第12話:お前らさぁ
魔女の代行者が魔法少女に菓子折り提げて謝りに行くという、前代未聞の事件が起きた日の昼下がり。
俺は再び修行と勉強に打ち込み、新たな魔術の開発にも心血を注いだ。
多嘉子曰く、敵対するヒーローには突然変異した一般人が多いらしい。戦闘力こそ高けれど能力や技は既存のものに頼る傾向があるとのことだったので、こちらの手数を増やすことは確実にメリットになる。
魔術とは、火、水、土、風、光の五つの『魔法』を組み立てて、特定の順序や強度で連鎖的に発動するようにしたもの。多嘉子から少し習った「プログラミング」の概念に限りなく近い。
半ば遊ぶような感覚で魔術式を組み立てていると、横から多嘉子が物珍しげな目で覗き込んできた。
「お、今日は何を作ってるんだい?」
「特定の物質の分子構造や結晶構造を解析し、それを記録して別の材料に転写する魔術だ。最初に『型』を作り、それを一発で発動する為の魔法陣をカードに記載しておくんだ。良いアイディアだとは思わないか。」
「ほほう。それは、こっちの世界で投影魔術と言われてる魔術だよ。まさか、魔術をイチから考案しやがるとは....。」
「...くそ。すでに存在していたか。ならこれはどうだ。他人の筋肉のつき方や動きをコピーして、その人物の戦闘スタイルを再現する魔術だ。俺の完全オリジナルだぞ。」
「ああ、憑依魔術のことか。」
「何ァっ!!??」
「ふふ、お前の反応は見てると面白いが、このままじゃ労力のロスだな。ほら、これをやるから読んどけ。ヴィラン連合魔女部に入った時に貰ったんだが、アタシの頭じゃ理解もできんし、理解できたところで魔力操作の精度が追いつかないからな。本棚にしまいっぱなしだったんだ。」
だが、そう言って手渡された本は、どこか見覚えのあるデザインだった。
そしてその本を開いた俺は、そこにあった文字列に絶句した。
「見えない世界を信じるか。」
茶色くて厚い革張りの表紙をめくると同時に、あれほど慣れ親しんだ一文が目に入ってきたからだ。
「なっ....!!??」
「どうした、お前これ読めるのか?ロシア語だかウクライナ語だかで書かれてるんだが、魔女はスマートフォンやパソコンの類の個人所有が禁じられててな。翻訳ソフトが使えないんだよ。」
「....父だ。」
「は?」
「....父が書いた
「お前の親父さんだってのか?だが、流石にそれは有り得んだろう。大方この本を読んだことのある魔術師がお前のいた世界に召喚されて、そこでこの本を真似て書いたんだろう。」
「...そうかもしれないな。」
思わぬ巡り合わせに感嘆するのもそこそこに、俺はその本を開き、早速最初の項目から読み漁った。
俺が向こうで持っていた本より内容は難しかったが、その分高度な魔術や汎用性に優れた術式が掲載されており、このまま魔力操作の練習を続けていけば、数年もあれば全てマスターできそうだった。
俺は多嘉子に夕飯を運べと頭を小突かれるまで、周りのことなど一切知覚できないほどに、その本に没頭した。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
そして、
夏もすっかり盛りになり、昼間は蝉がうるさくなってきた。やはりこちらの世界でも、奴らはうるさいのだな。まあ、『向こう』にいる人の顔ほどもある蝉の大発生に比べたら、いささか物足りなさはあるが。
今日も俺は、多嘉子の夕食の材料の買い出しだ。人参、ジャガイモ、豚肉。...シチューかカレーか、それが気になる...!!
