遠くにあるから眩いのれす。

メイルストロム

私の幸せ



 ──始まりは些細な事れした。


 普通に生きる貴方達からすれば当たり前なのれしょうが、私からすればとても輝いて見えたのれす。


 海辺の田舎れ産まれてから12年、私はそこれしか生きてきませんれした。勉強はお母様から教わって、お父様からは狩りを仕込まれましたのれ。狩りの方は問題なかったのれすが、言葉についてはこの通りちょっぴりおかしいのれす。出来れば、気にしないれくれると嬉しいのれす。

 最近は町へ行くことも増えました。私の住む田舎から半日歩くのれすが、そこは色んな物と人がいるのれす。見たこともない果物や、綺麗なお洋服も売っていたりするのれすよ?


 ……そこに居る私と同じくらいの年の女子おなごは、綺麗な洋服さ着て楽しそうにしてるのれす。それに対して私は、手作りの黒いワンピースに裸足れ、頭にお友だちのミァザちゃんのくれた貝殻の髪留めをしているだけなのれす。

 田舎に居る頃は気にならなかったのに、その日を境になんだかちょっぴりモヤモヤするようになったのれすよ。お母様に聞いたらそれは羨ましいって、言う気持ちなんれすって。


 ──これは、あんまり好きな気持ちじゃないれす……


 この服は大好きだったのに、今は汚くて恥ずかしく思えるのれす。あの綺麗なお洋服が頭から離れなくなってしまったのれす。だけどあんなものを買えるだけのお金は無いのれす。狩りのお仕事だってそんなに頻繁にありませんから、私達は日々を生きるのが精一杯なのれすよ。

 私達のご飯は貝のお味噌汁と薄い麦粥、そこに魚の焼き物があれば御馳走なのれす。それに小さい弟達を食べさせないといけないれすから。産まれたばかりれ働けない弟達の分まれ、私が頑張らないといけないのれす。私はお姉ちゃんなのれすから!


 ……お姉ちゃんだから、ふりふりのお洋服もお菓子も我慢するのれす。贅沢品は不要なのれ。


 ──そうして自分の心に蓋をして4年たった頃、転機が訪れたのれす。


「……私が、町へ行くのれすか?」

「あぁ、お前が望むのならな」

 突然訪ねてきた叔父さんが私を誘ったのれす。町れの働き口を紹介してくれて、そのお仕事はとても給与が良いのだと。それこそ、一月れ私の家の年収を越えられると言っていました。だから断る理由なんてないのれすよ。

 弟達もまだまだ手がかかるのれすから、お姉ちゃんが頑張るのれす。お母様にも、元気れ居て欲しいれすから……それに町へ行けるのは、とっても嬉しい事なのれ!

「──……勿論、いくのれす」

「そうか、では明日の朝に迎えに来る」


 翌日、私は叔父さんと共に町へ行きました。そこれ紹介されたのは見たこともない高級なお店だったのれす。そこは叔父さんが経営しているお店れ、見た事のない綺麗なお姉さま方が沢山居たのれす。みんな胸元がざっくりと空いたドレスを着ていて、あんな服じゃすぐにお乳が見えてしまうのれす……それに深い切れ込みがあって少し足を前に出すと太腿があんなところまれ……!

 けれど誰一人として恥ずかしそうにはして居ませんし、とてもイキイキとしているのれす。


 呆気にとられていると叔父さんに袋を手渡されました。

「なにをしている、お前もこれに着替えるんだ」

「え、あ……はい」

 袋を手に通されたのは更衣室れした。袋の中身はなんなのだろうと広げてみて、私は吃驚したのれす。

 そこにあったのは先程見たお姉さま達の着ていたドレスと近いデザインのものれ、とっても際どい物だったのれす。


 ──お母様、お父様。どうやら私は、とんれもない所へ連れて来られてしまったようれす。


 お気に入りの黒ワンピースを脱ぎ、恐る恐るドレスへと袖を通したあの瞬間を私は忘れられないれしょう。こんなにも綺麗なお召し物は初めてだったし、とても嬉しかったのれすから。

 ……お乳のまわりや、太腿がスースーするのは恥ずかしくもありましたが、それはそれなのれす。大きな鏡の前れくるりと回ってみた所れノックをされました。

「──着替え終わったのなら来い。自己紹介をしてもらう」

「あ、はい……今いくのれす」

 素足のままると、ヒールの高い靴をはかされました。とっても歩きづらいから脱ごうとした瞬間、駄目だと叔父さんに怒られたのれす……履きなれない靴に足を痛めないよう、転ばないようにと、気をつけながらえっちらほっちらついていくのがやっとなのれした。

「──皆聞いてくれ、今日からここで働くことになった新人だ。ちょいとばかし舌っ足らずだが良くしてやってくれ」

 叔父さんが広間のような場所れそう言うと、お姉さま方は静かに私の方を見ていたのれす。こんなに沢山の人に見られるのは初めてなのれ、私凄く緊張してしまったのれすよ。

「あ、あの……!

 今日からここれ、働かせて頂くマュウと申しますれす。よ、宜しくお願いするのれす……!」

 お姉さま達は一応拍手してくれたのれすが、歓迎されているのかどうかはちょっとわかりませんれした。その日は顔合わせと仕事内容の確認だけ行って、私は翌日から勤務という形となったのれす。


 ──翌日、お店に出社すると栗色の髪をしたお姉さまが声をかけてきました。見たところ私と同じか、ちょっと年上れしょうか……?

