第10話 8週間後の日曜日
今日は浅草銀行浅草支店の強盗事件と、その過程で起きた剣立要一支店長殺害事件の解決祝い。丘頭警部も奮発して「木村屋人形焼本舗」の五重塔や鳩、雷様など浅草にちなんだ形の人形焼を両手に一杯持ってきた。あんもたっぷりで甘くてふんわり、皆んな大好きである。
始めに丘頭警部が、お陰様で事件は納得のいく形で解決できたとお礼を述べた。
先週の集まりのあと、一心は、月曜日に事務所で作戦会議を開いて、美月の主犯説を裏付けるために、警部と岡引一家と力を合わせて、一か八かの賭けに出た。
美月と戸田に関する情報を、仮定も含めて古い順から並べると、
1月半前 戸田が美月に不倫を告白
1月前 美月は夫に一億の保険加入
3週前 戸田が店長とホテルへ
半月前 美月は戸田から強盗計画を聞く
1週前昼 戸田が美月から夫殺害委託
1週前夜 戸田は外立に店長殺害を委託
前日 戸田は店長から4千万受領
3週間後 戸田は外立に3千万円払う
と、こうなる。
想定では、夫に保険を掛けた前後で殺害を計画している。強盗計画はその前、もしくは同時と考えている。
一心は美月のパソコンにそういった計画書が有れば、一気に核心に迫れると考え、美紗にハッキングを指示した。美紗は
「何の情報もなくていきなりハッキングなんかできるわけない!美月とメールとかやってる奴がいれば何とかしちゃる」と応じる。
それで午後から、戸田英子宅を訪問して夫の洋一さんに
「夫人のパソコンを調査のため貸して欲しい」と、一心が意気込んで頼むが、夫は
「自分は不倫も知らなければ、店長から肉体関係を強要されたことも知らない。殺人計画に関わっていたことも、外立との関係も、何も知らなかった。まして店長殺害計画の主犯と聞いて、妻が全くわからなくなった。ただ呆然とするだけだ」と力無く言って
「事件発覚以降仕事を休んでいる。すっかり失望して気力が全くでない、いっそ死んでしまいたい」と話す。こちらの話は全く耳に届いていない風だ。それでも重ねてパソコンを借りたいというと、はっと我に返った様子で許してくれた。美紗が洋一さんの目の前でパソコンを開いて美月のアドレスを見つけ、それを手掛かりにハッキングしようと試みたが、美月のパソコンの電源が入っていない。仕方なく明日またきますと言って辞去する。
事務所に戻った一心は、探偵一家に警部を加えたメンバーを集め、どうしたら良いのか考える、話し合いの結果、大分代理に協力を依頼しようということにした。
次の日、大分代理に事情を話し、了解を貰ってから美月に電話をかけてもらう。その内容は、
ーー店長の使い込みが発覚した、このままでは監査部門に指摘され損害賠償をしなければならなくなる。損害額は数億円にもなる。何とかならないか自分も考えたが、経験が浅くわからない。それで、奥さんは銀行で経理部門の経験もあるので、データを送るので見て欲しい。ーーと。
美月は少し考えてから了解し、アドレスを大分に教えた。大分代理は、数馬からのGOサインを待ってから、決算情報を適当に加工したデータを美月に送る計画だ。
美紗は一心と共に再度戸田家を訪問しパソコンを立ち上げて連絡を待っている。戸田洋一にたびたび済まないと言っても反応はぼんやりしている。そう簡単には立ち直れそうにはないようだ。
大分代理の所へ行っている数馬から美紗に準備完了と電話が入る。同時に数馬は大分にGOサインを出しているはずだ。
早速、美紗はパタパタとキーボードを叩きながら
「おっラインが繋がった」とか
「ん〜ここはどうすんだ?」と少し頭を捻り、それでも
「よし!ファイルのダウンロード開始っと」いう。上手く行ったらしい。一心には何をやったのかはさっぱりだが
「中身はいちいち確認していられないので、とにかくシステム以外全部にダウンロードを仕掛けたから。終わったら画面に『完了』って出るから。」という。
いつ電源を切られるのかわからないので、一心はドキドキしながら美紗の言った、「完了」の表示がモニターに現れるのを心待ちにして、画面をじっと睨みつけている。長い30分が過ぎて、突然その「完了」がモニターの真ん中に現れた。一心が思わず
