推しのママになりたい

馬田ふらい

推しのママになりたい

わたしの毎日は変わり映えのない退屈なものでありました。


両親は幼い頃に離婚し、わたしは母に育てられました。母はわたしの人生を想って懸命に子育てに励んでくれていたのですが、わたしの生来のき性が良くないのか、習い事も塾も始めては辞め、始めては辞め、を繰り返し、その結果遊びも碌に覚えられず、大した友人も叶えるべき夢も作れず、入れる偏差値の高校を選び、苦労のない偏差値の大学に入学し、一応講義には出るものの寝てばかりいて、しかし理想像も危機感もなく、毎夜布団に入り込む虚無感とも狎れてしまい、今は実質休学状態のフリーターであります。


そして自分の状況を変えるべき努力の一歩も踏み出すことなく、ただ退屈だとぶー垂れて今日一日を過ごし散らす。それがわたしでございます。わたしは物事に熱中するのが大変苦手で、すぐに厭きが来てしまいます。心を動かされる、という機会が絶望的にないのです。

胎内の赤ん坊は羊水に浮かび、それを漏れ出さないように卵膜が覆っているようですが、わたしの実存も同じでした。得体の知れない冷たさの中に浮いた感じがして、膜のように張った憂鬱で目に見える景色は常に薄暗い印象でした。

このような気分は生まれてからずっと、わたしにまとわりついてきましたものであります。


それでも、最近一つだけ、おそらく生まれて始めて「推し」ができました。ゲーム実況者のまぜっと君です。顔出しはせずイラストを肖像にしていますが、若々しいけど落ち着いていてアンニュイな雰囲気もある声質と、軽妙なトークに堅実なゲームプレイ、そしてたまに見せるお茶目な冗談がギャップ萌えを生んで、多くのファンを獲得しました。推しのファンのことはまぜメンと呼ばれており、掲示板のまぜっと専用スレではここが良かった、あれが楽しみだ、と言い合っております。


その日も、わたしは目が覚めると、まずスマホで推しの配信の切り抜き動画や掲示板のまとめサイトやらを無心で眺め、つま先から上ってきた退屈が胸のあたりまで来ると、観念して布団から這いだし、服も着替えず袋に余った食パンを口に詰め込みました。ふつうなら焼いてバターなりジャムなりを塗るのでしょうが、それすら億劫で生のまま飲み込みます。食事というよりは単に空腹と退屈を紛らすだけの作業と化していますが、わたしにとってはこれが普通です。その後、軽く掃除を済ませ、トイレの便座でスマホを眺め、また布団に戻って同じことをします。これがわたしのルーティンで、バイトの時刻まではいつもこんな感じででありました。


事件はその日の深夜起こりました。いつも通りバイトから帰ってきたわたしは、推しの配信を待ちながらカップ焼きそばを食うわけですが、そこに現れたのはいつものイラストではなく紫の髪にTシャツ姿の、目鼻立ちの整った男性が推しの声を出しながらヘッドセットを付けている映像でした。わたしがその男性の横顔をじいっと見つめてやると、推しは一瞬目を大きく見開いて「やべっ」と聞いたこともない狼狽した声を上げて、こちらを睨みつけました。そのとき、時間が止まったのです。

推しの鋭い眼光はわたしを貫き、とりさらっていきました。


配信はその後やり直され、何事もなかったかのように進みましたが、まぜメンの掲示板ではこの話題で持ちきりでした。誰かが顔バレの瞬間のスクショを上げたらしく、黙っておいてやろうという声、イケメンだったからいいだろうという声、理想を壊されたと憤慨する声で入り乱れ、さらに騒ぎを聞きつけた愉快犯が掲示板に流れ込み、対立を煽って板はめちゃくちゃになりました。


わたしはというと、あの瞳が忘れられず、例のスクショを密かに保存し、今度は自分のパソコンで、大きな画面で映しました。その瞬間、わたしはうっとりと息を吐き、その場に倒れこんで涙を流しました。

上手な注射には痛みはありません。目の前の推しの眼差しもそうでした。あの栗色のとげとげしい瞳の奥に秘められた哀願がすっとわたしの心に突き刺さり、膜に小さな裂け目を入れました。裂け目はビニールの滑らかさでめりめりと拡がり、ぽっかり開いた穴から涙が吹き出すように流れ始めました。ずっと内側から聞こえていた音がはっきりしてきて、初めてそれがわたしの声だと気付きました。


