商談7 望月荘

 いい写真が撮れたから、さっそくSNSに投稿しよう。今時の営業はSNS活動も必須だ。しかし、我ながら秀逸しゅういつな写真ばかりだ。思わずにんまりしてしまう。

 ......さて、ここから引き返すのは気が重くなる。ただでさえけわしい道のりだったからな。今夜の宿は港方面だ。俺は自身にむち打ちながら復路を歩んでいった。

 往復1時間をかけて、俺は鴨河漁港へ戻って来た。もう足が棒になっている。今宵こよい望月荘もちづきそうに宿泊する。外観はこじんまりとした民宿であるが、宿泊客からの評判は上々だ。というより、先程の大ちゃん寿司が隣接りんせつしているではないか。

「この度は、望月荘へお越しいただきありがとうございます」

 女将おかみさんがにこやかな表情で出迎えてくれた。彼女の着物姿が、旅行っぽさを演出してくれる。俺は女将さんから部屋鍵を受け取り、自室へ向かう。

 部屋もこじんまりとした和室で、ブラウン管テレビというのが実にクラシカルだ。しかし俺は浴衣ゆかた以外の荷物を放り出し、きびすを返すように温泉へ向かう。とにかく、今は疲れを癒したい。幸い、温泉には他に客がいないようだ。俺は童心に帰り温泉へ飛び込む。こんなことをするのは、学生の時以来だろうか。

 温泉は露天風呂で、誕生の海を眺めることができる。これもまた絶景だ。しかしなんだろうか、この腹の底から込み上げる感情は......。

「......あーーーっ!!!」

 俺は訳もなく雄叫びを上げた。大自然は時に、人の心を開放的にしてしまうようだ。

「お客さん、お静かに!!」

 窓越しに女将さんから注意されてしまった。よく考えれば、いい歳したオヤジが叫ぶのはみっともなかった。反省反省......。

 風呂場から戻るとまもなく夕食。女将が部屋まで食膳を運んできた。

「今宵は、とれたてのうつぼ寿司です」

 ......いや、待て待て! 昼食がうつぼ丼なのだが??

「どうやら、旅の人が大物のウツボを釣ったそうで」

 その旅の人は、きっと俺のことだ。

「ああ、お客様がその旅の人ですか! それは申し訳ない」

 どうやら、大ちゃん寿司の大将がこの宿の夕食を融通しているらしい。これも地方ならではといえる。せっかくなので、うつぼ寿司も味わってみるとしよう。

 しかしながら、寿司であってもウツボが濃厚な味わいであることに変わりない。唯一の違いは、ガリとあがりが付いていることくらいか。あ、でも寿司に合わせてたれの味わいが若干控えめ?

 夕食を終えた俺は、身も心も満たされた。やがて睡魔に襲われ、俺は早々に就寝してしまった。

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