第11話 次のお見合い
「……見事です」
「いえ、こちらもかなり危ない橋を渡りました。
「シドウ殿と戦うことを想定していたため、ずっと隠しておりました」
エリオは『いつか』のために、成績を捨てていたようなものだ。
彼との接点は今までなかったはずだが、オレに執着するような出来事があったのか?
ともかく、決闘はオレの勝ちで終わった。
特に称賛の声が上がることはなく、またあいつが勝ったかと落胆の表情を浮かべる者が少なくない。
今に限った話ではなく、いつものことだ。
オレは、平民の嫌われ者だから。
──パチパチパチ。
小さな拍手の音が聞こえた。
クリスティーナがただ一人、控えめながら拍手をしてくれた。
たとえ一人でも称えられたことで、笑みが溢れる。
……オレの下にいる男は、敵だからまあ、ノーカンだ。
「決闘の取り決めにより──」
「ウワァァァァァァッッ! また負けましたわぁぁぁぁ!」
とてもお嬢様とは思えない叫び声を上げ、地面に蹲るアンジェラ。
一度言葉を遮られた見届人は、咳払いを一つ。
「では、決闘の取り決め──」
「ウワァァァァァァァァァァァァァァァァッッ!!」
また見届人を遮り、進行を妨害する。
往生際が悪すぎる……公爵家のお嬢様なら、潔く負けを認めたらどうなんだ?
「所詮、負け犬の遠吠えです。進行を続けてくださいな」
「ハッ。勝者クリスティーナ嬢の要求、『お見合いを見届ける』を実行していただきます」
「嫌よ! 何で私がわざわざクリスティーナとフレッドのお見合いを見ないといけないの⁉ 屈辱よ!」
「負け犬だからよ」
「負けてないわ!」
諦めが悪い子供を諭すように、クリスティーナはアンジェラの肩に手を置く。
その姿は、かつて世界を慈愛で包んだとされる聖母リューのよう……。
「私わね? あなたのような素敵な女性がどうして婚約出来ないのか、ずっと疑問に思っていたの。だから、いつも異性にモテて仕方のない私の姿を目の前で見せつけて、勉強させたいのよ」
「クリスティーナ……ん? あり……うん?」
違う、こいつは聖母なんかじゃなくて、人間の魂を喰らう悪魔王ベルハウストの如きだ。
当の本人は貶されていることに気付いていない。
決闘で使えなくなったフィールドは、講師の手により直される。
邪魔にならないようフィールドから出ると、鼻歌でも歌いそうなクリスティーナが身を寄せてきた。
「ちょっと危ない場面があったけど、よくやったわ。褒美に触らせてあげるわ」
「結構で──おい、寄ってくるな! 当たってる、当たってるんだよ!」
「当ててるのよ」
柔らかい魅惑のまんじゅうから逃れようとして、ビリっと拳に電撃が走ったような痛みが生じる。
それを見て、クリスティーナの整えられたキレイな眉がわずかに上がった。
「大丈夫……ではないわね。《
「使わなければ負けていました。しかし、彼には参りましたね」
「
そこら辺の事情は、彼らの間で交わしたことだから、詳細までわからない。
クリスティーナの言う通り、オレに勝てなかったがエリオの情報を知ればどこかの人事部が必ず動くはずだ。
オレに戦うために力を隠していたなんて、ずいぶんと高く見られたな。
「手はどうなの?」
「おそらく骨にヒビが入っているかと」
「そう。聖女伝説の記録に残っている回復魔術があれば、すぐに直せそうなのに」
聞いたことがない魔術の名を聞き、首を傾げる。
「なんですか、それは?」
「回復魔術はその名の通り、人間の肉体、精神問わず治療出来たとされる伝説上に語られる魔術よ。重症でも、すぐに野山を走れるほどの力だったそうよ。一説では、不老不死になれるとか」
「回復魔術と不老不死に関連性があるとは思えませんが?」
「そこまでは私にもわからないわ。あれじゃないかしら? 死にそうな体に鞭を打って回復魔術をかけ続ける……とか?」
