第11話:迫り来る影
翌日、俺はワイシャツ姿に色眼鏡をし、菓子折りの入った袋を持つと、多嘉子から借りた帽子を目深に被って家を出た。例の魔法少女に謝りに行くためだ。
そう多嘉子に伝えると、
「ま、敵対意志がないって示せば大丈夫だろ。」
と言って、快く送り出してくれた。若干物珍しげな目で見てきたのが少し気に食わなかったが。
俺が住んでいる、もとい潜伏している街には大きな病院は一つしかなく、彼女はそこに入院しているとみて間違いなかった。
だが、おかしなことに気づいた。
「....アウラ?」
病院の前を通りかかった時、あまりに濃いアウラが感じられたので思わず口に出してしまった。
アウラの感じた方向、病院の屋上を見ると、何か人影のようなものが動いたように見えたため、すぐさま【スターム】で屋上に飛び移ると、そこにいたのはこの間のお化け蜂であった。
「何だ、お前か。」
俺がため息と共に言うと、お化け蜂は槍を構えて警戒しながら、
「初対面の奴に呆れられる筋合いはない。誰だ。」
と言ってアウラを放出した。
このまま戦闘になってしまうと手がつけられないため、俺は急いで帽子と色眼鏡を取った。
「それは悪かった。はじめまして、俺はこういう者だ。お前もテレビ見てるなら分かると思うが、同業者だ。」
「あっ!!お前は、確か...!!」
「そうそう。ここに入院してる奴の...」
「うるさい!!!貴様らが魔法少女に何をしに来るかなど、聞かなくても分かる!!覚悟しろ!!」
「は!?おい待っ...!?」
言い終わらないうちに、素早く引いた左肩を槍の穂先がかすめる。あの時見た戦闘とは、段違いの速度だ。
「ほう、これを避けるか...。さすが第四勢力というだけあるな...!!」
そしてお化け蜂は、尚も槍を構えて突撃してくる。だが、多嘉子との戦いで培った動体視力が幸いし、俺はお化け蜂の槍を再び間一髪かわすと、横様に内強化と外強化を最大火力で施した渾身の手刀を叩き込む。もちろんスタームで加速して、ピストル弾ほどのスピードにはなっている。
「ごはァッ...!!??」
お化け蜂は、その力ないうめき声と共に吹っ飛んだが、二、三回バウンドすると、すぐさま立ち上がって反撃に備えてきた。...いや、硬すぎるだろう。
俺は、これ以上の戦闘はまずいと悟り、すぐさま両手を上げる。
「....何だ、お前...」
「さっきから、何か誤解があるようだが。俺はここに入院している魔法少女に謝りに来たのだ。見ろ、この菓子折り。」
俺は手に提げた袋を彼に見せ、その場に置いた。
彼は疑り深く中身を詮索していたが、いじくり回して納得したのか、俺の方を見て言った。
「ふむ。ここで開けてもいいか。」
「...構わないが、包装は破くなよ?」
「...わかった。」
そう言って、包みを丁寧に解いて中の箱を取り出し、腰に付けた機械と思われる箱を押し当てて写真のようなものを撮ると、丁寧に包んで俺に突き返してきた。
「...毒も爆発物も確認されなかった。渡したら早く去れ。」
と言って、不満げにそっぽを向いた。
俺は彼の背に軽く一礼すると、見つからないよう地上に降りて病院に入った。
...それにしても驚いた。雑魚にしか見えなかったあのお化け蜂が、あれほど強かったなどとは。それに、入院中の魔法少女の護衛まで密かにやっているとはな...。どうやら多嘉子の話は本当のようだ。悪党の仮面を被った善人たち、ヴィラン。その顔に泥を塗らないためにも、誠心誠意謝らなければ。
魔力を探りながら、病院内を端から端まで歩いていくと、ある一室で、異常なまでの魔力が感じられた。
間違いない、魔法少女だ。
俺は病室の扉を叩くと、
「すまない、先日貴方に石をぶつけてしまった者だ。今日はその件で謝りにうかがった。」
と、声を極力落ち着かせて言った。
すると中から、
「....入って。」
という、これまた落ち着いた声が聞こえたので、俺は静かに扉を開け、部屋に入った。
「....あんた、何者?何で私の居場所が分かったの?」
そこにいたのは、セミロングの黒髪をツインテールに縛った少女だった。
身長は標準的で、その顔は可愛らしさがありつつも凛としており、俺をしっかりと見据える視線には寸分の隙もなかった。
俺は彼女の元に菓子折りの紙袋を持って行き、頭を下げつつ彼女にはそれを渡した。
「...先日はすまなかった。ある誤解があって、貴方を敵だと勘違いしてしまったのだ。」
すると少女は、視線を一切動かさずに冷ややかに言った。
「...あんた、ヴィランだね。」
「!!??」
しまった、と思った時にはもう遅く、俺は反射的に飛びすさってしまっていた。
「やっぱり、か。...それで、何しに来たの?襲撃?毒殺?」
彼女は、鋭い視線でこちらを見据えてくる。
これは、一瞬でも目線を外したら一撃入れられると見て間違いないようだ。
俺は、先ほど置いた菓子折りの袋を引っ掴むと、無造作に開けて中身の菓子を一つ取り出し、そのまま口に放り込んだ。
「毒味だ。信用できんというのなら、全てこの場で食って見せようか?まあ、流石に満腹になってしまうためそれは御免被りたいが。」
すると魔法少女は、キョトンとした顔でこちらを見ていたが、やがて一つ咳払いをすると、
「あんたに敵対意志がないのは分かった。...かと言って、あんたを信用する理由にはならない。...悪いけど、出てって。」
と、そう言ってベッドに座った。
俺は何も言い返せず、再三頭を下げると、何も言わずに部屋を出た。
...土産を突っ返さなかったあたり、その実優しい少女なのだろう。
そのことは少し、嬉しかったと言っておこう。
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俺は病院を後にすると、入口の物陰に隠れていた何かに呼び止められた。声のする方を見ると、あのお化け蜂であった。
俺はすぐさま彼と同じ物陰に隠れて、彼と向かい合った。
彼は、複眼をぎらつかせて俺を見て言った。
「...とりあえず、俺たちの敵ではなかったようだな。」
「...ヴィランの敵とは、つまりヒーローということか?」
すると彼は、顔をずいっと近づけて、より小声で言った。
「違う。お前は知らなくていい。」
「は、はあ...。」
「俺の名前はエルク、ヴィラン連合怪人部副統括だ。一応ヴィランの幹部やっているから、名前だけでも覚えておけ。」
それだけ言って彼は俺を解放すると、再び屋上に飛んでいった。
...あいつ、幹部だったのか...。あの雑魚感溢れるセリフも演技だったとは、やはり只者ではないな...。
俺は、彼の言った「俺たちの敵」という言葉に妙な引っ掛かりを覚えつつも、ひとまず家に帰ることにした。もうじき、多嘉子が昼ごはんを作り始める頃だった。
この時俺は、どこからともなく俺と病院の屋上を交互に眺める視線に、気づいていなかったのだった。
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