第13話 下調べ

 アクア通りは、ラキュース学園から歩いてすぐのメーンストリートだ。

 通りの由来は、都市オーガスがまだ開拓地だった頃に水の精霊が姿を現したため、そこからとられた。



 精霊とは何か。

 ちょっとした学会で質問しようものなら、お偉い学者様方が胸ぐらを掴んで取っ組み合いを始めるほど議論が困窮する議題だ。



 わかっているのは、精霊には四種類存在する。

 火の精霊、水の精霊、風の精霊、土の精霊だ。

 魔術にも四種類の属性があり、火、水、風、土とわかれている。

 何らかの関連性がありそうだが、いまだに答えが出ていない。



 と、そんなことを考えていたら目的の場所に着いた。

 今日の目的、それはクリスティーナとフレッドのデートプランをオレとノーラが考え、そして軽く実行してみるという小っ恥ずかしいことだ。



 クリスティーナには二人っきりで会うなと言われたが、こればっかりはやっておかないと護衛に支障が出るおそれがあるので内緒だ。



「時計塔前だって話だが……どこだ?」



 デートということで、それらしい格好をしようと提案してきたのはノーラだ。

 オレは制服から持っている中で一番の服を着ている。

 で、ノーラは…………?



「あれ……だよな?」



 通りの向こうからオレに気づき、まっすぐ歩いてくる。

 当たり前な話なのだが、メイド服でデートに来るわけがない。



 経験がないから知らんが。

 彼女のメイド服姿しか知らなかったから、一瞬誰だがわからなかった。



 淡い水色のワンピースに大きな麦わら帽子、身につけているアクセサリーは、かなり高そうである。



「ほう、私よりも早く来ていたか。女を待たせる男はクズだ、覚えておけよ?」



 男と手すら繋いだことがない生娘がなんか言ってますよ。

 冗談はさておき、恋愛小説を読んで研究してきたことをさっそく実行してみた。



「その服、とても似合っていますよ」



 とりあえず女性の服は、似合っていようがいなかろうが褒めろ書いていた。

 褒められて喜ばない女性はいないらしい。

 今度、ユウナに試してみよう。



「気持ち悪いぞ。それより、貴様の服はなんだ」



 こいつはもしかしたら女じゃない疑惑が出てきたな。

 それか、オレが参考にした小説がダメなものだったか。


「おかしな格好ですか?」



 平民が値段を見れば、腰を抜かすような一品のカジュアルな服装だ。

 全身黒一色で、春ということもありジャケットを羽織っている。



 これは、オレが買ったわけではない。

 クリスティーナの兄、クルズ様からのお下がりだ。



「まるで似合っていないな。違和感がある。貴様と服の価値があっていない。それでよくこの私と歩こうとしたな」

「ひどい言いようですね。まあ、自分でも似合っていないと思いますがね」



「ついてこい。その格好の貴様と歩きたくない」

「行くって、どこにですか?」

「この先の『ブランレブ』という店だ」



 聞いたことがある店名だ。

 少し前に、クリスティーナとユウナの会話に出たような気がする。

 だがあそこは……。



「あの、そこって貴族御用達の場所ですよね? 手持ちはそこまでないのですが……」



 今日は、予定している場所を巡るだけの額しか持ってきていない。

 とてもではないが、服を買うほどの余裕がないのだ。



「服程度は私が持つ。何をしている、さっさと行くぞ」



 マジ、カッケーっすノーラさん。

 心のなかで姉御と呼ばせてもらうことにしよう。



 ブランレブに入ってすぐ、姉御に試着室へ押し込まれた。

 店員に次々と指示を出して服を持ってこさせる。

 そしてあれを着ろ、これを着ろ、さっきのをもう一度着ろとまるで着せ替え人形状態だ。



 文句? あるはずがない。

 だって、向こうが金を出してくれるんだからな!



「もっと選びたいところだが、これ以上はスケジュールに差し障るな」

「ちなみに、スケジュールに問題なければどれくらいの時間がかかるんですか?」

「二、三時間ほどだな」

「にっ……!」



 店に入ってすでに二時間だ。

 ここからさらに時間が必要とは。

 クリスティーナもユウナも買い物をする時はいつも長かった。

 世の女性はみんなそんな感じなのだろう?



