カツカレー弁当の秘密
瘴気領域@漫画化してます
カツカレー弁当の秘密
「あっ、普通のカレー頼んだのに、カツカレーになってんじゃん」
仕事帰りにカレー屋で買った弁当を開けた俺は、思わずつぶやいてしまった。
一人暮らしが長いと、どうにも独り言が増えてしまっていけない。
「ま、料金は普通のカレーと一緒だったし、ラッキーってことにしておくかあ」
テレビの電源をつけ、せっかくならばと冷蔵庫から缶ビールを取り出す。
酒は週末にしか飲まないのだが、運よくカツカレーなんてごちそうにありつけてしまったのだ。
これは、ビールを飲まないわけにはいかない。
「おほっ、揚げたてサクサクじゃん」
テレビでは、うちの近所で凶悪犯が警官から拳銃を奪って逃走中だとか、遠く離れた海外の戦争が激しくなっているだとか、そんな物騒なニュースを報じている。
このところ暗くなる話題ばかりで気が滅入るが、このカツカレーの旨さの前ではそんな気持ちは吹き飛んでしまう。
かなりの厚さにも関わらず、さっくり噛みちぎれる柔らかさ。
さりとて柔らかすぎるわけでなく、適度な弾力で歯を押し返してくる。
下味は控えめで、濃い味付けのカレーと一緒に食べると絶妙なハーモニーを奏でてくれた。
「そういえば、あの店員のお姉さんは新人だったのかな? 妙に緊張してたけど」
カツカレーをビールで流し込みながら、そんなことを考える。
お釣りを渡す手も震えていたし、なんとなく顔色も悪かった気がする。
緊張のあまり、オーダーを間違えてしまったのだろうか。
だとしたら、後で店長に怒られるかもしれない。
そう考えるとちょっと後味が悪いな……。
「いや、待て待て、ひょっとすると俺に一目惚れをしてサービスしてくれたのかもしれないぞ」
わざわざ嫌な想像をしてカツカレーの味を落とす必要はない。
あり得ない妄想をして、上司に怒られる店員さんの姿を頭から追い出す。
それにしても本当に美味いカツだ。
400円も違うからいままで頼んだことがなかったけれど、これからはたまの贅沢でカツカレーを注文してみようかなあ。
そんなことを考えていたら、口の中でクシャッと妙な感触がした。
肉の筋かと思ったけれども、噛んでも噛んでも噛み切れないし味もしない。
吐き出してみると、紙の塊が出てきた。
伝票かレシートか、何かの切れっ端らしい。
「異物混入じゃん……。あの店員さん、マジで相当不器用なんだな……」
店にクレームを入れようかとも思ったが、こちらはこちらでオーダーミスのカツカレーを黙って食べているという負い目がある。
むしろこれで差し引きゼロ、貸し借りなしだと自分を納得させて続きを味わうことにした。
* * *
あの人は、私の気持ちに気がついてくれただろうか。
普通のカレーと極上カツカレーを間違えるなんてありえないミスをわざとして、カツの下には伝票の切れ端に書いた手紙を添えた。
ずっとチャンスをうかがっていたのだ。
悟られないよう慌てて書いたれけど、ありったけの想いを込めた。
この気持ちがちゃんと伝わってくれることを切実に願う。
カウンターに隠れて拳銃を突きつける男を横目で見ながら、私は折れそうになる心を必死で奮い立たせた。
* * *
男の部屋のゴミ箱に、唾液にまみれてクシャクシャになった紙がある。
もう誰も読むことはないだろうが、その紙にはこんなメモが書かれていた。
「わるもの かくれてる たすけて」
(了)
カツカレー弁当の秘密 瘴気領域@漫画化してます @wantan_tabetai
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