「貴女の指導役になったアリアスよ、宜しくね」

「よ、よろしくお願いするのれす!」

「ふふふ。元気な挨拶ね、マュウちゃん」

「挨拶は大事だと、両親に教え込まれたのれ」

「そうね、挨拶はとーっても大事だからそのままでいなさい。じゃ、まずはお化粧から始めましょうね」

「……お化粧?」

「女の子がもーっと可愛くなる魔法よ」

 可愛らしい笑顔れアリアスさんはそういうと、私をとある一室へと連れていきました。そこにはすれに何人かのお姉さまがいて、顔にパフパフとなにかを着けています。口に紅をひいたり、髪の毛に香油を塗り込んれいました。

「アリアスお姉さん、ここはなんなのれすか?」

「んー、化粧室っていうところよ。ここでお化粧して、ドレスを選んでからホールに行くの。マュウちゃんはお化粧初めて?」

「初めてなのれ、その……」

「そっかそっか、それじゃあ私が教えてあげる!」


 そこから先は何が何やらわかりませんれした。あれよあれよと言う間にお化粧は進んれいって、コンプレックスだった頬のそばかすも消えていたのれす。お目めもパッチり、唇もほんのりピンクにプルんとしているのれすよ? 鏡に写る私は私じゃないみたいれした……

 それから私はお姉さまにみっちり仕込まれて、一週間後には一人れお相手もれきるようになったのれす。

 お店はずっと音楽が鳴っていて騒がしいし、ずっとピカピカしているのれ、ちょっとつかれるのれす。けど殆どのお客さんはお酒をお注ぎして、お話をするだけれしたから耐えられました。れすが、たまに私を買う人もいるのれす。そういう時は奥の個室れお相手するようにと叔父さんは言っていました──


「その舌っ足らずな感じがかわいいからなぁ」

「誉めてもなにもれないれすよ、お兄さん」

「まぁまぁ、出すのはこちらの仕事だからな」

「冗談がうまいのれす、お兄さんは──」

 後はお父さんから教えられた通りに動くだけ。


──ここから先は、慣れた狩りの時間れすから!


 それにこの男は、叔父さんから狩れといわれていた相手なのれす。だから相手のズボンのファスナーをあけるふりをして、足を掬って押し倒すのれす。そうして倒したところを、隠した武器れ心臓を一突きするのれす。これれ、殆どの人はお亡くなりになるのれすよ。

「──相変わらず手際がいいなマュウ」

「叔父さん!」

 個室を開けて入ってきたのは叔父さんれした。スーツということは、叔父さんも仕事帰りなのれしょう。

「マュウ、もっと稼ぎたいか?」

「……もっと?」

「あぁ、こいつを殺れば5000万上乗せだ」

「──わかったのれす!」

 叔父さんに見せられた写真の男も、同じように狩りました。そうして表のお仕事と裏のお仕事を繰り返して、沢山のお金を稼いだのれす。小さいお家れしたが、町に家を買うことも出来たのれす!

 お母様と弟達を呼んれ、そこれ四人仲良く暮らすことも来るようになりました。綺麗なお洋服も美味しいご飯も好きなように買えるのれす。


 ──けど、幸せは続きませんれした。

 ある日、町を歩いていると石を投げられたのれす。淫売は町から消えろとか、酷いことを言われました。家に帰るとお母様に身体を売ったのかと聞かれたのれ、素直に答えたのれす。そうしたら、お母様は泣いてしまいました。そんな事をしてまれ、こんな生活はしたくないって……なんれそんな事を言われてしまうのか、よくわかりませんれした。


 だから翌日、私は石を投げてきた女の人を捕まえて聞きました。

 淫売は、なぜ町から消えなくちゃならないのか。そうしたら、誰にれも股を開いて誘惑する事は悪いことだと怒られました。私達のような存在がいるから、夫は堕落し家族が壊れたと泣いていたのれす。謝ったけど、許してはくれませんれした。


 ──私が出会った幸せな日々は、本当に幸せだったのれしょうか?

 子供の頃のあの日のように、またモヤモヤする日々が続きました。キラキラした服を着ても、美味しいご飯を食べても心は沈んだままれす。


「……まぁ良い頃合いか。ご苦労だった」

「ごめんなさいれす、叔父さん」

「出会いもあれば別れは必定、偶々今日がそうだっただけだから謝るな」

 ──女の人に怒られてから一月後、私はお店を辞めました。叔父さんは引き留めもしないし怒りもしませんれした。

 辞めたのは……モヤモヤが嫌だから、足りない頭れ考えて決めたのれす。だって誰かの幸福を壊してまれ掴んれいい幸せなんて、そんなものは駄目なんれすから。出会っちゃいけない幸せはあるんだって、気付けたからいいのれす。

 それに私は、私達親子はあの海辺れのちょっと不便な生活が好きだったのれす。だから、ふりふりれ綺麗なお洋服もさようならなのれす。とっても寂しいけれど、アリアスお姉さま達ともお別れなのれす。


 ──さようなら、キラキラした私。













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遠くにあるから眩いのれす。 メイルストロム @siranui999

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