商談10 うどん処 麦はら屋

 さて、先方の待ち合わせ場所はどっちへ向かうんだっけか? 俺が迷っていると、散弾銃を携帯する男が近づいてきた。おそらく、地元の猟師だろうか。

「あんた、見かけねぇ顔だな? ここに何の用だ?」

 男は俺に尋ねる。彼に聞けば、先方の所在が分かるかもしれない。

「おぉ、ここは俺の娘が経営している店だな。付いてきな!」

 何という偶然! こんなところで先方へ案内してもらえるなんて、俺はついている。ラッキー!

 男の言うままに俺は付いていく。話によると、彼は地元の猟師として生計を立てているそうだ。最近は、イノシシが増えて近隣農家の獣害が後を絶たないらしい。加えて、数年前に閉園した動物園からキョンという外来生物が逃げ出し、跋扈ばっこしているとのこと。なるほど、地元農家の苦労も絶えないようだ。

 数分歩き続けると、鵜ノ原郷の集落が現れた。男は、その一角の古民家と思しき建物へと入っていく。

なぎ、来客だぞ!」

 男が建物へ入るなり、中の人物へ呼びかける。先方は凪という人物、待ち合わせはここで間違いない。

「源さんですね。この度はご足労いただきありがとうございます」

 麦わら帽子を被ったこの人物こそ、先方である麦原凪むぎはらなぎさんだ。彼女は父の勧めで、大学の管理栄養士養成課程を履修していたのだが、昔からの夢をどうしても諦めきれず、大学卒業後にうどん専門店を開業してしまったそうだ。当初、父からは猛反対されたとのこと。しかし彼女の熱意に根負けし、最終的に店の開業資金を提供したという。

「それと、昨日は申し訳ございませんでした。近所の畑でイノシシが暴れてみんな大慌てでした......」

 イノシシが出没すると近隣の平穏は脅かされる。まったく、野生動物にも困ったものだ。

「......さて、さっそくですけど例の食器を拝見させていただけますか?」

 おっと、忘れてはいけない。ここにはあくまで営業で来ていたんだ。古民家風の店内に、いつしか実家のような安心感を覚えてしまっていた。

 俺は凪さんに、ガラス細工でできた食器の見本を提供する。彼女は、それを食い入るように見つめる。

「......これ、いいですねぇ。透明感があって涼しげです」

 どうやら、彼女は冷やしうどん用の食器を探していたらしい。ガラスの透明感は、涼しさを演出するならばこの上ない。ここは俺の腕の見せ所!

「そうなんですよ。あと、この風鈴のワンポイントも特徴的ですよねぇ」

 俺はここぞとばかりに商品の売りをアピールする。とにかく、あとは勢いだ!

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