「出たあ!」と叫ぶのとほぼ同時に美月のパソコンの電源が切れた。危なかった。
大分代理は処理時間が余計に掛かるよう、貸借対照表や損益計算書のほかに推移表やら試算表やら、おおよそ関係なさそうな容量の大きいデータを20種類くらい送ったらしい。後からお礼を言った時そう話してくれた。午後2時を回っていた。
戸田洋一に断ってパソコンを事務所に持ち帰る。そして美紗は一つずつファイルを開いてゆく。残りのメンバーは事務所でゴロゴロ暇を持て余している。
夜8時になってようやく、
「あったあ〜」と美紗の雄叫びが事務所に響いた。
印刷したものを事務所のテーブルの上に
「見て下さい」と丁寧に鼻の穴を広げて自慢気に置く。皆んながテーブルに集まって文書に集中する。
支店の強盗計画および支店長殺害計画と書かれている。
作成日は戸田から不倫を打ち明けられた1週間ほど後。だから、美月が夫に保険を掛ける前に殺害計画を立てていたことになる。店長の作成した強盗計画は犯行の3週間前戸田とホテルに行く直前、美月の立てた計画の方が古くて内容も実際に実行犯が行った通りのものであった。一心はしたり顔。
翌日、丘頭警部に連絡してその計画書を渡す。警部はそれを対策本部に持ち込む。
本庁は美月の家宅捜索の令状をとって、美月自宅を捜索してノートパソコンを発見。保険会社の協力も得て契約内容を調べる。間違いなく店長を被保険者として一億円の死亡保険に加入していた。
取り調べ室で証拠を並べられて、美月は諦めた様子で全てを話した。
結婚前後の要一は、生き生きして仕事も夢中になってやっていた。私は幸せだった。ただ子供を欲しいと思っていたができなかった。病院へも行ったが原因はわからなかった。30歳を超えると焦りと諦めと気持ちが交錯して、精神状態が不安定になったが、夫は話を全然聞いてくれなくなっていた。その鬱憤晴らしに友達と夜の街へ遊びに行く様になった。
夫が、その頃に起きた社内問題で急に仕事をしなくなった。家でも不満を撒き散らす様になって、夫婦喧嘩が絶えなくなってきた。女、酒、ギャンブルに走る様になり、私の言うことは全く無視する。融資する見返りに女性に身体の関係を迫っている。と、忠告してくれる人がいて、問い詰めたら開き直って殴られた。私にどっかのお偉いさんの、夜の相手をしなと命令した事もあった。信じられなかった。もう、終わりだと思った。40歳前後のことだったと思う。
離婚を口にしたが、世間体があると言って応じようとはしない。そのうち殺意が芽生えた。テレビドラマを見てて銀行強盗に紛れて夫を殺すことが頭に浮かんだ。犯行の半年くらい前だったと思う。それから具体的に計画を練って、2ヶ月前頃、先ず夫に強盗案を話した。夫は相当の不満を持っていたようで、乗ってきた。金庫から現金を盗むやり方は夫に任せた。暫くして実行者を夫が探し出したようで二人名前を挙げた。私は電気工事の友塚に強盗をやらせようと思っていたが、黙っていた。
私は、犯行のひと月半ほど前に戸田英子と言う人から、剣立に脅迫され肉体関係を続けている。止めさせて欲しいと相談された。取り敢えず話は分かった、話すから時間が欲しいと言った。夫殺しをどうしようと考えている時、再び彼女から連絡してきて、剣立店長が自分の店に強盗に入ると話し、盗んだ金のうち4千万円を私に預かれと言ってきた。そんな事に関わりたくない、なんとかしてくれと言った。
それで、その金を貴女にあげるから、夫を殺してくれと頼んだ。初めは嫌がっていたが、夫と縁が切れるし金も入ると説得した。
次の日、強盗の一人が戸田の同級生の外立だたので、3千万円で店長殺しを頼んだと言ってきた。
戸田が犯行後に実行犯に金を渡すなんて馬鹿な事さえしなければ、わからなかった筈なのに、バカをあてにしたのが失敗だった。と自供した。
保険金さえ手に入れば悠々自適だったのにと悔しがっていた。
警部が
「それで全部か?」と聞いたらそうだと頷いた。
言うだけ言って、あとはずっと机を両手で何回も叩きながら、机に突っ伏し号泣していた。
