第5話 お見合いを終えて

「短い時間でしたが、とても有意義な時間でした。必ず時間を作りますので、また僕と会っていただけませんか?」


 学園の校門前で、フレッドが次に会う約束を取り付けようと手を差し伸ばす。

 優雅な動作は、王国の紳士として美しいものだ。



 遠くからオレ達を眺めていた女子生徒達が黄色い声を上げている。

 オレから見ると、少しキザったらしく感じるが、女性はああいうのが好みなのかね。



 さて、クリスティーナは手を取るのか。

 手を取ればお見合い継続、取らずに『いずれ、お会いしましょう』と言えばご縁がなかったとなる。



 難しい話でも楽しく話していたから、お見合いを続けてもおかしくはない。

 ……クリスティーナが一般的な感性を持っていればだが。



 顔を合わせる前につまらない男と言っていたのが引っ掛かる。

 あの時は性癖がどうのうとイカれたことを言っていたが、今思うとそれだけだったのか。



「はい、近い内に。デッカー様」

「僕のことは是非、フレッドとお呼びください」

「それでは、私はクリスティーナと」



 クリスティーナがフレッドの手を取った。

 使用人一同、安堵の溜め息が漏れる。

 これで旦那様にいい報告が出来るな。

 フレッドはクリスティーナの手に顔を近づけ(直接手にキスはしない)、颯爽と馬車に乗った。


 ノーラも乗り込もうとしていた時、何を思ったかクルリと方向転換してオレの元に来た。

 な、何だ? 異様に目つきが鋭いぞ。

 ノーラがオレの耳元へ顔を寄せ、口を開いた。



「私は今回のお見合いを何としても成功させたい。そこで、貴様に協力を申し出る」



 声と雰囲気から、お願いと言うよりは有無を言わせないという態度が滲み出ている。

 クリスティーナの今後を憂いているオレとしては、フレッドほどの有料物件ならむしろ喜ばしい。

 協力は望むところだ。


「いいですよ」

「よし。貴様にこれを渡しておく」



 ポケットから出したのは、一枚のメモ用紙だ。

 サッと中身を確認すると、どこかの電話番号のようである。



「家同士で日程の擦り合せがおこなわれる。決まりしだい、お二人が良い雰囲気になれるように相談しよう。これは、しばらく滞在するホテルの電話番号だ。貴様の名前を出せば、私へ繋げるようにホテルには言っておく」



