第8話:魔法少女
ああは言ったものの、それからしばらく俺たちのところに魔女としての依頼が来ることはなく、俺の魔女見習い生活はなかなか始まらなかった。
だが、何時どんな依頼が吹っ飛んでくるか分からない。俺は来るべき仕事に備えて、日々の訓練を一層全力で行った。
そして多嘉子と二人で過ごす間に年は明け、俺がこの世界に来てから、はや一年が経過した。
そして今、俺は堤の上をのんびりと歩いている。初夏の太陽が燦々と輝く下、多嘉子に買ってもらった「Tシャツ」とかいう袖の短い服をまとってのんびりと歩く。今まで普段着ていたあの白い衣服は「ワイシャツ」というらしいが、それに比べると驚くほど柔軟性に優れて着心地が良い。
修行はいいのかと自分でも思うが、あまりに全力でやりすぎて昨日倒れたため、いい加減に少し休めと言われて強制的に休暇を与えられたといった次第だ。
...今日もこの街は平和だ。
右を見れば、日の光を浴びて悠々と流れる水面。
左を見れば、羽と角の生えた怪人と殴り合うやたら派手な服装の少女。
今日も、この街は平和だ。
ゆったりとした水音を立てて流れる川に、小鳥のさえずる声が混じり、そこに時々、「オラァ!」だの「くらえ!!」だのと叫ぶ声がこだまする。
今日も、この街は...
「くそっ!!こいつ、強いぞ!!」
「当たり前だろ!!お前たちに引けをとるほど、私は弱くない!!」
「ええい、野郎ども、かかれーっ!!」
「何の!!【ストロベリー・シュート】!!」
「ぎゃあああああ!!!!」
...うむ。そろそろ無視できんレベルだ。
俺は堤を降りて、川とは反対方向のグラウンドで乱戦を繰り広げる者たちの元へ歩いて行った。
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そこにいたのは、ショートカットのピンク色の髪に、濃いピンクを基調にした派手なフリフリの服をまとった少女と、それを囲む上裸の男たち。
この男たちが人間でないことを、その頭に生えたツノと背中の羽、青紫色の皮膚が示していた。
一見すると少女が
...それにしても、些かスカートが短すぎではないだろうか。あれで戦闘を行うなど、もはや痴女だ。
そう思いつつ、とりあえず争いを止めるために近づくと、そのピンク痴女から制止を受けた。
「そこの貴方、近づいてはダメ!!巻き込まれる!!」
しかし、巻き込まれたところで危険なレベルの戦闘ではなかったため、多嘉子から貰った大事な服を汚さないようにアウラを放出しつつ、制止を無視して彼女らの間に割って入り、唖然とする彼女らを交互に見遣って言った。
「お前たち、何の理由があって、そんなトンチキな格好でやり合っているんだ?新種のスポーツか何かか?」
「「なっ....!?」」
一斉に、怒りと驚きの表情を向けてくるピンク痴女と異種族男たち。
「こ、この格好見れば分かるだろ!!私は魔法少女!!で、こいつらは魔族!!街に魔族が出たから私が撃退してるのよ!!悪い!?」
「人間ごときが、言ってくれるな!!今に後悔するぞ!!痛い目に遭いたくなかったら、さっさと失せろ!!」
「そうだそうだ!!」
俺はその言葉に、一瞬、殺意にも似た怒りを覚えた。異種族男たちの言葉にではない。マホウショウジョを自称するこのピンク痴女の言葉に対してだ。
なるほど、男たちは魔族で、この女はそれを攻撃している、と。確かに、彼らの外見は噂に聞く
どうやら、この状況に対する認識を改めなければならないようだ。
俺は男たちを庇うようにその女に向かい合うと、外強化と内強化を最大限まで高めて言った。
「ここまで堂々と魔族狩りをするとは良い度胸だ。魔法少女とか言ったか?覚悟しろ、この悪党め!!」
「「「は!!??」」」
彼女や男たちが、一斉に驚きの声を上げる。
だが、リアクションが終わるのを待ってやるほど、今の俺は寛容ではない。
一瞬彼女が驚きと共に隙を見せたのを見て、俺は近くの小石に【スターム】をかけて一気に加速し、ガードの甘い肩に向けて撃ち込んだ。
「ぐぁっ...!!」
石は見事に彼女の右肩に直撃し、彼女はそこを押さえて顔を歪めた。