警察は、共犯とみていた山居について、金庫室の金は前日に盗まれたことが判明し、加えてB銀行のほかに店舗の無いネット銀行にも犯行前日の深夜2千万円を入金していた裏が取れて、当たり馬券の話が嘘だと証明された。
また、外立と一緒に飲み屋街のビルに入るところを、コンビニなどの監視カメラが捉えていたこと、それらを並べて真夜中までかかったが自供するまで追い込めた。
決め手は、彼女の鳶渡すずが事件の時客としてロビーにいて、ロビーにいる賊が山居である事を一目で見抜いていた。山居が逮捕されたが殺人罪には問われないようにと思って、火曜日の夕方警察に出頭した。そこで山居がロビーにいたことを私が証言しますと言った。だから彼は殺人はしていません。隠していたことで自分は逮捕されても良い。そう言って泣き崩れたと山居に伝えると
「やっぱり」と言った。恋人だから覆面していてもバレるかと思っていたらしい。それで全部話す気になったようだ。
万馬券も当たったのは常連客で、係員が覚えていて名前も教えてくれた。本当に当てたのは一人だけだった。警察は山居の嘘の裏をも取っていたのだ。
山居が自供を始めてから3日目の金曜日、一人の刑事が、取調べ中に割り込んできた。そして、山居に告げた。
「鳶渡すずさんが死亡しました。」
山居は飛び上がってテーブルを叩いた。
「何で?どうしてすずが死んだんだ!嘘つくな!」
「自殺でした」と刑事は静かに応える。
「バカな!何で自殺なんか・・・俺のせいか?」
刑事は1通の手紙を机に置いて
「火曜日の夕方警察で証言した彼女は、家に帰ってから急にお腹が痛くなり、病院へ行ったのですが流産したそうです。聞いていなかったと思いますが4ヶ月だったそうです。お母さんの話では、3ヶ月に入ったのでそろそろ彼氏に伝えるかなあ。でも、お母さん結婚前でごめんね。と幸せそうに弾んだ声で話したそうです。
そして流産した翌朝、すずさんが流産しちゃった。と泣き声で報告をすると、お母さんが、彼のことでショックを受けたんでしょう、お前がお腹に悪いことしたんじゃないから、赤ちゃんはまたできるから。と慰めたそうですが、私、赤ちゃん産めなくなっちゃった〜そう身体がなっちゃったみたい。先生がそう言って・・・その後暫く泣き続けていたそうだ。お母さんも言葉を失ってしまって、電話越しに二人で大泣きしたそうです。暫くしてすずさんから、ごめんねお母さんと言って電話を切ったそうです。
そして、今朝、すずさんからお母さんに電話があって、ごめんなさい、私が彼に結婚の話をしたばっかりに強盗なんかさせちゃった。流産もこの身体もその罰よね〜きっと。私、生きていても仕方の無い人間なのかなあ。と少しろれつが回らない様子で泣きながらいうので、お母さんはびっくりして、そんなことあるわけない!お母さんは貴女が生きているだけで幸せなのよ!と伝えると。ありがとう、今度産まれるときも、お母さんの子供が良いな。今までありがとうね・・そう言って泣き続けていたそうだ。そんな娘の様子が心配になって、電話を切ってからアパートの管理会社に様子を見てくれるよう電話を入れて、社員がアパートに行ってドアをノックしても返事がないので、鍵を開けて室中に入ると、布団の中にすずさんがいた。声を掛けても反応がなく、近づくと枕元には睡眠薬の袋がいくつも空になっていて、鼻に手を当てると息もしていない様子、驚いてすぐ救急車を呼んだのですが、間に合わず病院で死亡が確認されました。その手紙は貴方宛なのでまだ開封していません。読んでください」と刑事は封筒を山居の手許へ押し出す。
山居は封を開け、手紙を広げてすぐ、わあ〜っと大泣きして、頭を何回も、何回も机にぶつけた。
手紙には、
「ごめんなさい、私が結婚なんて言ったから、康介に強盗なんかさせてしまった。本当にごめんなさい すず」
と書かれていた。
もう1人の共犯者の外立は、犯行の前日に受け取ったはずの3千万円の内、借金返済の残り2千数百万円の行方を吐かなかった。遊びに使ったというが、使った場所や具体的な遊びについては口を閉じたままだ。金融機関や闇金など都内の殆どを洗ったが出なかった。
