第9話 7週間後の日曜日
今日は、「浅草きびだんご あづま」の名物きび団子を沢山持って、いつも通り大きな声で
「おはようございます」と丘頭警部が岡引探偵事務所に入ってくる。誰かが顔を出す度に、またおはようございます。と和かに両手を突き出してお土産を差し出す。
夫々がお礼を言って、先ず食べる。素朴で優しい味わいと、柔らかな食感がたまらない。
静はいつものすまいるを振り撒きながら
「まいどおおきに」とすっとお茶をテーブルに置く。
ご馳走様でした。の合図で会が始まる。
普段の元気が影を潜め心許ない表情の一心、金庫室の入り口を写す監視カメラについて
「何回も繰り返し見たが、一億円を運び出すところは見つけられなかった。持ち出されていない」と断言した。だから外立の証言は嘘だと決めつけた。美紗も静も一助も、案に相違した結果に肩をすぼめるばかりだ。
ただ一人数馬はソフアの背もたれにゆったりと上半身を預けて、一人ひとりを見回し胸を張って
「はっはっはっ〜俺は見つけた!」
とでかい声でいう。全員が、え〜っと驚く。数馬は警部にも見せるため、パソコンをテーブルの端に置き全員を反対側に集める。そして、映像を流し始める。時刻は夜7時15分。店長が債権ファイルの入った細長いスチールの引き出しを、台車に載せて金庫室から出てくる。一旦、動画を停めて「いいか、よく見てろよ!」そしてリスタートさせる。
映像は、台車を押している店長が、壁沿いに店長席の後ろを通り、融資係の方へ行く姿映しだしている。皆、何回も見た場面だ。引き出しの中はファイルがびっしり詰まっていて、百万の束一つでさえも入る余地はない。引き出しの前板と背板は高さ30センチほどあるが、側板の高さは15センチ程度しかない。引き出しの底に百万円の束を敷いたとしてもファイルがそこだけ高くなるからすぐバレる。警部もその引き出しの中にいれるのは無理だという事は確認済みだ。引き出しは台車の両脇に20センチほどはみ出している。その移動している映像を警部も幾度となく見た場面だ。どうなるかを記憶している。と言うほどだ。数馬は動画を停めて。
「見たか?」と訊く。
全員が横を首に振る。
「しょうがないなあ。もう一回やるから、よく見てろよ!」と再び数馬。
そしてもう一度同じ映像を流す。
「何にも映ってないじゃないか」と一心。
数馬は不満げに少し戻す。
「もうちど流す。途中で止めるから」
といって少し進めてから停めた。写真のように綺麗には見えないが。数馬はモニターのある場所を指を差して
「ここに映ってるだろう」という。
それでも誰も気付かない。
「わかんねえのか?ここだっ!」声と同時に
「あ〜っ!」と突然、警部の馬鹿でかい声。
「わかったあ〜数馬!ありがとう」と言って、数馬に抱きつく。これまで何十人がこのテープを見たことか。
それでもわからない一心、静、美紗、一助に、警部が代わって指差しして説明する。
「ほれここ、店長の事務椅子があるでしょ。ステンレスの心棒が縦にあって、キャスターをつけるためのレッグアームが四方に伸びているでしょ。その端の丸くなってるとこ。ステンレスだから鏡のように周りを映してるのよ。」
未だわからない皆んなは都度、うんうんと首肯する。だんだんモニターに顔を寄せていく。
「で、台車が歪んで映ってるけど、その下。キャスターとキャスターの間に四角の箱の様な物が台車に縛り付けられて、ほら!」
そこまで言って、全員が
「あ〜っ」と、やっと理解した。
「数馬!凄い!」
警部はまた数馬に抱きつく。静も、
「ほんまや!よおわかったなあ」と数馬を誉める。
「全員わかったようだから」と言って数馬はその部分の拡大画像をモニターに映し出す。
明らかに台車の下に箱のような物体が縛り付けられているのがわかる。おまけに寝かされた福沢諭吉がハッキリ見えている。
これで前日店長が一億円を盗んだのが証明された。その1時間後、今度は債権ファイルをしまうとき、台車の下に同じような箱が縛られている。それは見せかけの一億円。表面に万券を10枚貼って中身の新聞紙で誤魔化していたのだ。
ただ、金庫室に保管している時の一億円は、一千万円の束を立てて2行5列にしてビニール包装を掛けるのだが、それではキャスターが浮いてしまうので、一千万円の束を横に寝かせて2行5列にして、その下に札束が崩れないようにキャビネットの仕切り板でも敷いて縛ったのだろう。そして新聞で作られた一億円は金庫室の中で本来の姿に戻されたのだ。
これで9990万円を金庫室から盗んだ時のやり方がはっきりした。
山居が共犯だという事を否定できなくなって、これで強盗事件は解決すると誰もが思った。
融資の狩野によれば、店長が債権ファイルを引き出しごと抜くのは見たことがない。自分達も年1回の点検時期には引き出しごと抜くことはあるが、それ以外は必要分だけ持ち出してくると言う。店長のその行動自体が不審な行動だ。と話してくれた。
ややあって、事務所の興奮が落ち着いてきて、静が
「よろしおすか」と真顔で話すので、警部も一心も皆んな静のほうを向いて頷く。店長の作ったという強盗の計画書を手にして、
「これは店長さんが書きおしたものではあらしまへん。」という。
この文面も何人もの警官が読んでいる。警部もそんな馬鹿なという顔をしている。
静が続ける。
「しまいんとこ。『これで老後は楽でけます』と書かれておます。・・・大阪のおひとは、楽できる、とは書きますが、決して、楽でけます、とは書きしまへん」
「そっかあ、店長は大阪、妻の美月は京都出身。二人とも大学から東京だから言葉が混じることはあっても使ったことがない言葉は書かない。書いたら間違ったと思って訂正する。パソコンの計画書は妻の美月が書いたと言うことだ」
一心は確信する。裏で何かをやったのは美月だ。
店長殺害も美月の指示だ。丘頭警部は目をまん丸にして口を大きく開けて固まっている。そして今度は
「大発見だ!」と言って静に抱きつく。
「岡引探偵事務所は凄いなあ!素晴らしい!」と褒めちぎる。
「だけど、証拠は・・・それだけじゃ疑いで終わっちゃうよ」と冷静な美紗。
「だけど何回聞いても美月はパソコンなんて持ってない。メールは全部携帯のです」言って譲らない。戸田も美月に
「パソコンのメールは都度完全削除して」と言われていたので何も残されていない。
「美月がパソコンを持っている事さえはっきりすれば、情報をダウンロード出来るんだが」と美紗は言う。が、本人に対する捜査令状は現状では取れない。と警部は上司に言われている。捜査本部は強盗の主犯を店長、共犯を山居、外立の2名として起訴。店長の殺害は戸田が主犯で外立が共犯で起訴。そういう方針を固めている。
早くしないと捜査本部が解散し警部は口を出せなくなる。
事務所に焦りの臭いが漂い始める。
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