第7話:代行者
朝食で顔を合わせた俺と多嘉子は、終始無言で飯を口に運んだ。
理由は簡単、昨日の妙なテンションで交わしてしまった言葉が二人とも頭から離れず、気まずいことこの上ないのだ。
くそっ、何が『貴方のことが大好きだ。だから側にいる。』だ。
言葉尻だけ捉えれば求婚以外の何物でもないではないか。
たしかに親愛はある。が、あくまでそれだけだ。男女の情は抱いていない。
それに、この女と結婚なんて冗談じゃない!夫婦喧嘩でも起こそうもんなら、その度に家が瓦礫になる!!
彼女の方を見ると、慌てて目を逸らしてしまった。その顔は心なしか少し赤い。...やはり、誤解されているようだ。
俺はとうとう
「多嘉子、昨日の話だが...。」
すると彼女は、慌てふためいて意味不明なジェスチャーをしながら、
「いや、ちょっと待て!!...その、時間をくれないか...?...アタシも、心の準備が...」
と、時折目線を外しながら口籠った。
...確定だ。完全にそういう意味だと思われてる。
甚だしく誤解されてしまったことを嘆きつつ、俺は空いた皿を手早く洗って片付け、身繕いを済ませる。
先ほどからゴニョゴニョ言っている彼女に茶を淹れて渡し、とりあえず口に含ませて黙らせた。
俺は自分の分も茶を淹れて彼女に向かい合って席につき、本題を切り出す。
「...で、昨日の話だが。」
「...だ、だから時間をくれと...、」
「違う。そうじゃなくて、貴方の能力についての話だ。」
「能力...、あっ、そうだったな...。」
...全く、普段は勝気で男勝りな性分のくせに、昨日はあんなに悲しそうな顔を見せたと思ったら、今日はまるで年頃の乙女のように地に足がついていない。もしや、普段の性格は演技か?
そう疑いの目で見ていたのを急かされていると勘違いしたのか、彼女は慌てて話し出した。
「ま、待て待て今話すから。...アタシは『特殊能力』、あんたの世界で言う『スキル』を持ってるんだ。」
「スキル持ちだったか。昨日の女たちの話しぶりから、なんとなく予想はついていたがな。」
「...ああ。それでアタシの能力は、【
「【
「特定の対象の、特定の病原菌への耐性をゼロにする能力だ。例えばどんなに体が頑健な奴でも、アタシの能力にかかればただの風邪で死ぬ。」
「...恐ろしい能力だな。」
「ああ。だが、顆粒球輸血や治療薬の投与でどうにかなる場合も多いから、確実に殺せるわけじゃないんだけどね。」
「...それが、今回『禁術』とやらに指定されたというのか。」
「...ああ。この世界では、あまりの危険性や残虐性を持ついくつかの術式や能力を、『禁術』として定め、その使用を禁じている。」
なんでも彼女曰く、禁術には個人で世界を滅ぼしかねないものもあるといい、危険度別に第一類から第三類までに分類されているという。今回、彼女の能力が指定されたのは第二類禁術。「世界の秩序に多大な悪影響を及ぼす能力」だそうだ。
「...それで、能力の使用を禁じられたアタシは、もう魔女の仕事は続けられない。そして、役目を終えた魔女は、内部情報の流出を防ぐために処刑されるんだ。」
「...まるで、城を造り終わった後の大工の始末だな。」
「それと同じようものだと認識してくれて構わない。...だがお前の無茶によって、アタシは処刑を免れた。これが何を示しているか分かるか?」
「....魔女としての任務の続行か?」
「その通りさ。アタシは、魔女の座を降りずに済んだ。...だが、能力を封じられては、アタシじゃ明らかに力不足なんだよ。なにせ最弱だからね。アタシが殴って殺せるような弱い相手なら、少なくともアタシはお呼びじゃない。」
「では、奴らは貴方にどうしろと言うのだ。」
「簡単だ、彼女らがアタシの処刑を見送った理由は。....職務代行者が見つかったからさ。」
「職務代行者?貴方ほどの実力者の職務を代行できるほどの人間とは、そんなにホイホイと見つかるものなのか?」
「まさか。魔女の代行者なんて、そうそうできるもんじゃないさ。」
「では、そんな奴どこに...?...まさか。」
「ああ。そのまさかだ。」
すると彼女は、先ほどまでの浮足立った態度を一瞬で改め、俺を真剣に見据えて言った。
「ミランガ。お前に、アタシの仕事を継いでもらうことになった。」
半ば予想はついていた答えであったが、いざ真正面から言われると、やはり緊張する。
なにせ、恩師の後を継げと言われているのだ。弟子としてこれ以上の幸運はあるまい。
俺は、できる限りの真剣な眼差しで、彼女を見つめ返した。
「ああ。引き受けよう。魔女の仕事が何なのかは知らないが、俺にできることなら何でもする。」
すると多嘉子は、にっこりと微笑んだ言った。
「ありがとう。頼むぞ、ミランガ。君の仕事ぶりに全てが懸かってるんだからな。」
多嘉子の顔は、安堵と信頼を絵に描いたような優しい笑顔だった。...今まで見たこともないような、柔らかく暖かい笑顔だった。
俺は一度だって、こんな顔を向けられたことはない。今まで魔法と魔術のためだけに生きてきたのだから、当然といえば当然だ。
...だが、俺はあの時、彼女を守るために魔術を使った。今までで初めて、誰かのために力を使った。その結果が、この笑顔だったのだ。
心から安心できるような、優しい微笑み。
俺はこの時、改めて誓った。
俺の魔法は、魔術は、この笑顔を守るために使おうと。
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