商談8 追憶

 早々に就寝した俺は、日の出よりも早く目覚めた。窓を開けると、ほんのりと空が明らんでいる。こういうの、あかつきって言うんだっけか......よく分からないけど。せっかくだから朝風呂にでも入ってみよう。清掃時間も過ぎているから問題あるまい。

 風呂場に来た俺は、さっそく誕生の景色を眺める。昨晩とは打って変わって、オレンジともセピアとも形容しがたい空の光景は、えらく神々しい。この光景に遭遇した俺は、きっと誕生の神様に愛されているんだ、間違いない。けれど、スプーンがウツボに破壊されてしまったことは心が痛い。あれは気に入っていたからなぁ......。

 そんなことを考えていると、水平線から日が昇ってくる。そういえば、ゆなは明け方に産まれたんだっけか。あの時、秋子とあけぼのだとか東雲しののめだとか言い争いになったんだよな。正直、理由はもう覚えていない。それに、文学に疎い俺にはそんなことどうでもいい。

 俺が言いたいのはそういうことじゃない。あのルアーは、愛娘からの誕生日プレゼントだったんだ! ゆなはなけなしの小遣いを貯金して、少しお高めのルアーを選んでくれたらしい。ルアーにはまるで無知な娘が、一生懸命考えて選んでくれたんだ。

 会計の際も、ゆなは小銭だけで支払いをしたもんだから、店員さんには一度断られたらしい。それを脇で見ていたじいさんが、店員に激昂げきこうしたそうだ。おそらく、ゆなの気持ちを踏みにじるようで、爺さんには許しがたかったのだろう。

 確かに、店員の行動は日本銀行法に照らし合わせれば何の問題もない。しかし、子供の懐事情をかんがみれば彼の行動はあまりにも酷ではないだろうか。けどまぁ、俺が爺さんの立場なら素直に両替してやるかな? 

 俺が思いあぐねている間にも、太陽は少しずつ天へと向かっていく。あぁ、ゆなには何て言えばいいんだろう。こんな俺の愚行ぐこうを、愛娘は許してくれるのだろうか......? とにかく、素直に謝ろう。噓つきは泥棒の始まりって、娘には言い聞かせているしな。考えを整理した俺は風呂を出た。

 自室へ戻ると、朝食が用意されていた。サバの味噌煮を主菜とした地味な朝食だったが、新鮮なサバは旨いの一言に尽きる。さすが港町!

 朝食を終えると、俺は望月荘を後にした。さて、改めて先方へ向かうか!


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