名を奪われた名無しの少女と妖たちとの人間模様が絶妙な空気感で描かれる!

 ある夏祭りの日、名前を奪われてしまった主人公の少女。この出来事をきっかけに、彼女の日常は一変する。
 名前を書いたり呼ばれたりするたびに感じる気持ち悪さ。彼女の反応を楽しむように始まった、からかいという名のいじめ。そうして現実が変わる一方、名前という自身をつなぎとめる楔を失った彼女の存在は曖昧になり、非現実的な事象にも関わりやすくなってしまっていた。
 そんな主人公が出会ったのは、とある都市伝説と、陰陽師もどきを自称する1人の美丈夫。オカルト的な事件に巻き込まれる過程で、再び主人公の日常は変わっていく──。

 三人称で語られる物語。妖怪や都市伝説を扱っていることもあって、序盤から不穏な雰囲気をもって始まります。特に、最初の方に語られる作中作の都市伝説はそれ単体でも通用するクオリティで、ホラーが好きな私は大満足でした。また、名前を失った主人公が作中では■■と表記されており、書物ならではの工夫と、本作ならではの不気味さを常に醸し出していた印象的でした。

 一方、そんな怪しい雰囲気を維持しつつも描かれる、主人公の少女と彼女の前に現れたイケメン半妖の男性の関係性。気障な言葉を恥ずかしげもなく吐いたり、少し抜けていたり。そんな半妖さんの一挙手一投足に振り回される主人公も年相応で、このあたりは少女マンガを読んでいるようなほっこり感があります。
 しかし、決めるところはきちんと決める。そんな格好いい半妖さんの姿には、主人公と同じで、私も思わず胸を鷲掴みにされた気分。イケメンに守られる。良いですよね…。

 この恋愛的な要素が物語全体を包む不気味さとちょうどいい対比関係にあって、双方を互いに引き立てている。ハラハラとドキドキ。ある種吊り橋効果とも言える緊張と緩和が心地よく、本作ならではの空気感を作り出してくれていました。

 最後に、物語をつなぎとめるのが“謎”。例えば主人公の名前を奪った社しかり、都市伝説の発端しかり。半妖さんや、彼の仲間についてもそうですね。オカルトにはつきものと言って良いそうした謎が常に根底にあって、物語を支えてくれている。おかげで興味が尽きることなく、読み進める手を止めさせてくれませんでした。

 和風ファンタジーならではの親しみやすさと共に描かれる、オカルトに巻き込まれる少女の物語。不穏な空気感をまといつつ、主人公を守ろうとする天然系イケメンの半妖さんとのどこか甘酸っぱい日々。
 章ごとに主人公格が変わるようなので、様々なオカルトと、人々の関係性も楽しむことができそうです。

 アクセントのある恋愛関係が好きな方はもちろんとして、「ホラーというよりはオカルトが好き」な方にもオススメしたい作品。和風らしく妖怪モチーフの親しみやすさと、無気味さ漂う非日常の中で甘く揺らめく恋模様を描いた、素敵な現代ファンタジーです!

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