自分の話ばかりする自己中心的な男性と思われてしまうぞ……! ど、どうする!」

「あんた、自分が仕えてる人に結構言うな。……どうするも何も、オレ達に出来ることはないでしょう?」



「お前はそれでいいのか! ……あっ、クリスティーナ様のもう一人の使用人に何か合図を出して……」

「ああ、そりゃ無理だな」



 ユウナは表面上、クリスティーナが結婚することに納得している素振りを見せている。

 裏では、姉のように思っている人が遠くに行くのが嫌なんだ。

 オレがそばにいるのに、寂しがることはないだろうに。



「何を諦めている! フレッド様ほど、素晴らしい人物はいないのだぞ! それに、デッカー家の領地は海に面し、様々な国と貿易をおこなっている。海へ権益を伸ばしたいラスト家にとって、このお見合いは成功させたいはずだ。そうじゃないのか!」


 

 ノーラに襟首を思いっきり掴まれ、前後に揺さぶられながら、旦那様の顔を思い浮かべる。 


 なるほど、ラスト家にとってプラスになることがあるのか、このお見合いは。

 自分の娘に恋愛結婚させたいと有望な男を紹介しつつ、ちゃっかり家のこともやってんだな、あのオッサンは。



「オレ、ただの平民の執事なんで」

「こ──んの…………そういえば、何故貴様はクリスティーナ様の執事が出来るのだ? その地位は、貴族の次男や三男など家を継げない者がおこなう仕事だろう」

「まあ、それは……」



「ふぅ。暑いですね、フレッド様」



 オレの聞き間違いかと思い、ノーラの手から無理矢理逃れ、目を穴にこれでもかと近づける。

 上から見たら、オレの姿は地面を這う虫のように見えるだろうが、そんなことは関係ない。



「えっ、そうですか?」

「お、お嬢様……!」



 何かに気づいたユウナが慌てふためいている。



「ふむ。確かに暑いな」



 オレと一緒に目をこらしているノーラの顔にじっとりと汗が滲んでいる。

 天井裏は空気の通り道がない上に狭いし、オレ達が近いからだろう。

 だが、応接室が暑いのはおかしい。

 あの部屋は魔術により気温と湿度を一定に保つようになっているからだ。



 つまり、今のクリスティーナは……。

 そろそろ時間なのに、もう少し我慢出来ねえのかよ!



「どうする? 上から水でもぶっかけてやるか? ……ダメだな、下手に喜ばせるだけだし、デッカー様に迷惑がかかる。そうだ、お色直しにでも行かせればいい。その手でいこう」



 オレの天才的な閃きを早速、我が妹に届ける。

 下の板(ユウナから見れば天井)を小刻みに叩く。

 これは兄妹にだけしか伝わらない暗号だ。



 ユウナがパッと花が咲いたように笑顔になる。

 どうやらキチンと伝わったようだ。



「天井から音が……」

「おい、フレッド様に気づかれるだろ! 貴様は馬鹿なのか! ものすごくアホなのか!」



 フレッドが気づくのは想定済みだ。

 オレは小さく咳払いをする。



「チューチュー」

「何だ、ネズミですか」


 フレッドは何も疑わず、受け入れてくれた。

 オレの声真似も馬鹿に出来ないな。



「……貴様、そんな特技を持っていたのか」

「ラスト家の執事なら、誰にでも出来ますよ」

「嘘つけ」



 無事、フレッドを騙すことが出来たようで、一息つく。



「そろそろお帰りの時間ですね、メイド様」

「ああ。顔合わせも無事に済んで何よりだ」



「……会話の七割は専門的な話だったのに?」

「そ、それでも、クリスティーナ様はご理解されていただろう。ならば、これは成功といえる」



 あくまで成功で押し通すようだ。

 過去、クリスティーナのお見合いのほとんどは最初の一回で躓くことが多かった。

 それを考えれば、成功といって差し支えないか。



「私は先に出るぞ。御者を待機させる」

「待て、急に動いたら……!」



 ミシッ。

 鳴ってはいけない音が聞こえた。

 元々はオレが一人で使用するために、改造していた天井裏。

 女性といえど、二人での使用は想定していないのだ。



「ヤバッ────ッ!」



 危ういバランスで保っていた天井は脆く、オレ達ごと落下した。

 幸い、クリスティーナ達に被害はなく、被害があるとすれば、ノーラがオレをクッションにしたせいで、落下の衝撃を体で受け止めたことだ。

 い、息が出来ない……!



「フレッド様! も、申し訳ありません! こ、これには深いわけが……!」



 しばらく呆然としていたフレッドだが、やがて微笑み、静かに頷く。



「そうか。そうだったのか。僕としては、あとでキチンと報告してくれると助かるね」



 そのエリート脳でどう理解したのか、何故か視線が微笑ましいものになっていた。



「……あとで話を詳しく聞くわよ?」



 反対に、クリスティーナは冷たい表情をしている。

 いやあ、違うんすよ、お嬢様。

 これには、深いわけがありまして。

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