1章 俺の持つ運気

 あの一瞬で何が起こったのだろうか。


 落雷による感電死という結末になったのも知る事もなく、強烈な衝撃を受けた後、なぜか冷静にそんな事を考えていた。直前の出来事を振り返り、俺は、また、不幸な目に遭ったのだろうと察した。


 「どうしてこんなにも俺は運がないのだろう....」

 「小さい頃からずっと....」

 そんな事を心の中で呟きながら、ふと、昔にあった出来事を思い出した。


 人によっては、大した事のない出来事と思われるかもしれないが、俺は、当時、そのようには思えなかった。


 八歳の頃、その時から卓球にひたすら力を注ぎこんでおり、学校が終われば通っていた卓球教室に母の車で送ってもらっていた。そして、毎日のように夜まで練習して、帰宅という日々を過ごしていた。

 そんなスポーツに打ち込んでいた俺にも、時々練習から離れ、思いっきり遊びたいと思った事は何回もあった。

 そう思った時に俺がやっていたのは、ドラゴニックスレイヤーズと呼ばれる当時、小学生や中学生から絶大な人気を誇ったカードゲームであった。


 ある日、卓球教室での練習を終えた俺は、いつも通り母に迎えに来てもらうよう電話をし、近くのコンビニで待っていた。家からは混んでさえいなければ約十五分で着くだろうといった距離であった。その待ち時間を潰すようにコンビニの店内をゆっくりと見渡していくのをいつものようにその日もやっていた。


 すると、ある所で俺の足が止まった。

 「あった....」

 つい、小声で呟いた。


 そこには、五日前に発売されたドラゴニックスレイヤーズの三周年を記念して人気キャラが封入されている第二弾パックがあった。今まで、暇さえあれば、販売されている店を覗いては確認することを繰り返していた。しかし、どこも完売で、販売している所を見る事すらできなかった。


 ただ....。


 「うー。お金は持ってないもんな....」


 見つけたはいいものの、買うことができないため、そのパックを目に焼き付けるかのように見ていた。


 パックの表紙には、俺の大好きなヘヴィメタルゾンビというのもあって、イラストは周りの人達に人気が無いが、そのキャラが持つ強さがとてつもなく、それが理由で人気になったキャラクターである。


 「俺はこのイラストも好きなんだけどな」

 そんな事を思いながらも、興奮を隠すように平静を装う努力をした。

 その様子を一人の店員さんが見ており、何を思ったか俺の所にまで来て、話しかけてきた。


 「どうしたの?」

 ふと、話しかけられたので、

 「い、いや」

 としか返せなかった。


 店員さんを見ると、どこか機嫌悪そうな態度を出しているように思えた。


 「買いたいのなら買えばいいじゃん」

 「い、いや」


 返した言葉が先ほどと同じというのにも気付かず、なぜか脅えていたのを憶えている。


 「だったらね?他の人が買うかもしれないんだからその商品は元の所に戻さないと」

 至って当然の事を言われたと思っている。

 しかし、その当時の俺は商品を戻そうとしたが、まだ見ておきたい興味が勝り、また手元に戻してしまったのだ。それを不審に思った店員は、

 「買わないのに持っているのはよくないよ?だから返して」

 今思えば、これが最終勧告だったのだと思う。

 俺は、ずっとパックを見ていた。

 それを見て、返さないと察した店員が、

 「ちょっと来な」

 先ほどとは明らかに変わった口調で奥に連れていかれた。その後、どうなったかはわかると思う。


 店員の溜まっていたストレスを晴らすかのように怒鳴られた。そして、その途中に母が迎えに来て、状況を知った母は強引に謝罪させた。その後、両親にも怒られ、当時、持っていたカードは没収された。


 今、思えばちゃんと言い返せばあんな事にはならなかったのだろうと後悔している。でも、そのどこかで「そこまで言われる必要はあったのだろうか」とも思ってしまう。


 「そういや....」

 長い回想から戻り、今の状況をようやく整理しようとした。

 「俺は意識を失っていたのか」

 やっとその結論に至ったのだ。

 しかし、何かおかしい。

 体は浮いている感覚がするし、普通は....こんな事にならないはずだ。


 「ここはどこだ!」

 内心で叫びながら思いっきり閉じてた目を勢いよく開けると、


 辺りは青一色で埋め尽くされている。


 「え?」

 と声を出そうとした時、何かが一気に俺の喉を押し寄せてきた。

 「ー!!」

 息ができない。これは....。


 水だ。

 ということはおそらくここは....。


 海だ。


 「どうしてこんな事になってんだよ!」

 さすがに怒りを隠しきれず、でも、もがかないと今度こそ死んでしまうと分かり、必死にもがいた。


 上を見上げる。

 僅かだが、光が差し込んでいるように見える。どうやら、かなり深い所まで沈んでいるいらしい。

 それでもこんな所で死にたくない。

 俺がなぜ、ここにいるのも知りたいが、今は全力で海上へ出ないといけないという決心が付き、再び、もがき始めた。


 どれくらいもがいただろうか。

 未だに海上には辿り着く事ができず、疲労が増していくばかりでむしろ最初より深い所まで沈んでいるのではないかと錯覚してしまう。


 「これはさすがに限界。もう無理かもしれねーな」

 もがく力はもう無い。諦めた方がいっそ楽なのではと考えていたその時。


 俺の周りに光に包まれたような球体が出来上がり、俺を包みあげる。


 「いよいよ、俺の見えている物もおかしくなったか。どうせなら、地獄じゃなくて、天国が良いな」

 そんな事を内心で呟きなふがら目を閉じ、後悔や未練は無かったか、瞬時に振り返る。でも、無いという事は無い。それでも今になって何もできない無力さを嚙み締めた。


 目を開けると、更に状況は一変していた。

 何と、俺を包んでいた球体がみるみる加速しながら上昇していくのがわかった。


 「何が起きている?」

 すると物凄い速度で上昇し、海上を抜け出した。いや、抜け出したは良いものの、空中に放り出された形になった。なぜなら、その球体は海上から抜け出した後、シャボン玉のように弾け飛んだのだ。


