第13話:魔王誕生は突然に
それから俺は、朝は多嘉子と戦い、昼は魔法少女と戦い、夜は新作魔術の開発に勤しむという忙しい日々を過ごした。
そしてこの頃、面白い知り合いができた。
昼飯を買って帰る帰り道に、決まってあのピンクの魔法少女が現れては、
「勝負だミランガ!!!今日こそぶっ飛ばしてやる!!」
と、焼き芋の販売車のように毎回言ってくるのだ。
俺は修行と勉学以外には特にすることも無かったので、毎回その誘いに乗って戦っていた。
ある時は、彼女の顔面ストレートをかわしたついでにタンパク質のロープで捕縛したり。
またある時は、彼女の回し蹴りを受けた際に、硫黄酸化物の入った袋を爆発させたり。
あらゆる格闘術を叩き込んでくる彼女に対し、あらゆる化学物質や物理法則で対抗する俺。
そんな戦いを続けていたある日、天気予報を見ようと朝のニュースをつけると、興味深い一文が目に飛び込んできた。
「『魔王が出現』、か。ヴィラン側の誰かだな。一体どんな奴...、....ん...?」
アナウンサーの読み上げから切り替わった映像には、河川敷のグラウンドで文字通り火花を散らす二人の男女の姿が映っていた。かたやピンク色のフリフリ衣装に身を包んだピンクのショートヘアの美少女、かたやワイシャツと黒ズボンに身を包んだ弱そうな細い男。
....間違いない。俺と奴だ。
『ここ二週間あまりにわたって、群馬県玉村町、烏川沿いの河川敷で、正体不明の少年が魔法少女と戦闘になっています。ヒーロー側が調査を進めていますが、依然として不明な事項が多く、増援のメドは立っていません。』
そして、その後に放たれた一言に、俺は愕然とするのだった。
『先日行われた記者会見でヒーロー連合の代表者は、魔族を擁護する発言などから、この少年が『魔王』である可能性があるとして討伐対象に加える方針を示しています。』
....は。
俺が、魔王...?
そう思った時には、既に時遅し。コンビニで新聞を買ってきた多嘉子が、ニヤニヤしながらその表紙を俺に見せつけてきた。
「ミランガ。いいもの見してやるよ。ほれ。」
そう言って突き出された紙面には、大見出しに『魔王出現、街の平和が危機に』という文字が極太ゴシックで書かれていた。
「良かったなミランガ。一気に有名人だぞ、お前。新人にしちゃ、華々しいデビューじゃないか。まさかお前が毎日倒してた魔法少女が、最強クラスの魔法少女の一角『キューティー・ストロベリー』だったとはね。いやはや、これならアタシも教えた甲斐があるってもんだよ。」
「何っ.....!!」
もはや、驚きやら呆れやらで声を出すことすら忘れていた。
....あの魔法少女という名の物理少女が、最強クラスの魔法少女の一角だって...?確かに、キュー...、何とかって言ってたな。
だが、それより問題なのは俺の称号だ。
ただ魔法少女という実験台で術式の試し撃ちをしていただけなのに、魔王にまで祀り上げられてしまった。そんな呼称で目立ってしまえば、より強い戦士が派遣されかねない。例えば『勇者』であるとか。
勇者になんぞ来られた日には、俺は文字通り木端微塵だろう。マズいマズい、それだけは何としてでも避けなければ...!!
するとここで、おかしなことに気がついた。
「....なあ、多嘉子。」
「何だい?」
「俺は確か、最弱の魔女にすら及ばない最弱以下の男だったはずだよな?」
「ああ。っていうか、まだアタシに
「....そんなに弱いなら、どうしてここまで目立つんだ。俺としては、俺の活動などあちらは歯牙にも掛けないだろうと思っていたから、好きなだけ魔法少女と殴り合っていたんだが。」
「ああ、そのことか。安心していいぞ。」
そう言って彼女が放った言葉というのが、
「ヴィラン連合の中でも、魔女部は飛び抜けて高い戦闘力を有する組織だからな。基本的に魔女が一人出れば、魔法少女でいえば5人か6人がかりで応対するほどだ。だから、お前とストロベリーでの
...という、全くもって安心できないものだった。
...魔女って、そんなに強かったのか...?
