第10話:英雄と悪党
家に帰ってきて、二人で冷たい麦茶で一息つくと、多嘉子がクッキーをつまみながら言う。
「あれが、この町の『日常』さ。」
「日常と言う割には随分と突飛な出来事が起こるものだな。マリユスでさえ、街中で魔王軍と戦闘になることなどなかったぞ。」
「まあ、日常っつっても、しょっちゅう起こるわけじゃないさ。あんなのが毎日来られたら、商店街も商売あがったりだろう?」
「確かにそうだな...。あれも科学の産物か?奴らは互いを『ヒーロー』とか『ヴィラン』とか呼び合っていたが、それが彼らの名なのか?」
「いや、あれは科学では説明できないし、その呼称は彼らの『所属勢力』を表すものだ。」
「『所属勢力』?」
「アタシがあの事件をお前に見せたのは、この『勢力』について説明するためだ。....ミランガ、お前は魔族と魔法少女が戦っているのを見たな?」
「ああ。というか割り込んだが。」
「で、今日はあのハチ男とヤンキー風の男二人が戦ってるのを見た。」
「うむ。」
「実は、あれは突発的な戦闘ではなく、二つの『勢力』の衝突の一角なんだ。」
「もしやそれが、奴らの言っていた『ヒーロー』と『ヴィラン』だと言うのか?」
すると多嘉子は、ニッと笑って頬杖をついた。
「話が早くて助かるよ。そう、あれがヒーローとヴィランの戦闘だ。奴らにもピンからキリまでいてね、さっき見た戦闘は、レベルで言えば中の上といったところだろう。」
「その二つの勢力は何故争っているんだ。」
「簡単に言っちゃえば、人類を支配しようとするヴィランに対し、人類を守るためにそれに抗戦するヒーロー、といった構図だ。お前が見た魔族やハチ男はヴィラン、魔法少女やヤンキー男たちはヒーローにあたる。」
「ほう。」
「科学に頼った一般人。特殊な
「.....なるほど。大方理解した。マリユスにおける魔王軍および勇者側勢力と、あまり相違ないだろう。」
「魔王軍か。そう言えばそんなこと言ってたな。ああ、構図としては、大体それと同じと思ってもらって構わないさ。」
そしてその後、多嘉子は何気なく言った。
「ところで、どうしてアタシが彼らの戦闘が起きる場所を知ってたと思う?」
「何...?」
言われてみれば、確かにそうだ。戦いがそこまで頻繁に起こらないのなら、何故俺たちは易々とその現場に立ち会うことができたのだ...?
....まさか....!!
すると多嘉子はニヤリと口角を上げて目を細め、俺の顔を覗き込んだ。
「気付いたようだね。」
「...まさか、貴方は....、...いや、貴方たちは...」
「その通りさ。アタシたち魔女はヴィラン側組織だ。だから彼らの予定を知ってたのさ。」
「...やはり...!」
俺は一瞬、驚きのあまり椅子から立ち上がりかけた。
こいつ、息をするようにとんでもないこと言いやがったぞ....!?何だと、魔女は
「あっはは、驚かせてすまないねえ。だが安心してくれたまえよ、これから詳しい説明をするから。」
「は、はあ...。」
俺が落ち着いて椅子に座り直したのを見て、彼女は茶を一口含むと、真剣な目で問うた。
「さっきの戦闘、お前にはどう見えた?」
「どう見えた、か....。...何となく不自然だったのは感じた。」
「ほう?」
「あのお化け蜂が、その場で右往左往しながらわ喚いていただけで、積極的に民間人を襲っている様子がなかったからだ。何せ、あいつの飛び去ったスピードはなかなかのものだった。あれで一般人を襲えば、好きなだけ食うことができたはずだ。」
「やはり気付いたか。」
「ああ。それに、飛んで逃げるほどの余力を残しておきながら撤退したのもおかしい。攻撃だって、どこか攻め切れていない様子だった。あんな槍なんか使わずとも、せっかく六本も足があるのだから、それで抱え込んで尻の針で突き刺してしまえばいいものを。」
「うむ。模範解答に限りなく近いね。やはりアタシが育てただけある。....それで、だ。さっきはヴィランは悪党だと述べたが、それはあくまで、一般人やヒーローから見たら、という話さ。あのハチ男の行動からも分かる通り、アタシたちヴィランは積極的に人命を奪いにいくことは決してない。何故か分かるか?」
「.....何故だ...?」
「答えは簡単、アタシたちが適度に暴れることにより、ガス抜きをしているのさ。」
「ガス抜き?」
「風船に空気が入り続ければ、それはいずれ、破裂する。社会だって同じさ。不安や停滞、不平等などが溜まり続ければ、それはいずれ、
「....具体的には...?」
「戦争や紛争、迫害、汚染、搾取。この世はかつて、そんなもので溢れていた。だが、人類はやっと気づいたんだ。このままでは、今に世界は破滅してしまうと。ならばどうするか。決まっている。そんなことをしている場合ではない状況に追い込んでしまえばいい。そうして、人類が互いに喧嘩などしている余裕を無くすために生まれた組織こそが...」
「...ヴィラン。」
「その通り。ちなみにこれを知ってるのは上層部や中間層だけで、末端の構成員たちは知らない。戦闘員たちは、ただやりたいようにやってるんだが、上司たちが殺しや略奪をキツく禁じてるから、民間人への重大な被害は出てないのさ。」
「....。」
「アタシたちは、決して人命は奪わない。ただ、無駄なインフラを破壊し、人々に恐怖を与え、金稼ぎの邪魔をする。そうすることで人類は、『打倒ヴィラン』を掲げて一つになれる。だが、それで殺伐とした世の中になってしまっては味気ない。そこでヒーローというシステムを設けて、人々に希望と勇気を与え、同時に犯罪の減少も図ったんだ。」
「...なるほど。」
「最初こそヴィランは、ハッカー集団や傭兵団、殺し屋なんかで結成された組織だったんだが、今まで陰に隠れていた超能力者や魔女なんかが参戦し、それに対抗するかのように戦隊ヒーローや対策本部が結成されてね...。そこからどんどん、戦闘力がインフレ起こしていったのさ。」
「それで、魔法少女だの未確認生物だのも加わり出したのか...。」
「ああ。最初まで話を戻すと、つまりは我々は
「...つまり、世間から見れば今の俺は悪党ということか。」
「アタシの代行者になる以上、否が応でもそうなるね。」
「ハア....。」
まあ、後であの少女には謝りに行くか。いくら肩書きは悪党でも、何の罪もない少女を傷つけて平然としていられるほどの外道ではないからな。
その夜は、ベッドの中で彼女への言い訳を考えるうちに、気づけば眠りに落ちていた。
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