第6話:大切なもの
ノーサンの小さく開いた口から流れ出た言葉は、多嘉子を力なくうつむかせた。
俺は即座に、臨戦態勢に入って魔力を練る。すると、イスラが微笑みながら俺を制止した。
俺は、不思議とそれに抗うことができず、魔力を練るのを止めた。
ノーサンは、無表情な目のまま多嘉子に語りかける。
「ごめんね、多嘉子ちゃん。君の能力が、連合会議で禁術に指定されちゃったんだ。だからもう、君を魔女の世界に置いとくわけにはいかない。役目を終えた魔女がどうなるかは、君だって知ってるはずだよ。」
多嘉子は何も反論せず、悲しそうな表情でうつむいたまま、己が運命を受け入れようと必死になっていた。
いつもは勝ち気で傲慢な彼女が、悲しそうに、苦しそうにしているところを見て、俺は何故か、一種の怒りが湧き上がるのを感じた。
そして、気がつけばこんなことを口走っていた。
「おい。貴様、多嘉子の上司だか何だか知らんが、何の権利があって彼女にそんな仕打ちができる。撤回しないと言うならば、彼女の弟子として、俺も容赦はできない。」
俺は、阿呆だ。
冷静に考えてみろ、多嘉子があれほど青ざめ、震え、諦めている時点で、俺に勝てる相手ではないことは明白だろう。
だが、そんなことは今の俺には関係なかった。
理由を問われても分からない。ただ何となく、しかし絶対的に、彼女をあんな表情にさせたこの女たちに対する憎悪にも近い感情があったのだ。まるで、自らの大切なものを侮辱されたかのような。
俺の言葉を聞き届けると、ノーサンはクスッと笑って、イスラたちに目をやった。
「イスラ、貴方の言う通りだったね。この子、本当に多嘉子ちゃんのことが大好きみたい。」
そう言って笑い合う彼女らに、俺は最早呆れていた。彼女は俺に向き直ると、先ほどの無表情の表情とはうってかわって和やかな笑顔で俺の顔を覗き込みながら、穏やかに囁くように言った。
「君、私と勝負だ。君が勝ったら、多嘉子ちゃんに能力を使わせないことを条件に、彼女の処刑を取りやめてやる。その代わり、負けたら二人とも仲良くあの世行きだよ?どうする?」
何を今更、と俺は切り返した。
「もとより多嘉子に救われた命だ。彼女のために使わずしてどこに使う。」
「...ほう。」
ノーサンはニヤッと笑い、多嘉子は椅子から立ち上がって俺の腕を引っ掴んだ。
「お前!!何言ってるんだ!!!何もお前まで犠牲になることはない!!相手が誰だか分かって言ってるのか!!」
「相手が誰だろうと関係ない。俺は最弱以下を自負してはいるが、恩師一人守れないような弱い男になったつもりはない。それくらいできなくては、魔法に捧げられた俺の十二年間が泣く。」
ぼうっとしてしまった多嘉子を置いて、俺はノーサンたちの前に進み出る。
「そうだ、どうせ戦うなら、結界を張ってくれないか。俺の攻撃は無差別範囲攻撃なんでな、多嘉子に当たってしまっては元も子もない。」
「そうかい。いいだろう。」
そう言ってノーサンが指を弾くと、表面に紺と青紫のマーブル模様が流動する半球に周囲一帯が包まれ、多嘉子はその外側に弾き出された。
「お、おい!!ミランガ!!!やめろ、無茶だ!!何で、どうしてお前が...!!」
叫ぶ多嘉子の声が、段々と震えを伴う。
俺はそれに構うことなく、ノーサンと向かい合って構え、魔力を練る構えをとる。
...悪いな、多嘉子。
術式はすでに完成させてある。この一撃を以て、貴方への恩返しとさせてくれ。
「じゃあ、心置きなくやろうか。」
にっこりと微笑みかけてくるノーサンに、俺は魔力の収束と渾身の睨みでもって応える。
「死ぬ前の土産にはなんだが、自己紹介しよう。私はヴィラン連合魔女部統括、序列第一位、『土の魔女』ノーサン。」
やはり、こいつが
俺は術式のロックを解除し、少し微笑んで名乗り返した。
「では、こちらも。『霜葉の魔女』鳥辺野多嘉子が一番弟子にして、最弱以下の男、ミランガ=カーズ。」
そして、俺たちが衝突しようとした、まさにその時。
「止まってください、ノーサン!!」
と叫ぶ声と共に、ノーサンの腕が掴まれる。
声の主は、黒いアオザイのような衣装を纏った白髪の少女、ダーマ。先程まで大人しそうだったその表情は、必死に何かを訴えており、額には汗が浮かんで、軽く震えていた。
「....ダーマ、まさか。」
「ええ。私たちの負けです。...私たちは、一回死にました。それも貴方だけじゃありません。イスラも私も、この結界内にいた者は全滅です。」
何が起こったか分からず、キョトンとしている多嘉子の前にダーマが進み出て、息を整えてから話し出した。
「貴方の勝ちです、多嘉子さん。貴方のお弟子さんが、ノーサンに勝ちました。」
「えっ、えっ...!?」
「ダーマ、どういうことだか、私たちにも聞かせて欲しいな。」
ノーサンが、少し真剣な顔で彼女に問うた。
ダーマはそれ以上に真剣な顔で、突如俺の渾身の策を暴露した。
「多嘉子さんのお弟子さんは、すでに体内に術式を組み込んであったんです。それも、魔法的干渉を受ければ即座に発動するような精密な術式を。」
「すでに術式を...?」
「はい。そして、術式が発動すると同時に、彼の全身は高純度のプルトニウムの塊へと変化しました。おそらくは、
「ちょっと待て、プルトニウムって、まさか...」