「....ちなみに聞くが、ヴィランの中では俺はどのくらいの序列に位置するんだ...?」
と、半分おののきながら聞いたが、俺はこの後、この質問を心底後悔することになった。
「あー、魔女部より強い組織は今のところ無いからね。
「....は。」
....俺はこの台詞を境に、現状把握という行程の重要性を深く理解したのであった。
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そして、自らの預かり知らない所で魔王認定されてしまってから、はや数週間。
俺とストロベリーの対決は、もはや恒例行事のようになっていた。
たまに野次馬のような戦闘員や本物の野次馬が来ることもあるのだが、そういった時は辺り一面にタマネギの成分を投影魔術で合成してバラまいてやれば、大抵退散する。
たまにそれを見越して防塵マスクにゴーグル姿で来る奴もいるのだが、その時は軽くスタームをかけて上空20メートルくらいまで吊り上げてやれば、二度と来なくなる。
そして今日も今日とて買い物袋を下げた状態で、見慣れたピンクの塊と向き合う。
「今日こそ倒す!!魔王ミランガ!!!」
「はは、やれるものならやってみろ。いい加減私の
「うるっさい!!!くらえ、【ストロベリー・シュート】!!!」
「初手から必殺技とは、全力を出すのは良いが、怪我はするなよ?」
そう言って、ストロベリー・シュートという名のただの高威力アウラ弾をぶっ放してくるストロベリー。
俺はその攻撃を、内強化を施した巨岩を作り出して防ぐ。俺のアウラ量ごときでは到底防ぎ切れるはずもなく、岩は程なく砕かれたが、俺は既に地中に潜り、今日持ってきた新作の術式をのんびり構築していた。
「ふっ。我ながらヴィランとしての態度が板についてきたな。さて、今日はどんな術式をお見舞いしてやろうかな。」
その時、背を多嘉子に蹴り飛ばされたような衝撃が襲ってくると同時に、視界が一気に明るくなった。
土が舞い、体も宙に浮く。
「見つけたぞ、魔王!!こそこそ隠れてないで、正面から来い!!!」
と、甲高い声が耳に響く。
...こいつ、パンチ一発でクレーターを作りやがった。さすがは最強クラスの魔法少女...、いや、物理少女。
地中から叩き出された俺は、仕方なく即興の術式を練る。
「ふざけるな。お前と正面から殴り合うくらいなら、渓谷に落下した方がまだダメージは軽いぞ。」
と愚痴を吐きつつ、魔力を放出して術式を発動させる。今日の術式は、これだ。
「...うっ....!?痛っ....!?」
咄嗟に目を瞑って押さえ込む魔法少女。
「な、何だこれ...!!??目が....!!」
「今日の術式、窒素酸化物とオゾンのスペシャルブレンド、名付けて【どこでも簡単、目潰し魔術】だ。これはまだマイルドな方だがな。本気でやれば、街一つは軽く潰せるぞ?」
「くっそ....!!なら、こうだッ!!!」
そう言いながら、勢いよく地面を蹴ってこちらに突っ込んでくる魔法少女。まさかこの状況で肉弾戦には入るまいと思っていたこちらの隙を突いて一瞬で間合いに踏み込んできた彼女は、あろうことか目を瞑っていた。しかしその拳は、あたかも独立した生き物であるかのように、俺の喉や腹をめがけて食らいついてくる。
何故、と思ったが、その理由は簡単だった。彼女は敢えてこちらの間合いに入ることで、至近距離で俺のアウラを感じ取り、それを視覚代わりに動いていたのだ。
さらに彼女は、スタームで加速された俺の拳や手刀を、わずかな体の捻りや平手でのいなしで捌いている。
多嘉子と戦うときに、よく彼女が俺の動きを予知するような受けを繰り出す時があるのだが、それと似たテンポの動きだった。
俺は試しに、ダメージ覚悟で外強化を解除し、アウラの漏出を最小限にとどめて彼女の懐に切り込んだ。
すると、いきなりアウラの動きが読めなくなったことで一瞬戸惑った彼女だったが、俺の手刀が彼女の脇腹に触れるや否や、素早く身を翻して受け流し、逆に拳を一発お見舞いしてきた。
ゴッ、という音と共に肩に鈍い激痛が走る。
「ごあっ...!?...こいつっ...!」
俺はすぐさま全身からアウラを放出し、それをヴォルで熱に変えて発散させた。
流石にこれは受け流せないとみたのか、一旦退いた彼女に、俺は仕返しも兼ねて今日のとっておきをお見舞いする。
「せっかく身に余る称号貰ったんだ、たまには魔王らしいこともしてみようじゃないか。」
演技ではあるが会心の笑みを浮かべながら魔力を流し、術式を発動させる。すると、先程彼女が地面を殴ってクレーターを作ったときに飛び散った土砂や岩が、自動的にボコボコ集まって塊になっていった。
唖然とする魔法少女の前で組み上がっていったのは、丸っこい体に太く短い手足の生えた、不恰好なゴーレムだった。丸い体の上部に目のような丸い石が二つちょこんとついており、ずんぐりむっくりな体型も相まって何だか可愛らしい。
ゴーレムは、よちよちと歩いて彼女に向かっていくと、大きく振りかぶって拳を打ち出した。
...が、それも異常なまでに遅かった。
さっさとゴーレムを破壊しようと、拳をかわして後ろに回り込んだ魔法少女。だが、それこそ俺の狙いだということに気づかなかったのが、奴の運の尽きだった。
彼女がゴーレムを破壊せんと拳を振り上げたとき、ゴーレムの体が轟音と共に爆ぜ、俺の視界まで真っ暗になるくらいの土煙が上がった。
見たか、必殺【土砂で目潰しゴーレム】。まさか一日に二種類も目潰しを食らうとは思うまい。
そして、俺は小石をたくさん手に持つと、それらを上空に放り投げ、全てまとめて思い切り下方向に加速した。
ズダダダダダダッという激しい連続音と共に土煙がさらに大きくなり、程なくして、地面にめり込んだ大量の小石と、それに囲まれて仰向けに倒れている魔法少女の姿があらわになった。
彼女は、訳もわからないうちに小石に頭を打たれて、目を回していた。
「今日も俺の勝ちだな、魔法少女よ。はっはっは。」
意識などないであろう彼女に、一応このわざとらしい台詞を吐いて、悠々とその場を立ち去った。本来なら手当ての一つや二つはしてやりたいが、立場上そんなことをする訳にいかないので、心の中でぺこぺこ謝りつつ、いつも通り変装と買い物を済ませて帰路につくのだった。
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