第3回

 まだ五時前だったので、家に荷物を置いてすぐに自転車に乗って、近所の中古CD屋にいった。うちのあたりにもなると、息を吸っても磯の匂いはほとんどしない。古い商店が並ぶ道を自転車で走りながら、街並みに豊かだった時代の残り香を感じてしまうのは、僕がよそものだからなのかもしれない。引っ越してくる前から、父はよく自分が生まれたこの町の話をした。父が話す、かつての賑わっていた町を、僕はこのあたりを走るたびに思い出した。

 中古CD屋は金物屋や和菓子屋の並ぶ道のはずれにあった。地下一階が店舗で、手すりの赤い階段を降りて店内に入ると、三十前後と思われる店主が「いらっしゃい」と言ってくれた。

 新入荷の棚から順に見ていった。店内には90年代のラップがかかっていた。店主の趣味なのだろう。確かに並んでいるCDもヒップホップが多かった。さびれた港町の場末の中古CD屋に、人が来るとも思えなかったが、意外にいついっても数人の客がいた。今日の客は隣の市から来たようで、店主と最近行ったライブの話で盛り上がっていた。その客は常連で、話の内容から推測するに廃品回収の仕事をしているらしかった。彼はいつものように、店主におすすめのCDを訊いていた。本当は僕もそうしたいのだが、体が大きく言葉数の少ない店主が少し怖くて訊けずにいる。

 ロックの棚の端にニルヴァーナのネバーマインドを見つけた。五百円だったのでレジに持っていった。Spotifyでも聴けるのだが、対訳を読みながら聴くのもいいなと思ったのだ。店主はCDの入ったレジ袋を渡す時に、「渋いね」と言ってくれた。少しうれしくなって、自分でも単純だなと思った。

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サマー・オブ・ラヴ 松崎 @POPLIFE

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