「はい。彼はノーサンに殺されるまでの一瞬で、自身の体を錬金術で核爆弾に変えたんです。...密閉空間で、それも至近距離からの、核攻撃による自爆です。それで自分もろとも、私たちを吹き飛ばしました。」
「「なっ...!?」」
笑いつつ、あからさまに頬を引き攣らせるノーサンとイスラ。
多嘉子は、結界の外で相変わらず呆然としている。
俺はダーマの方を見遣って、わざと悪態をついた。
「ちっ。どういうからくりだかは知らないが、人が丹精込めて考え出した策を声高に暴露するのはいただけないな。多嘉子から教えてもらった『科学』の知識も総動員して、一晩中かけて練り上げた術式だぞ。」
するとノーサンが、
「ダーマは、序列第三位の『輪廻の魔女』だ。輪廻に干渉して、一定の範囲内なら運命を巻き戻せる。だから彼女の言う通り、君の自爆は一回は完璧に決まったらしいね。いや、参った参った。」
と言いながら、笑って頭を掻いた。
「そういうわけだ。君の面白さに免じて多嘉子ちゃんの処刑は取りやめ。その代わり、彼女に能力を決して使わせないこと。もし彼女の能力発動が確認されたら、君たちには揃って灰になってもらうよ。」
そう言いながら、ノーサンは茶会の机や椅子を消し、イスラ、ダーマを伴って蒸気のようにスウッと消えていった。
そして気がつけば、俺たちは夏草が生い茂る近所の空き地に立っていたのだった。
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「...何で、あんなことを。」
家に帰るなり、俺はソファーに座らされ、彼女に睨みつけられる羽目になった。
俺をきつく見据える彼女の目は、少し充血しているようだった。
「...あの場で言ったことが全てだ。昨日の貴方の態度を見て、ただごとではないと悟るのは容易だった。...だから、いざという時は貴方だけでも生き残れるように、昨晩から徹夜で術式を組んで自爆の用意をしておいたんだ。お前の上司がいくら強かろうが、至近距離からの核爆撃に耐えうるような奴は早々いないだろうからな。」
だが、いい終わるや否や、俺は彼女に頬を強く叩かれた。
...だが、それは力の乗っていない、弱々しい一発だった。
「...多嘉子。」
「ふざけるな!!!どうして、どうしてアタシなんかのために死のうとした!!!」
「死のうとしたから何なのだ。俺の命だ、好きに使わせろ。それとも、貴方はあの場で死にたかったのか?」
そう言うと、さらにもう一発、反対側から叩かれた。
「そりゃ、死にたくなんてなかったさ!!でも、お前を犠牲にしてまで生きたいなんて思わない!!」
そう言い放った彼女の頬を、涙が一筋流れた。
...わけが分からん。何なんだ、この女は。
「何故そこまで、俺が死ぬことを厭う。俺は貴方からしてみれば、タダ飯食らいの居候だろう。俺が死んだところで、貴方に不利益は一つもないはずだ。」
「あるに決まってるだろ!!!」
そう言うと彼女は、涙を流し続けたまま俺の両肩をしっかと掴んで言った。
「...お前はアタシの、大切な弟子で、大好きな友達だ。...お前を失ったら、アタシは一生アタシを恨む。」
「なっ...!!」
全身が急に火照り出すのを感じた。
大好きだなんて、生まれて初めて受けた言葉だった。たとえそれが、男女のそれではないとしても。
「...た、多嘉子...、本気で言っているのか...?」
一応聞き返すが、答えが変わることはなかった。
「...アタシは、お前が生きてくれれば、それでよかったんだ...!!」
そう言い終えた多嘉子は、俺の両肩に手を置いたまま、力なくうなだれた。
多嘉子は、俺を大事に思ってくれていた。
美味い料理を振る舞ってくれた。本気で修行につきあってくれた。この世界の常識や勉学を、一から丁寧に教えてくれた。一緒に話したり、出かけたりしてくれた。
彼女の行動は、皆、その一つの感情に起因していた。即ち、親愛。
...そしてそれは、俺にも言えているのかもしれない。
俺とて、数知れない恩義があるとはいえ、彼女のために命を捨てる前提で行動していたのだから。
彼女の不安げな背中を見て感じた焦燥も、彼女の悲しげな顔を見て魔女たちに抱いた怒りも、全て彼女への親愛によるものだとすれば、説明がつくだろう。
ならば、俺がすべきことは一つ。彼女の側にいることであろう。
俺は、うなだれたままとめどなく涙を流す彼女を、そっと抱きしめた。
「....!!み、ミランガ...!?」
「大丈夫だ、多嘉子。俺も、一人の師として、そして仲間として、貴方のことが大好きだ。だから側にいる。貴方の能力が使えなくなると言うならば、俺の魔術で、貴方を守ってみせよう。」
...妙な気分になり、調子に乗って本来言うべき台詞に色々と付け足してしまったが、それを聞き届けた彼女が満足そうに俺を抱き返してくれたので良しとしよう。
俺はようやく気づいた。魔法は手段にすぎない。魔法で守った彼女との時間、彼女との思い出こそが、俺の大切なものだったのだと。
彼女との抱擁の間は、魔法のことすらも忘れて、その温かさに浸っていたいと思えた。
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