「推しのママになりたい」


わたしは泣き濡れてべとべとになりながら、こう言っていたのです。明らかに突飛なその願いは、しかし確かな実感として唇を潤し、腹に沁み、安心と欲求の混ざったあたたかなふるえでわたしを満たしてしまいました。要するに、わたしは心の底から推しのママになりたいと思ったのです。切なる願いでありました。


だから、推しのへその緒を手に入れなければならなかったのです。


こうなっては一刻の猶予もありません。わたしは顔バレで荒れた掲示板の過去ログから推しの住所を割り出しました。わたしの家の近くでした。これは運命です。終電も過ぎているので、わたしは久方ぶりの自転車に乗って、坂道を上っていきます。推しの家まではおよそ六駅。ときどきの信号をもどかしく思いつつ、ふるえる脚で自転車を漕ぎます。


道中、わたしは親子とはなにかと考えました。

親と子の間にはいつの間にか親しみと厭気が構築されて充満しますが、これは観念的なもの、たとえば情と呼ばれるようなものではなく、実際には生体的な匂いであるような気がしてならないのです。遺伝子の近さが元はひと続きの身体であったことを思い起こさせ、親密と拒否の匂いを同時に醸しだします。それこそが親子の定義なのです。わたしはなんの疑いもなしに、へその緒を手に入れなければならないと思いましたが、それはきっと親子の証明は匂いの証拠であり、究極的にはへその緒以外にあり得ないからです。

わたしは幾度となく母に叱られました。ときには、わたしがただ家でじっとしていただけなのに、帰宅してきた母に放り投げられ怒鳴りつけられたこともありました。そのとき、決まって母は箪笥にある小箱からなにか干からびた紐を取り出し、匂いを嗅いで、その後わたしを抱きしめて「ごめんね、ごめんね」と泣くのです。今にして思えば、あれはへその緒の匂いによって、母とわたしの身体の一体性を、親子の情を取り戻していたように思えます。顔も知らぬ父が出て行ったのも、きっとへその緒には父の匂いは記憶されてなかったためでしょう。


そうこうしているうちに、推しの家と呼ばれる場所に辿りつきました。マンションの一室で、ドアの横にレモンバームの鉢植えがありました。わたしは鉢植えをひっくリ返してテープで留めてある鍵を取りました。部屋は1Kで、キッチンと生活空間をガラス障子が隔ててあります。お風呂場からはシャワーの音がするので、わたしはパソコンのある部屋を漁ります。食べ散らかした弁当や、脱ぎ散らかした下着、投げ捨てられたコントローラ、汚れた避妊具などが乱れた敷布団を中心として散乱してありましたが、そんなことは大したことではありません。わたしは必死に探しました。


しかし、どこにもへその緒がありません。


すると、お風呂場のドアが開きました。現れたのは推しではなく、裸の女性でした。


「あんた、誰?」


裸の女はわたしを睨みつけてこう言いました。その目は、どことなくあの栗色の、とげとげしい推しの目つきを思い起こさせました。


しかたなく、わたしは


「まぜっと様のママです」


と言って、逃げるように部屋を抜け出しました。


部屋には推しがおらず、代わりに知らない女がいた。その事実にうち震えながら、わたしは自転車を漕ぎました。ペダルを踏む足はだんだんと強くなり、行き先も分からぬまま立ち漕ぎになりました。そうするしかありませんでした。きっと、まぜっとの本当の母親ならあの女の存在を祝福できるのでしょうが、わたしはママではなかったのでした。


気付けばわたしは港湾にいました。わたしはへそを擦って見ましたが、へその緒はついていません。海風が悲しく鳴ります。ただ、わたしにまとわりついた憂鬱の気分も手に粘り着いては来ません。

徐々に朝日は頭をもたげ、海が金色の輝きに満たされて、その水面にわたしの影が見えました。わたしは、今日の新しい朝が素直に美しくて、美しくて、涙が止まりませんでした。

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推しのママになりたい 馬田ふらい @marghery

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