ふむ、肩関節外すくらいのつもりで撃ったが、ただ痛いだけで済むとは。やはり白昼堂々魔族狩りに及ぶだけのことはある。
だが、今ので勝敗は見えた。あの程度の攻撃も防げないようでは、彼女の実力なぞたかが知れている。
俺は、同時に数発の球状のアウラを出すと彼女に向けて加速し、彼女がピンク色の光弾で応じるや否や、放ったアウラ弾を下方向に加速して地面に叩きつけ、土煙を舞い上がらせる。
土煙の中から飛んできたピンク色の光弾を全て外強化だけで防いだが、それほどダメージは無かった。どうやら、光弾の威力は取るに足らないらしい。
粉塵が晴れると同時に、彼女に向けて一発、かなりの速度で【ヴォル】の炎弾を飛ばした。
彼女はそれを飛びすさって避けたが、それこそが俺の狙いだった。
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敵の大火力攻撃を何とかかわして一安心の魔法少女の脇腹に、ドン、という衝撃が走り、にわかに息ができなくなる。
そのまま仰向けの状態で地面に落下した彼女を、猛烈な痛みと苦しさが襲う。
あまりの痛みに呼吸ができず、手足も言うことを聞かない。辛うじて顔を動かすと、攻撃の正体が目に映った。
彼女に当たったのは、一粒の小石であった。それも、形状に見覚えがあった。先ほど、彼女の肩に直撃した石だ。
ミランガが仕掛けた土煙による目くらましと高速の炎弾は、この小石による不可避の追撃を設置するするためのブラフであった。
彼は、先ほど彼女の肩に当てた小石を土煙に紛れて彼女の背後に移動させ、彼女が炎弾を避けて気が緩んだ隙に、背後から小石をぶち込んだ。
そして魔法少女は彼の作戦にまんまと引っかかり、攻撃をモロに食らってしまったのだ。
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「....何、で...?どうして魔族の、味方を....。」
そう言ったのを最後に、彼女は気を失った。ふむ、今度こそ貫通してもいいか、くらいのつもりで撃ったのに気絶で済むか。やはり、よほどの猛者ということか。
俺は彼女の気絶を確認すると、魔族の男たちに向き直って笑顔で言った。
「安心しろ。カネのために命を売ろうとする奴など、ああして滅びるのが運命だ。」
すると、魔族たちがオドオドしながら言った。
「あ、あのー...、」
「なんだ?」
「あ、いや、あんた人間だろう?」
「ああ、そうだが?」
「それが何で、俺たちを助けるんだ....?」
「何で、って、お前たちが人間に迫害されて追い詰められていたという歴史は常識だ。さっきの女は、お前たちを捕らえて奴隷商にでも売り捌こうとする連中だろう?魔族と人間が和解した今の世の中、あんな時代錯誤は中々見ないがな。」
「「「....は?」」」
魔族の男たちは、揃って首を傾げる。
何だと言うのだ。魔族と人間は、昔こそ敵対関係にあったが、それはあくまで人間が罪もない魔族を勝手に悪と決めつけて迫害していたというだけの話。マリユスでそれを知らない者などいないはず。
....ん?
.....マリユスで...?
「あ。」
思わず声に出してしまった。...そうだ、ここは異世界だ。魔女のことも然り、魔族に対する常識もマリユスとは異なっている可能性がある。
俺は恐る恐る、魔族たちに聞いた。
「...お前らの目的は...?」
「え、あ、まあ、人類の蹂躙、と言えばいいのか...?だから、人類を守る魔法少女を倒そうとしてたっていうか...」
「...人間に虐められた経験は?」
「いや、どっちかっていうと虐める側だったもんで...。」
「...そうか、分かった。」
「「「?」」」
「【ヴォル】。」
「「「ぎゃあああああああ!!!!」」」
直径十メートルくらいの炎弾に怯えた魔族の男たちが、慌てふてめいて飛び去っていくのを確認して、俺は後ろに目をやった。
そこには、苦しそうに脇腹を押さえて気を失っているピンクの少女。
「....これは、まずいことをしたかもな...。」
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