商談4 郷土料理

 釣り人はためらいもなくウツボを締めた。さて、俺はこのウツボをどうしようか?

「......旦那、どうやらウツボが旨いことを知らないようだね?」

 彼は不敵な笑みを浮かべる。そもそも俺はこの町へ釣り......じゃなかった! 営業で来たんだ。そんな俺に、ウツボをどうしろと言うんだ。

「そうか......なら、大ちゃん寿司を訪ねるといい」

 そういうと彼は、ウツボをクーラーボックスへ無理矢理ぶち込んだ。ボックス内でとぐろを巻いたウツボは窮屈きゅうくつそうにしている。しかし、よく見ると奴の瞳はどことなく可愛らしく見える。そんな俺は変人かもしれない。

 そして俺は、彼からクーラーボックスを借りたまま大ちゃん寿司へ向かう。彼曰く、クーラーボックスは店主に預ければいいとのこと。おそらく彼は、店の常連客なのだろう。

 その店は港から間近にあった。看板にはかなりの達筆で大ちゃん寿司と書かれている。何となくだが、店主はクセが強そうだ。

「へいらっしゃい!!」

 のれんをくぐると、内装はいたって普通の寿司屋。店主も特別にクセはない。

「お客さん、そのクーラーボックスはどうしたんだい?」

 俺はおもむろに店主へクーラーボックスを手渡す。とりあえず、これは早いところ渡してしまおう。

「......こりゃあでけぇウツボだ!! それにこの締め方、さてはかっちゃんだな?」

 ウツボを見て店主は全てを察したようだ。おそらく、このやり取りはお約束か? 店主はその後、俺が何を言ったわけでもないのにウツボを調理し始めた。一体何を作っているのだろうか。

「へいお待ち! うつぼ丼だよ!!」

 寿司屋でまさかの丼ものが出てきた。しかも、これが誕生町の郷土料理だというから驚きだ。濃厚なたれの香りが、俺の胃袋へ直接語りかけてくる。これはもう、食うしかあるまい! 俺は、無心にうつぼ丼へかじりついた。

 ウツボのその身からは、魚とは思えないほど濃厚なうまみが溢れ出す。たれも、そのうまみに負けない程の濃厚さを誇る。両者は、俺の胃袋を舞台に戦いを始める。この勝負、どちらも甲乙つけがたい。その濃厚な戦いに白米が参戦する。まさに三つどもえの戦いだ。

 その戦いへ終止符を打つかのように、潮汁が俺の胃袋へやって来た。そのほのかな塩味が、彼らに停戦協定を結ばせた。この戦い、勝者は潮汁に違いない。

「ご主人、ところでお代は?」

 うつぼ丼のあまりの美味しさに、俺は危うく会計を忘れるところだった。

「お代はいいって! これ、ウチの食材にすっから!」

 ご主人、何と太っ腹なんだろう。その大胆さに、俺は遠慮えんりょさえ忘れてしまった。

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