できればシチューがいいな、などと思いつつ堤の上の道を歩いていると、
「グハハ、今日こそぶっ倒してくれるわ、魔法少女キューティー・ストロベリー!!」
「何度来たって同じだ!全員ぶっ潰す!」
....という、聞き慣れた声。大勢の野次馬やテレビクルーをバックに、濃いピンク色の派手な衣装に身を包んだ少女が魔族たちと相対して叫んでいる。どうやら無事に完治したようだ。
良かった良かった、と思いつつそこを通り過ぎようとすると、グラウンドから声が響いた。
「あっ!!お前はあの時の!!そんなところで高みの見物とは、さてはお前が魔族の親玉か!!!」
そして、あろうことか俺の方をビシッと指差しやがったのだ。
これでもう、何が起こるかは明白。後ろに控えていたテレビクルーや野次馬どもが、一斉に俺の姿を視界に捉える。
...逃げるか?いや、そうするのが正解なのだろうが、何せあのテレビという奴は、国中に同じ映像を転送できるという、元の世界なら魔水晶がいくらあっても足りないような機構らしい。...つまり、ここで逃げると国中に敗走の醜態を晒すことになってしまうというわけだ。
仕方がない。さっさと片付けて、ついでに腹を減らして美味い晩飯にありつくとしよう。
俺は彼女に向かってゆっくりと歩いて行き、あのピンクのアウラ弾の射程圏内に入ると、全身に程よくアウラを纏う。
そして、彼女に向かってわざと尊大な態度で言った。
「ははは、我が魔族の王、ミランガ=カーズなるぞ!!我は無駄な争いは好まぬ。貴様の首を落とすなど、造作もなさすぎて面倒なだけだからな。大人しく撤退すれば、そこの人間どもは生かして帰してやろう。だが、歯向かうのであれば容赦はせぬぞ?」
そうアウラを全開にしつつ言ったのだが、彼女は怯むどころか、俺をしっかりと睨みながら、
「そんなことはさせない!!この町の平和は、私が守らなくちゃいけないんだ!!あんたに負けてる暇なんかないのよ!!!」
と、勇ましく言い放った。
そしてそれに呼応するように、後ろの野次馬どもが雄叫びを上げる。しかし、よく見ればその手には、めいめいに銃や剣のようなものが握られている。
...確か、この国の法律では武器の携行は禁止されているはず。つまり奴らは一般人ではない。恐らくはヒーロー側の戦闘員か。
「魔族たちは俺たちが抑えます!!ストロベリーさんは、その間にあいつを!!!」
と、野次馬の中の一人が叫んだのを皮切りに、彼らは一斉に魔族の一団に向けて突撃や発砲を開始した。
そして、魔法少女は一気にアウラを高めると、
「さあ、来い!!この前の私と同じだと思うなよ、ヴィラン!!!」
という言葉と共に、ピンク弾を数発一気に放ってきた。
俺はそれにスタームをかけて軌道をズラし、真正面から彼女の間合いの内に切り込んだ。そして、手に持っていた買い物袋をスタームで加速して彼女の視界を塞ぐように広げ、即座に【ヴォル】の炎弾を撃ち込んだ。
炎と共に発生した激しい爆風に吹き飛ばされた彼女は、体勢を崩しつつも何とか着地し、俺に反撃せんと手に持った派手な杖のようなものを構える。
しかし、彼女の意図に反して、そこからは何も出てこなかった。
「...あ、あれっ...!?」
狼狽える彼女に、アウラ弾を数発乱れ撃つ。
彼女はそれを避けようとして飛ぼうとしたが、足をもつれさせて転んだ。
それが幸いしてアウラ弾を避け切れた彼女だったが、どうやら体の異変に気づいたようだ。
「....魔法が、使えない....?」
どうやら気づかれてしまったようだ。俺が炎弾を炸裂させた時、彼女に術式をかけておいたのだ。
彼女のコスチュームの腹の部分には現在、アウラを発散させる術式が組まれた魔法陣が印字されている。彼女が魔法を使おうとすると術式が起動し、アウラがそこから逃げてしまうのだ。
本来、アウラが多すぎて身体を冒してしまう病気の治療のための術式だが、こんな応用の仕方もあるのだよ。
しかし、彼女は諦めるどころか一気に間合いを詰め、渾身の右ストレートで思い切り殴りかかってきた。
ヒュン、という音を立てて拳が空を切り、頬をかすめる。かなりの速度だったが、多嘉子の拳に比べれば格段に遅い。俺はそれを難なく躱し、追撃に備えて距離を取った。