「それだと、不死は免れても老いは免れないでしょう。伝説なんてあるかもわからないものに頼るより、オレは包帯を信じますよ」
「あら、伝説の末裔たる私の前で不遜ね」
「伝説……ああ、ラスト家のご先祖様が火の精霊と交わったのがラスト家の始まりなのでしたね」
「事実ならスゴイと思わない?」
「まあ、スゴイでしょうね。歴史的に見ても、ラスト家のような背景を持つ家は少ないでしょう」
記憶している限り、確か他の公爵家や王家も似たような背景があったはず。
「違うわよ。そこじゃないわ。精霊と子供を成そうだなんて、どういう思考をしたら至れるのかしら? きっと、相当な性癖の持ち主よ。色んな快楽を求め続けた結果、精霊に行き着いたのよ」
「お前、自分のご先祖様を貶めて楽しいか?」
決闘参加者以外の生徒はこれから実技の講義だ。
戦ったオレ達は、どちらも実技が出来るほど体力も魔力も残っていないから講義の免除は当然である。
ただ、戦っていないクリスティーナとアンジェラも免除なのは規則とはいえ納得いかない。
運動しないと、最近ちょっと気になりだしている腹回りが……。
「──イッ……テッ‼」
ヒビが入っているだろう手を握られた。
ギュッというような生易しいものではなく、むしろグシャッとだ。
口は笑っているが、目は笑っていない表情を向けられ、背筋が凍りそうになる。
「何だか、とっても失礼なことを考えていた気配を感じたわ」
「グッ……! 手を、離していただけませんか?」
「イヤ。バツとして、このまま治療室まで行くわよ」
オレのように実技でケガをした人間を治療する部屋が、訓練場から出てすぐ近くにある。
手を握られた状態でそこまで歩くなど、苦行もいいところだ。
手は痛いし、チラチラこっちを見ている生徒がいる。
「勘弁してください」
強引に手を振り払うわけにもいかず、されるがままクリスティーナに引きずられる形で訓練場を出た。
***
決闘から数日経ったある日のこと。
ラスト家から連絡があり、フレッドとのお見合いの日取りが決まった。
「思っていたよりも早かったわね。それで、いつなの?」
「来週の休息日になります」
「そんなに早く? 急すぎないかしら?」
「旦那様が張り切って進めていたそうで」
「お父様が? どうしてよ」
「お見合いをことごとく破談にしてきたお嬢様が、ついに気に入った男性と出会ったのです。親として、後押ししたいと思うのは当然かと」
「気に入ったは気に入ったけど、あくまで裏の顔がありそうって意味だけどね」
「まだ言っているんですか?」
オリビアから得た情報はクリスティーナに報告済みだ。
しかし、クリスティーナは信用せず、ますます自分の主張が正しいと言い始めた。
「見てなさい。次のお見合いで必ず仮面を剥がすわ。もし、私が襲われても助けなくていいわよ。海外に売られる人生も悪くないわ」
「意味わかんねえこと言ってんじゃねえ。お前が売られたら、オレもユウナもクビになるだろうが。そんなことにならないように、お前のことは死んでも守る」
「それなら、あなた達も一緒に来ればいいじゃない」
「お供します。お嬢様」
即答で返事をしたユウナの頭を叩く。
「よし、わかった。デッカー様と結託して、お前を売り飛ばした金でユウナと一生遊んで暮らしてやるよ!」
「信じていた執事に売られる? ……いいわね」
とてもお嬢様がするような顔とは思えないほど気持ち悪い顔で、妄想を垂れ流し始めるクリスティーナ。
誰かこいつをどうにかしてくれ。
「……お見合い内容はいかがしましょうか?」
「アンジェラと同じ内容をやると言ったでしょう。アクア街道でデートよ」
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