警察内部では起訴の期限が近づき、不明のまま起訴するという話も出てきた。
ところが先週の木曜日になって、外立の故郷、青梅市の児童養護施設から、犯行のあった日の2日後、2千数百万円の拾得物の届出が出されていることが分かった。そこは交通事故で両親を一度に亡くした外立が、小学校2年生から暮らした施設だった。施設長の話だと、3月25日朝7時に出勤すると玄関前にビニールに包まれた箱が置いてあった。施設長室に持ち込んで開けてみると、物凄く沢山のお金が入っていた。
誰かが施設のために置いたものと思ったが、素直に受け取って良いものか考えあぐね、警察に相談した。拾得物として警察に届出て保管期間が過ぎたら、拾得者の所有物となるので、それがトラブルも起こす事なく、良いのじゃないかとなったんです。
警察の調べでは、金額的には外立の分前に余りに近い金額ではあったが、外立の指紋や毛髪などの証拠は一切出なかった。外立を問い詰めても認めない。付近に目撃者もいない。警部も考えあぐねていた。
そんなな中、一昨日安川というそこの施設長が外立に会いたいと訪ねてきた。お金を返したいという。どうなるのか会わせてみると、外立は驚いた様子で下を向いたまま黙って座っている。
施設長が
「元気そうだね外立くん。こういう所では会いたくなかったけど、ありがとうお金。あれだけあったらどれだけ助かるか。本当にありがとう。・・・でもね。外立くん」
と話しかけると、外立が不思議そうな顔を上げた。
「貰えないんだ。あのお金。分かるだろう?犯罪で得たお金は貰えないんだ。それなら君がうちで働いてくれる方がどれだけ嬉しいか。それなら大歓迎だよ。いつでも」
「あれ僕じゃないから、犯罪で得た金じゃないと思うから、使ったら?」
「落とし主が現れなかったら、施設の物になるけど、使えないから全額寄付することになると思うよ」
「何で?どうして寄付するなんて・・」
「うちは警察じゃないから証拠も要らない。自分が外立くんを見たら、分かったんだあのお金、君が置いていったの。子供の頃からずっと見てきたんだよ君を、君は嫌がるかも知れないけど、自分は君の親の積りでいるんだ。今でもそうだよ。親は、子供の嘘はすぐ分かるんだよ。・・・だから、返そう。持ち主へ。困ってるんだよ。そして、君が罪を償ったら施設に帰っておいでよ、君の家なんだから。ね・・・そもそも、うちの門を開けれるのは、うちで暮らした人だけだよね?鍵も無いのにあの門開かないんだ。その開けるコツ。言うこと分るしょ」
それだけ言って、後は小学校の頃の話や、やんちゃしていた中学校の頃、好きな娘できたと打ち明けてくれたこと。1時間近く雑談をしていた。外立は頷いたり、何か言葉を返したり、昔を思い出し懐かしんでる顔をしていたが、途中からは涙を流してしゃくり上げている。そして
「先生、ごめんなさい。ずっと迷惑かけっぱなしだったから、せめてと思ってお金置いたんです」そう話した。
「わかったよ、ありがとう。それじゃ、あのお金は返すからね。それで、君が罪を償って1日でも早く戻って来るのを待ってるから、いつまでも。帰って来るんだよ。いいね。」
外立は僅かに頷き、施設長はそれを見てから別れの挨拶をし席を立った。
全てが明らかになったのは土曜日だった。
結局、主犯は剣立美月で強盗殺人、共犯者の剣立要一は強盗、戸田英子は殺人、山居康介は強盗傷害、外立貢は強盗殺人の罪に夫々問われることになった。
ただ、拳銃と麻酔銃の購入ルートは購入者の剣立要一が死亡したため追求できなかった。
一心は、金にはならなかったが、やって良かったと呟いた。その呟きを警部はしっかり聞き取って、
「お土産持ってきたのに、・・分かった、ピザも取ってやるから、それで我慢すれっ!」と半分やけになって、半分はニコニコ顔で叫んだ。
皆んなは大喜び。
一心としては、まあ、しかたないかあ・・・懐が寂しい・・・トホホ・・・
終わり
浅草銀行強盗殺人事件 きよのしひろ @sino19530509
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