12章 新たな苦痛
急に繰り広げられる展開なんて、驚かない人がいないだろう。いや、もしかすると、驚きを通り越して唖然としてしまうかもしれない。レイリ達はまさにその状況になっていたように見える。
「い、いやいや、は?よくわからんのだが?」
「ですから、私をあなた達のパーティーに一時的に入れさせて下さいと言っているんです!」
「そこはわかるって!けど、パーティーに入る必要は無いだろ」
「いいじゃないですかー。人が増える事は悪い事ではないと思いますよ!」
全く根拠の無い事を言われ、俺は、一瞬だけ考えてしまうが、すぐにニルヒムに話しかける。
「百歩譲って、ついて来るのは何も言わないけど、パーティーに入るのはまた話が変わるだろ?」
「なーんで、そうなるんですかー!?!?」
なかなか了承してくれない俺を見て、ニルヒムは落ち着きを失くし、頬を膨らませ、地団駄を踏む様に、その場で二度、三度飛び跳ねた。
ヴィルクリニッヒまでの冒険がどのようなものになるかはわからないが、大抵、冒険とは危険が隣り合わせにあるのを数々のRPGをやってきた俺ならわかる。その上で、真剣にニルヒムに聞いてみた。
「本当に大丈夫なのか?足を引っ張りでもされても、俺達はそこまで強くないし、耐えるので精一杯だと思うぞ。それでも、大丈夫だと言うのか?」
そう聞くと、俺が真剣に聞いているのが伝わったのか、真顔になって質問に答えてきた。
「むしろ、私を連れていった方が安全だと思いますよ?」
「どういうことだ?」
訳も分からず、聞いてみると、ニルヒムは先程の真剣さをどこかに吹き飛ばしたかのように、ヘラヘラとした表情で答えはじめた。
「荷車の中にある物資には役に立つものがたくさんありますよー。回復剤や治療道具、それに、戦闘中でも状況に応じて、援護することだってできますよー」
「ほうほう」
「それにヴィルクリニッヒに着いたら、手続きが必要なんです。それも、私がいれば、手際良く済ますことができますよー」
「言い方がウザい」
「ウザいとは何ですか!意味はよくわからないですが、褒められてる気が全くしませんけど!」
「でも....」
俺とニルヒムが話している所にレイリが気まずそうに入ってきた。
「でも、あなた自身は大丈夫なの?」
「どういうことですか?」
「あなた自身が危険かもしれないじゃないですか?」
「それだよ、それ!俺達はお前を助けることができるほど強くもない。だから身の安全を保障できないぞ」
そう言うと、ニルヒムは俺に鋭い眼差しを向けながら、
「なら、試してみます?」
「な、何をだ?」
「戦闘ですよ」
そう言うと、俺達四人を見て、こんな事を呟いた。
「誰でもいいですよ、レイリさんでもルルさんでも」
今までの雰囲気とはかなり違うものを出してきて、そんな事を言ってきた。
「少なくとも、私はあなた達四人よりかは強いですよ」
そう言って、俺に異様なオーラを放つ。体にひりつく。これは、さすがに誰でも戦ってはいけないと察するだろう。ニルヒムの言葉に返す言葉もなく、そして返せる人もいなかった。
「いいよ。一緒に来てくれる事に、問題は無さそうだしな」
しばらくして、ようやく振り絞って出した言葉がこれだった。そう言うと、
「ありがとうございます!一時的にですけど、よろしくお願いします!」
「あ、ああ」
何とか返すのに必死だった。
何はともあれ、徒歩で行かなくてよかったと冒険し始めてすぐに思った。
ニルヒムの話によると、ヴィルクリニッヒに少しでも早く着くのなら、山を一つ越えていかないといけないらしい。これには、さすがにどれほどの苦労を要するかわからなかったので、馬と荷車があって本当に助かった。
荷車を引いてくれる馬を操っていたのはニルヒムで、俺達は荷車の中で揺れながら、山の景色を見たり、雑談したりと、思ったよりピクニック気分なものだった。
しかし、それとは逆に景色は良いものではなかった。山を越えているから、しょうがない所ではあったが、それにしても緑が少なすぎる。そのせいか、モンスターともほとんど遭遇することがなかった。
山を越えるのには、さすがに一日では無理らしく、数日がかりで超えることにした。それでも目的地に行く一番速いルートだとニルヒムに言われたので、俺達はそれに従うしかなかった。山を越すまでは、洞窟を見つけては、そこで夜を過ごし、日が昇ると、再び進むを繰り返していた。
ただ....。
俺には一つ不満が蓄積し始めていた。
出発して、五日目の夜。
この日も、洞窟を見つけて、日が昇るのを待つことにした。
ニルヒムが荷車に積んでいた物資は一日一日やり過ごすのに助かるものばかりだった。おかげでこの生活は予想していたよりも楽なものだった。敢えて言うなら、問題点は一つのみだった。人によっては、それは苦じゃないかもしれないが、知らず知らずのうちに、精神的にも追い詰められていたのだろう。ついに不満が爆発してしまった。
「ニルヒムさん?今日は何を作ってるんですか?」
俺は、怒りを抑えようと、態度に出ないように話しかけた。でも、無理があったか、丁寧な話し方になってしまった。
「ん?今日はですねー、というか今日もですねー、ボウロポッロを煮詰めたシチューになります!」