「わかりました、受け取っておきます」

「いいか、これはあくまでもフレッド様とクリスティーナ様のご婚約を成立するための協力だ。いらんことで私に電話をするなよ?」

「何を心配しているんですか」



 言いたいことだけ言い、ノーラはさっさと馬車に戻った。

 彼らを乗せた馬車の姿が見えなくなるまで頭を下げたあと──。



「さあ、邪魔者はいなくなったわ。話してもらいましょうか? 一体、上で、何をしていたのか。しかも二人で。ずいぶんと汗をかいていたようだけど?」




***




 一度寮に戻り、クリスティーナはゆったりとしたワンピースに着替えてきた。

 全裸で来なかったため、背中に隠していたタオルは必要なくなった。



 目は話すまで逃さないという、やる気に満ちている。

 バレては仕方ないので、素直に白状する。



「オレはいつも、見合いの時はハブられてただろ。今回は学園の寮だから、天井裏から見れるなと思ってな」

「それで本当に実行しちゃったのね。……で、どうしてノーラさんと一緒にいたのよ。彼女に誑かされたの?」



「不潔です。最低ですね、兄様は」

「おい、誤解だ。オレは何もやましいことはしていない」

「天井裏から覗き見ておきながら?」

「いや、それは……」



 その点に関してだけは、何を言われても申し開き出来ない。



「で? ノーラさんと乳繰り合っていたの? ノーラさんみたいな人が好みなの?」

「一端の淑女が乳繰り合うとな言うんじゃねえ! そういや、さっきからあのメイドのこと名前で読んでるけど、知り合いなのか?」



「社交界で何度か、ね。私が社交界デビューした時に、何かと助けてくれたのよ。デッカー家のメイドになってからは会ってないけど」



 妙にクリスティーナを知ってそうな感じだったのは、そういうことか。

 一人で納得していると、二人からジト目で睨まれていることに気づく。



「それで、好みなの?」

「好みなのですか?」

「何でそんなに気になるんだよ……」



「自分の執事の好みは把握しておこうという、ご主人様の優しさがわからないの?」

「義妹として義兄の好みを知っていれば、毒牙にかからないように、女の子を遠ざけられます」



 ノーラのことなんて今日知ったばかりの女性だ。

 どうこう思うほど接したわけではないから、なんとも言えない。



 よって、外見ぐらいしか判断のしようがない。

 プラチナブロンドの長髪を後ろで一房に纏める、いわゆるポニーテールにしており、鋭い蒼色の眼光と武人を思わせる雰囲気から、怖い印象を受けた。



 近寄り難い、というのが率直なところだ。

 電話番号をかいた紙を渡すだけで、オレを脅すぐらいだからな。

 地味なメイド服なんて着ずに、フリフリのワンピースでも着て街に繰り出せば、多数の人間の視線を集めるのは想像出来る。

 結論、見てくれはいい。


「まあ、普通にキレイな人だなあと思うが?」

「……ふーん?」



 棘のある視線が向けられ、悪いことをしているわけでもないのに、何だかいたたまれない。

 こういう時は、話を逸らすに限る!



「それはそうとクリスティーナ。お前、途中で服を脱ごうとしただろ。やめろよ、マジで」

「脱ごうとしてないわ。緩めようとしただけよ」

「あのドレスを緩めたら、大変なことになるのがわかって言ってんだろ」



 オレの前に出てきた際、こぼれそうになった大玉を思い出す。

 ……忘れろ、忘れろ、忘れろ!



「私は、別に結婚したくないというわけではないの」

「は? ああ、そうなのか」



 話が突然変わり、とりあえず聞くことに徹する。



「おかしいと思わない? フレッド様は三十三歳、今年で三十四よ?」

「数え方は間違ってないぞ」



「馬鹿、そういうことではないわ。鈍いわね。誰から見ても将来有望で、見た目もいい。たくさんの女性から声を掛けられているはずだわ」



 それは、そうだろうな。

 頭がよくてイケメンで、紳士的な振る舞いを心掛けている男、結婚したい女性や関係を持ちたい貴族は多いはずだ。



 ……ああ、そういうことか。

 クリスティーナが言いたいことがやっとわかった。



「フレッド様は初婚よね?」

「聞いた話ではそうだ。三十三歳で初婚……確かにおかしな話だ」



 貴族は基本的に、女性は遅くても二十歳、男性は二十五歳ぐらいに結婚しないと外聞が悪い。

 結婚しない、出来ないということは、それ相応の問題があるとみなされるからだ。



 フレッドは魔術学園で教鞭を執り、研究までやっている忙しい人間だ。

 彼自身がまだ結婚したくないと言っても、普通は家が許さない。



 ラスト家のように恋愛結婚させようとしているのなら話は別だが、調べたほうがいいか?



「だから私は、次もフレッド様に会おうと思うの」

「…………? いやいや、今の話からどうしてそうなる? 手を取らないほうがよかったんじゃないのか?」



 何らかの問題があるであれば、関わらないのが吉だろう、普通は。



「ダメよ。それじゃあ、面白くないわ。いい? フレッド様には何か秘密があるはずよ」

「秘密って言ってもよ。貴族が結婚しないデメリットよりも上回るメリットがあるのか?」



 考えてもオレの貧困な脳みそでは何も浮かばなかった。



「例えば……そう、結婚をチラつかせて女性を釣り、国外に奴隷として売り飛ばす、とか!」

「お前、普通に名誉毀損だぞ? そんなことすれば、どうしたって足がつくだろ」



「では、こういうのはどうでしょう。実は、恋愛対象は男性で、男妾を許してくれる人を探しているとか」

「さすが私の妹分ね。それで行きましょう」



 主人がこんなヤツのせいで、オレのカワイイ義妹が変な方向に染まっている。

 クリスティーナの言うことに感化されたわけではないが、万が一のことを考えて今後の見合いも一緒にいたほうが良さそうだ。



「クリスティーナ、次の見合いも一緒に行くからな。今度は覗き見じゃなくて、堂々と」

「いいわよ」



 やけにあっさりと認められ、肩透かしを食らう。



「あんな覗きをされると、こっちは恥ずかしいのよ」

「驚いた、お前に恥の感情があるとは」

「フレッド様の件は、私達が考え過ぎな可能性があるでしょう?」

「十中八九、そうだぞ」



「悪い人だった場合、私だけでは対処することが出来ないかもしれないわ」

「……そのためのオレか」



 元々、クリスティーナの護衛をしているから、それ自体は問題ない。



「頼りにしているわ。私の執事」

「言われずとも仕事はキッチリとこなす」

「あと、ノーラさんと二人っきりで会うことは禁止とするわ。いいわね?」



 ……別に、他意はないが電話番号を貰ったことは黙っていよう。

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