1Kかわたれ枕語り

目々

枕言造花にも似て

 押さえつけられた肩が床に当たる。骨がごつごつと擦れる感触が、ひどく不快だった。


 骨張った指が喉を締め上げる。狭まる気道。棘のように食い込む爪は刃物と錯覚するほどに冷たい。枕代わりにしていたクッションに後頭部が沈み込む。首に力が掛かるほどにさらさらと妙に清かな音がして、髪が布に擦れているのだと今更気づく。

 部屋中に満ちていた夜の端々には既に朝日が滲んでいる。それでもの顔は灰色の影に塗り潰されている。

 喉に掛けられた指先はひどく荒れている。その指がずるずると滑るのは汗だろうか、それとも先程噛み裂いた傷からの血だろうか。


 涙だったら許してやるのになと思ったが、口にはとうとう出せなかった。


***


 胸が割れるような動悸で目を覚ます。

 天井は夜明けの灰色に染まり、火照った肌に触れる空気は冷え切っている。片付いているというより物がない部屋を見回せば、薄っぺらいタオルケットが投げ出されたベッドと安っぽいテーブルが目に入る。テーブルの上には宴席の残骸──大型連休に浮かれた昨晩の名残──が暈けた影を滲ませていた。


「すっげえ魘されてるんだもんな」


 カーテンが揺れる。がたりと窓がレールに軋む音は、薄明の室内にやけに大きく響いた。

 ベランダから戻ってきた先輩は灰皿代わりだろうビールの缶を片手に、そう言って俺に視線を向けた。


「家飲みで良かったなって潰れ方したものな。サークルとか外の飲み会でするなよ、危ねえからさ」


 具合どうよと缶に吸い殻を放り込みながらの問いに、俺は渇き切った喉をどうにか動かす。


「……すげー、嫌な夢、見ました」

「首絞められたろ」


 当然のように言い出された言葉に俺はまじまじと先輩を見つめた。


「みんな見るんだよ。お前で五人か六人目じゃねえかな」


 のそりとベッドに腰掛けて、先輩は続ける。


「どういう仕組みか知らねえけどさ、そのクッション枕にするとまあ大体飛び起きるのよ明け方に。で、首絞められたって騒ぐの」

「絞められましたけど──夢だったんですか。今の」

「夢じゃなかったら今息してるお前は誰なの」


 先輩が短い笑い声を上げた。


「だって喉元何ともねえじゃん。鏡見る?」


 首筋に恐る恐る触れても、ただ指先には健康な皮膚の感触があるばかりだ。纏わりついていた筈の血も忽然と消え、冷や汗に微かに湿った肌が指先に張りつくだけだった。


「……クッションのせいなんですか」

「家主差し置いて寝床でひっくり返ってたやつと床に頭直置きしてたやつは元気に二日酔いしてたよ」

「訳ありなんですか、これクッション

「実家から持ってきたやつだよ。勿論俺んちじゃ人は死んでない」


 どのみちだろという先輩の言葉はとてつもない正論でしかなく、俺は黙って頷いた。

 渇いた喉が不意に引き攣れて、俺は何度か咳き込む。


「先輩、台所借りていいですか。水飲みたいんで」

「いいよ。何なら顔洗ってこいよ、さっぱりするから」


 俺はのろのろと立ち上がる。灼けるような渇きは痛みにも似て、じりじりと喉を焼いている。


「泣いたって許してくれなかったのにな、あのときは」


 足が止まったのは、ふらついたせいだと誤魔化せるはずだ。俺は振り向かず、台所へと向かう。蛇口から流れ出す水がコップに溜まる単調な音が、薄暗いシンクに満ちる。詮索するのは無礼だと分かっているが、聞いてしまった一言が刺さった棘のように思考を疼かせる。

 先輩はどちらだったのだろうなと考えながら、俺は夢の感触が残る首を撫でた。

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