しかし、俺が退くよりも速く飛んできた第二撃を避けきれずに彼女の拳を前腕で受けると、さらに飛んでくる拳や蹴りをことごとく平手で受ける。
一発一発が、骨の芯まで響くような重い打撃だった。多嘉子のそれほどではないが、拳に乗った体重がブレることなく伝わってくる。
気づけば俺は、先程とはうってかわって防戦一方になっていた。
いかにアウラの補助があるとはいえ、この女の攻撃を受け続けていたら、先に体力が尽きるのは間違いなくこちらだ。
俺は彼女の猛攻を止めるべく、ダメージ覚悟で彼女の拳を引っ掴む。
「....くっ!!お前、なんで殴った方が強いんだ!?魔法少女だと言っていただろう!?」
「魔法少女もフィジカルは重要なの!!魔法が使えなくたって、『物理でゴリ押せば戦は勝てる』っていう言葉があるんだよ!!!」
「誰だそんな迷言作った奴は!...仕方がない、これを使うのは心苦しいが、負けるよりはマシだ...!!」
俺は彼女と腕力で競り合いながら、近くにあった落ち葉を拾って術式をかけた。有機物を原子レベルで再構成する錬金術だ。それで落ち葉を水素と酸素、メタンに分離すると、ヴォルで着火する。
刹那、閃光がほとばしったと見るや、パアンという軽い破裂音が響き渡る。
一瞬動きを止めた彼女だったが、やはりこれしきではダメージは入らないらしく、再びこちらに突っ込んできた。
だが、先程の攻撃はあくまで時間稼ぎ。既に次の手は打ってある。
俺は、土の主成分である二酸化ケイ素の結晶構造をガドンでいじくり、彼女と俺の間に巨大なガラス板を作った。
無論それで彼女が止まるはずもなく、ガラス板ごと俺を叩き割ろうとして拳を繰り出した。
...が、ガラス板を粉々に砕いた彼女の拳は、俺の少し横の誰もいない空間を撃ち抜いた。
「....えっ...!?」
種を明かすと、このガラス板はかなり厚く、そして少し斜めに設置されていた。そのため光の屈折で、見かけ上の俺の位置が少しズレていたのだ。
「悪いな、魔法少女。」
そう言って、懐に飛び込んだ魔法少女の首筋に全力の手刀をお見舞いする。
そして彼女を地面に叩きつけると、ヒーローとの戦闘に備えて持っていた塩を彼女の周りにばら撒き、組成を操作してネバネバした透明の液体に彼女の手足を閉じ込める。
「....くっ..!?何だ、これ...!!」
「水ガラスだ。塩と土があれば簡単に錬金できる。...さあ、その喉元にこいつをくらいたくなければ、すぐに降伏することだな。」
そう言った俺の手には、銀色に光る一振りの剣が握られていた。
何のことはない、地面から採ったケイ素を固めて投影魔術で作った、攻撃力など微塵もない剣だ。さほど切れ味もないし、使ったら一発で折れるからな。
だが、この見かけ倒しは効いたようで、彼女は力なく項垂れると
「....ここまでか。」
と、悲しげな顔でつぶやいた。
俺はそれに一安心すると、
「我は無駄な争いは好まんと言ったはずだ。貴様の首を落とすのは、またの機会にするとしよう。せいぜい首を洗って待ってることだな。」
と、余裕の表情を演じて踵を返し、堤防の上を走って逃げた。
何とか窮地を察した俺は、テレビクルーやヒーロー側の戦闘員たちを振り切って、何とか商店街まで逃げてくると、そこで手早く買い物を済ませ、見つからないよう細い路地を通って家に帰った。
さあ、腹も減ったことだし、今日もまた多嘉子の作る美味い飯にありつくとしよう。
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その夜、これ以上なく美味いシチューを頬張りながら、俺は今日の戦闘のことを多嘉子に話した。
すると彼女は、
「物理で殴ってくる魔法少女に、化学攻撃で反撃する魔女見習いって。...お前らさぁ。」
と言って、嬉しそうに微笑んだ。
....かく言っている自分が近接格闘型の魔女であることには、恐らく気づいていないのだろうな。
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