贈り物

 マリアとアルファナは、マイクを前にして滝のような汗を掻いていた。


(どどどどどどうすれば……っ!)

(ここここここれは……はわわっ!)


 カナタが口にしたASMRの作成に関して、色々と考えはしたものの最終的に彼女たちは頷いた。

 どんな風に収録をするのか、どんな風に台詞を口にするのか。

 多くのことが分からない中でも頷いたのはひとえに、カナタのために何かをしてあげたいという純粋な気持ちからだった。


「いやぁ……最高だなぁ……どんなのが出来るのかなぁ」


 チラッと二人がカナタを見れば、彼はほげぇっとした顔をしている。

 ニコニコなんて言葉では生温いほどに、これから行われることが待ちきれないような、それこそ幼い子供のような表情をしている。


(カナタ君が心待ちにしてる……っ!!)

(カナタ様が期待している……っ!!)


 ニッコニコのカナタに比べ、マリアとアルファナはガンギマリだ。

 一応カナタは期待感に包まれるだけで何もしていないわけではなく、ちゃんと機材の設置から設定も終え、後は本当に女性陣が魂を込めて収録するだけだ。


「……………」

「……………」


 マリアとアルファナの手元には、このためだけにカナタが書き下ろした台本がある。

 歯の浮くような台詞と言えば少々あれだが、それでも間違いなく男子からすれば心がキュンキュンするもので、尚且つカナタの目線からすればASMRとして実際にあってもおかしくはない言葉ばかりだ。


「……そ、それじゃあ……行くわよ!」

「行きます!」


 顔を真っ赤にしながらも、マリアとアルファナは口を開いた。


 

 ▼▽



「……………」

「カナタ君!?」

「カナタ様!?」


 収録が終わり、イヤホンを耳にしてカナタは涙を流した。

 その様子にマリアたちがどうしたんだと慌てるのは当然として、カナタも二人に心配をかけてはダメだと分かっているのに、それでも流れ出る涙を止めることが出来ない。


(やべえ……感動するぜ……感動してるぜぇ)


 声にならない感動とはこういうことを言うのだろう。

 事の発端はもちろんカナタ専用のご褒美ASMRなのだが、これがとにかく良かった。

 マリアたちにとって収録は未知の領域にも関わらず、ここまでカナタが感動した理由の一つが彼女たちの本気を受け取ったこと。そしてそれを通した形で思い出したのだ……かつて一人の聴く側の人間として、ASMRを聴いた前世のことを。


(マリアの台詞は幼馴染っぽくて……アルファナの台詞は後輩っぽい。そういうのを用意したのは俺だったけど、二人の声を通して前世のことをこれでもかと思い出しちまった)


 目を閉じれば、二人の声と台詞が脳裏に蘇る。


『カナタ君は、いつまでも傍に居てくれるわよね? 私? 私だってずっと傍に居るわ……だってあなたと居たいんだもの』

『カナタ様……私だって同じです。たとえ世界が終わろうとも、魂だけになってもあなたのお傍に』


 ちなみに、上記の台詞はカナタが用意したものではない。

 その前まではカナタが用意した台詞だったのだが、上記の物に関してはマリアとアルファナのアドリブだったりする。

 とにもかくにも、こういった台詞を特殊なマイクを用いて聴いたカナタは、本当に久しぶりのゾクゾクした感覚を味わい、それがこうして彼の前世の記憶をこれでもかと呼び覚ましたのだ。


「マリア、アルファナ……マジで……マジで感動した」

「そ、そうなの?」

「そこまで言ってくださるのは嬉しいのですが……」

「嘘でも何でもないよ。本当に嬉しかった……これは俺にとって、本当に特別なボイスになりそうだ」


 もちろんこのASMRボイスを販売したり、ましてや他の誰かに聴かせることもなく、カナタの為だけに存在したボイスとして残っていく。


「でも……俺以外の誰かのASMRボイスって普通に凄まじい人気とか出そうだよな」


 しかしながら、ここからはハイシンとしての感想だ。

 カナタは前世でも数多くのアニメなんかを見ていたが、知り合ってきた女性陣たちの声は本当に素晴らしいものであると考えている。

 カナタでこれなのだから他の人が聴いたとしても、きっと同じような感覚になるのではないかと思えるような、そんな確信があった。


「やらないわよ!?」

「流石に恥ずかしいですから!!」


 ボソッと呟いたカナタの言葉に、二人は即座に首を横に振った。

 アニス辺りは面白そうにやってくれそうだし、ローザリンデもアニス同様に面白がってやってくれそうだが果たして……とはいえ、その辺りもいずれはビジネスという観点から考えてみても良さそうだ。


「二人ともありがとう! 最高のプレゼントだったぜ!」

「そこまで喜んでくれたのなら嬉しいわ」

「はい! その……恥ずかしい気持ちはありますが、またいつでもカナタ様のために頑張りますね!」

「また……やってくれるのかよ!」


 うっひょ~っと完全にカナタはテンションが上がりまくっている。

 そんなカナタの様子に、マリアとアルファナは揃いも揃ってクスクスと微笑ましそうに見つめていた。


(まるで幼い子供みたいね……でも凄く良い!)

(でも凄く可愛いです……! これもまた、カナタ様が持つ一つの姿なのではないでしょうか)


 いつもハイシンとして、そして年相応のカナタの姿を見ていた二人としては、こんな風にはしゃぐカナタの姿を見れるのも嬉しいようだ。

 こうして、カナタは宝物を一つ手に入れた。

 今まで彼は与えてくる側だったが、今日初めて彼はこの世界に生み出した技術による贈り物を手にするのだった。

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【コミカライズ開始】異世界で配信活動をしたら大量のヤンデレ信者を生み出してしまった件 みょん @tsukasa1992

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