ニルヒムは村から出発して四日間、料理をしてくれたりと本当にありがたいことばかりだった。ただ、作ってくれたものが、先程、ニルヒムが言ったボウロポッロを煮詰めたシチューだけなのだ。そして、今日もこれだ。これで五日連続となる。
ボウロポッロというのは、モンスターの一種らしく、俺からして見ると、鴨のような可愛らしい鳥で、食べてみると鶏肉より少し固く、苦みが入ったようなものだった。
これを煮詰ませてシチューにしたのをニルヒムが作ってもらっていた。初めて食べた時は思いのほか、おいしくて感心したほどであったが、さすがに何日も同じ料理を食べると、少しずつ飽きて嫌になり始めていた。
「また、それ!?もういいって!いい加減、別なものを作ってくれよー」
「贅沢を言わないでくださいよ!これでも私の自信作ですし、これ以外となるとおすすめできなくなるので、皆さんに食べてもらえそうなものを作っているんです!」
「ぐ....、少しくらいおいしくなくても何日も同じものを出されるよりかはマシだ!」
「ほう?....、ショウさん、言いましたね?」
俺が反抗的な態度を出しているのに対し、ニルヒムは意味深な、そして嫌な笑みを見せてきた。
「ああ、いいさ!俺が言い出した以上、何でも食べてやるよ!」
負けじと俺は考えを変えない様子を見せると、ニルヒムはシチューを作る過程を止め、新しいものを作ろうと、荷車から材料を漁り始めた。
大丈夫なはずだ。どんなものを作るかはわからないが、一度は感心したほどのシチューを作れるのだから、多少は出来が良くなくても食べれるものであるに違いない。
自分自身に言い聞かせること数分後。
「ショウさん、できました!」
元気良く、声を上げてきたので、すぐにニルヒムのいる所に戻る。
「意外とできるのが早かったなー....て、....は?」
あまりの光景に何が起きているか理解げ追いつかなかった。
「おい、これは何だ?」
「これですかー?これはジェルジャックを煮詰めたカラフルヒートスープです!」
「ジェルジャックというのは?」
「ジェルジャックは魚の一種で、見た目は今イチで、触ってもヌルヌルしています。しかし、これを正しいやり方で調理し、煮詰めていくと臭みなど嫌な要素が無くなり、おいしくなります。それを香りの効いたあらゆる調味料を活かしていくととてもおいしいスープになる....と言われてます」
説明をしながら徐々に自身を失くすニルヒムを見て、返す言葉を失ってしまった。
カラフルヒートスープとは言っていたが、そもそもカラフルという要素が見る限りどこにもない。見た目は本当に最悪で、食べる気を失くすほどである。
しかし、世の中には印象を壊すほどのおいしさがあるというのも聞く。試してみないことにはわからないじゃないか。
匂いとしてはキツイものではなく、スパイスが効いているようなもので、探せば、このような料理がありそうな気がする。だが、それ以上に見た目が強烈すぎる。そのため、俺は、見ないように思いっきり目をつぶったまま、スープを一口飲み、ジェルジャックを少し食べた。
ジェルジャックの身が汁を吸いこんでいたか、一気に口の中に広がる。
「いや、思ったよりいける....」
想像よりもおいしくて、ニルヒムに言おうとしたその瞬間。俺の腹が燃えてしまうほどの熱を持ち始めてきた。そして、腹の中で、何かが疼くような感覚に襲われた。
もはや、腹が痛いでは言い表せない程度まである。一体、何がここまでさせているのか。
驚きや困惑、そして苛立ちなどあらゆる感情が露わになり、言い返してやろうと思っていたが、意識が朦朧としてきて、そこから気絶してしまった。
微妙な腹の違和感を抱えながら目を覚ますと、荷車の中にいて、わずかな振動とともに揺らされていた。
置かれている状況から移動中だと理解し、上体を起こそうとする。
「あいてて」
「あ!ようやく起きた!」
腹痛が少し残っていて、声に出すと、レイリ達がそれに気づき、俺に声をかけてきた。
「なんだ....、もう、移動しているのか?」
「もう....て、日が昇って移動し始めたから普通よ。というか、寝すぎ!」
「寝てるは違うだろーよ。気を失ったのは認めるけど、寝てはいないぞ」
「よく、そんな事言えるねー。あれだけ爆睡していたのにねー」
全て見透かされたような、そんな嫌な表情をレイリが俺に見せてきて、思わず返す言葉を失ってしまう。
「見えてきました!」
言い争いになりそうな所でニルヒムが興奮するように声を大きく発した。
見ると、ここ数日、見ることができなかった緑が広大に拡がっていて、とても眺めの良いものだった。
「エルンファリオ森林群です!」
ニルヒムが指差しながら、俺達に呼びかける。
ここ五日間、通っていた山とは全く景色が違う。これこそ、自然的なものだった。
よく見てみると、かなり奥の方に、町と思われるようなものが見える。おそらく、あれがヴィルクリニッヒだろう。見下ろすように見ていて、そこからようやく見えるということは相当、大きい町なのだろう。それにしても....。
「ここを突っ切るのか?」
「ええ、そうですよ!」
いやいや、また大変な日々になりそうだ。
絶望エスケイプ @HikariFuji
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