「その服でいいだろう。着ていた服は、店のサービスで寮に送ってもらえ」

「それでは、こちらに住所をお願いします」



 言われるがまま、住所を記入して荷物を渡す。

 荷物持ったままってわけにもいかないからな。

 邪魔になるし。



 姉御がコーディネートしてくれたおかげで、少しはマシになったように思えた。

 新たな服に身を包み、いよいよデートプランを実行する。



「アンジェラ様とのお見合いでは、アクア通りを歩き、大道芸人などを見学されていた。とりあえず、ここら辺をグルっと……」

「屋台が出てますね。ちょっと小腹が空いてきましたから、なんか買ってきますよ」

「はっ? あ、おい!」



 服を奢られたんだ、せめて屋台のものぐらいはオレが出さないと。

 いくつもある屋台の中から、美味しそうな匂いを漂わせる串焼きが目に止まった。



 値段も安く、それなりにボリュームもある。

 姉御用に小さい串焼きも買おう。



「おっちゃん! 串焼き二つ!」

「食いたければ自分だけ食べろ! 私は食べんぞ!」

「おっ? 兄ちゃん、ずいぶんな美人さんを連れてるじゃねえか。羨ましいねえ。ほら、オマケをつけてやろう」

「ありがとう、おっちゃん!」



 手早く金を支払い、さっそく串焼きを一つ頬張る。

 齧りついた瞬間から肉汁が溢れ出し、肉の旨味が口一杯に広がった。

 タレも肉によく合っており、非常に美味い。



「ノーラさんも一つどうですか? 結構美味しいですよ」

「……はあ。一つもらおう。腹が空いたからと言って、私を置いて屋台に行くなど、まるでアンジェラ様のようだったぞ」



 姉御に指摘され、ピタリとオレの動きが止まった。

 今、とても心外なことを言われた。



「失敬ですね。オレをあんな欲の塊みたいな幼女と一緒にしないでいただきたい」

「アンジェラ様に何という不遜な物言いだ。彼女が泣くぞ。しかし、この肉は美味いな。独特な風味があるが、何の肉なのだ?」

「ジャイアントリザードの肉ですよ」



 姉御の渾身のストレートがオレの左頬を打ち抜いた。





 左頬を擦りながら、アクア通りを歩き続ける。

 都市オーガスで最も人通りがある場所なだけに、護衛として神経を張らなければならない。



 フレッドもクリスティーナもこの国で重要な人物なのだから特にだ。

 怪しそうな場所や人物がいないか確認しつつ、目的の場所を目指す。



 向かっている場所は、オーガスに唯一存在する劇場である。

 大衆から貴族、老若男女問わず幅広い演劇が売りだ。



 ちょうどクリスティーナのお見合いの日は、劇場で貴族限定の演劇をする日であり、しかも恋愛ものだそうだ。



 それを見ながら、薄暗い劇場の中で是非とも仲良くなってほしい。

 ……ナニがとは言わないが、よろしくやったらダメだぞ?



 入ると、大衆向けの演劇で大人気だという、聖剣勇者伝説という演目をおこなっていた。

 詳しい内容まで知らないが、勇者と聖女の二人で世界の危機に立ち向かい、激闘の末、二人は結ばれるという話だ。



 立ち見席にも大勢の客がおり、人気っぷりがうかがえる。



「これだけの人がいると、護衛も大変ですね」

「いや? 貴族限定の時は、劇場がそれなりの警備を用意する。問題ないだろう」



 それなら、安心してクリスティーナも演劇を楽しめるな。



「あれ、終わりましたね」

「途中からだったからな。気になるなら、もう一度最初から見るか?」

「いえ、時間がかかるのでやめましょう」



 劇場を出ると、時間はすでに夕方。

 デートプランの最後は、高級ホテルのレストランで食事だ。



 デートの締めくくりとしては、最高だと自負している。

 恋愛小説に載ってたしな。



「一日中歩きましたし、あそこのカフェで最後の詰めをしますか?」



 オレが指を差した先に品のいい雰囲気を醸し出すカフェがあった。

 あれなら、姉御のお眼鏡にも叶うはず。



「そうだな。そうしよう」

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