「は!?さっきから訳分からない事ばかりじゃねーか!」

 少し前まで水中にいた事で声を出せなかったそのストレスを一気に吐き出すかのように叫んだ。


 「何か、近くに....」

 と辺りを見回そうとする前に俺は、偶然近くにあるヨットらしい物に目掛けて飛んでいる事に気が付いた。

 「こうなったらどうにでもなれ!」

 祈るようにして結末を待った。


 バゴォォォォン!!

 とてつもない衝突音とともに

 「グヘッ!!」

 その衝突のせいで全身が悲鳴を上げ、あまりの痛さに俺はまたも意識を無くした。



 どれくらい経っただろう。意識が戻ってきて、まだ目を開けていないが何者かに見られている気がしたので目を開く事にした。


 「何だ?ここは」

 俺の知らない家だ。しかも、今時の家とは少し違っている気もする。違和感を抱えながら、誰かに見られている気がするので、上体を起こすことにした。すると、そこには信じられない光景があった。


 今、俺が見ているのは何なのだろうか。確かに言える事はそこに三頭いるという事だ。見る限り、熊と思われるのが二頭。そして、鷲だろうか。ともかく鳥が一羽いる。


 「動物園に来たにしては良くできた家だなー」

 こんな動物園は今まで見た事が無いので、少し感心していると....。


 「ガ、ガオガオ」

 一頭の熊が声を上げているが、叫んでいるようにも思えない。


 「話しかけているのか?」

 そう思い、話そうとしたが、人ではない以上日本語も知らないはずだ。考えた俺は、咄嗟に身振り手振りで俺を救ってくれた事への感謝を伝える。すると....。


 シュワーン。


 気のせいだろうか。

 俺の周囲で何か湧き上がるような音がした。不思議に思っていると....。


 「ガオガオガオガオ?」

 また話している。いや、どうだろうか。言葉かわからないが、何か聞いているように感じた。

 こうなったら適当に返してみるか....。


 「一体、ここはどこなんだ?」

 すると、二頭の熊と一羽の鷲は目を合わせている。


 シュワーン。

 また、奇妙な音がする。そう思っていると、返事かわからないが返ってきた。


 「ガこガどがオわかガオいオガオか?」

 「ん?」


 気のせいじゃない。少しずつ相手の話してる言葉がわかってきている。もう少し話してみるか。適当だけど。


 「すまない。俺がどうしてこうなったのかもよくわからないんだ」


 シュワーン。


 「本オガ何か覚ガオなオガ?」

 「わからないんだ。何も。だから。教えてくれないか?」


 シュワーン。


 そうして、俺が海深くにいたこと、そしてそこから運良く打ち上げられたことを奇妙な音とともに知った。

 そして、知らない内に相手の言葉が全てわかるようになった。恐ろしい言語能力を持っていたのか。凄い。


 「君達は名前は?」

 名は知っておいた方が話しやすいので聞く事にした。


 「私の名はレイリ!」

 先ほどから俺の話の相手をしくれた熊なのにどこか柴犬と似ているその子が元気に答えてくれた。


 「そして、この子がアリーシャで、この子がルル!」

 なるほど。もう一人の子熊にしか見えないけど目がクリクリしているのがアリーシャで、羽をバサバサと広げて今にも飛びかかってきそうなくらい元気に見えるのがルルだな。


 「あなたは何て言うの?」

 「ん?俺か。俺は....勝生て言うんだ」

 「珍しい名前ね。ショウって呼ぶね!」

 「お、おう!」


 物凄い勢いで馴れ馴れしく接してくるけど、話しやすかったので一番聞きたい事を聞く事にした。


 「そういえば、ここはどこなんだ?俺の知っている現代とは全然違うみたいだけど」

 「ゲンダイ?それは知らないけど、本当に知らないみたいだから教えるよ」


 そう言われ、どう返されるのか予想も付かず、次の一言を待った。


 「ここは、べスティルっていう国のはずれ。この世界は、大きく五つに分かれているの。竜が住まうとされているグラコヌ。妖精達が住まうとされたフィーリヤ。妖怪が住んでいると言われるレストロ。そして、亜人と呼ばれる者が住むドルリオ」


 「え?」


 どの国も俺の知っている世界地図では聞いたことがないぞ。それに、竜とか色々言っていたがまったく耳に入ってこなかった。


 「嘘は言ってないよね?」


 嘘といってくれ....。

 

 「何言ってるのよ!ここまで親切に教えたのにそれは失礼じゃん!」

 「ごめん、ごめん」


 そういうことか....。

 どうやら、俺は不運の連続を受けている最中に、別の世界へ転生してしまったみたいだ。


 「はあ....」

 「三人とも....少しだけ耳を塞いでくれないか?」

 「ん?別に良いけど....」


 首を傾げたが、三人とも塞いでくれた。本当に感謝しかない。


 「ふうー」



 「どんだけ俺は不幸な目に遭わされてんだよー!!!」

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