第七章 最後のキャッチング
最終回。
4-3でチームは勝っていた。
練習試合とはいえ、この回をおさえれば勝利で終わる。
生涯、最後のプロの試合を最高の思い出にできるのだ。
ホームベースをはけで土を落としながら、審判が声をかけた。
「さっきは、おしかったな・・・」
「いや、まぐれっすよ・・・」
短い会話が心にしみた。
秋の午後のグラウンドが陽炎のように揺れている。
バックスクリーンに自分の名前が映し出されている。
8番の場所に「吉岡」と。
すると。
9番の横の名前がスッと消えた。
不思議そうに眺める何人かの観客の口から、悲鳴のような声が上がった。
再び浮かび上がった文字が、信じられないものだったからだ。
同時に、ウグイス嬢のアナウンスがスタジアムに響いた。
「ピッチャーの交代をお知らせします。
・・・遠藤に代わって・・・・
大谷・・・ピッチャー、大谷・・・」
今度は震えることは無かった。
だが、彼女の全身は感動に包まれていた。
それは、スタジアムの観客も同様だった。
【ドォオオオオオオオオー・・・・・】
SHSで拡散した情報はいつの間にか、スタジアムを満員にしていた。
興奮と熱狂が場内を席捲していく。
「ええっ・・・だって、さっき、ロッテ側に・・・」
サンダル君は、何度も起きる奇跡に、気絶寸前であった。
疑いの眼差しは何万個にもおよび、日本ハムベンチにくぎ付けになっている。
やがて。
懐かしい、4年前そのままの、大谷翔平がファイターズのユニフォームに身を包み、姿を現せた。
【ウォッ・・・ウオオオオ―・・・】
声にならない悲鳴が、スタジアムに反響する。
大谷はゆっくりとマウンドにあがり、帽子をとって、一礼した。
そして、吉岡に向かって、あの笑顔をみせるのだった。
「翔平・・・」
呆然と立ちすくむ男は、そう呟くのが精いっぱいだった。
そして、あきらめたようにタメ息をつくと、ニヤッと唇をゆがませた。
一瞬の間をおいて、吉岡は生涯で一番の大きな声で叫んだ。
【しまって、いこぉっー・・・】
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