第八章 夢落ち
夢をみていた。
最後のボールがミットに収まり、審判のコールが鳴り響く。
怒涛のような歓声の中、吉岡は大谷が待つグラウンドに走っていく。
大きく広げた両腕に身体をぶつけた。
たくましくなった筋肉は130㎏を難なく受け止め、強く抱きしめてくれた。
そのまま、チームメイトが。
新庄監督でさえ、吉岡を取り囲み。
胴上げをしてくれた。
何度も。
何度も。
吉岡の意識が遠のき、視界がまっ白になっていった。
そして。
ドンッ・・・。
大きな音と共に、巨体がベッドから落ちた。
同時に打った頭が、火花を散らせていた。
暫らく頭をかかえながら、うずくまっていた。
そして、切なそうな笑い声を漏らしている。
(やはり・・・夢か・・・)
(それにしても・・・)
良い、夢だったと思う。
ようやく、クリアになった視界で部屋を見渡した。
頭が鉛のように重い。
テーブルの上にはビールが2缶、のっている。
記憶が徐々に復元していく。
「守備・・・コーチですか?」
「ああ・・・ただし、二軍だ。」
吉岡の問いにかぶせるように、新庄が答えた。
「大谷の推薦だ。
もっとも、俺もそう・・・考えていたけどな。」
片目を閉じて言うセリフが、悔しいけど似合うと思った。
「お前・・・若手に人気、あんだよ・・・」
「結構、良いコーチになれる。俺を信じろ・・・」
肩をポンと叩いた男はキザな仕草で、監督室を後にした。
あまりのことに呆然とした吉岡は、引退記念の飲み会も忘れ、一人、宿舎に戻った。
食欲もなく、冷蔵庫にしまったままの缶ビールを取り出し、一人きりのお祝いをした。
元々、酒には弱い。
ビールなら、ひと缶も無理だった。
それでも、2缶目を半分飲んだところで、記憶が飛んだ。
ベッドにはたどり着いたのか、服のまま、寝ていた。
(そういえば・・・)
大谷はどうしたのだろう。
記憶がない。
ドサリとベッドに寝転んだ。
「痛てっ・・・」
背中の固い感触に、声が出た。
取り出すと、硬球のボールだった。
サインと文字が書かれている。
「引退、おめでとうございます。翔平。」
吉岡は時を忘れ、いつまでもサインボールを眺めていた。
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