孤高の腕

メイルストロム

その両腕

 ──あらゆるモノを救うためには、対象の構造を深くる必要がある。



 それはもっともな意見だと私は思った。

 救いたい対象がどんな構造をしていて、どの部位には負荷をかけてはいけないのかを知らなければ別の損傷を生むことになる。

 また、対象が損傷した経緯や原因についても理解を深める必要はあった。だから私達は多種多様な文献を読み漁り、時には検体となった方への敬意を胸に多くの事を学ばせて頂いた。

 だが最初の頃、皮を切り肉を断ち臓腑ぞうふに触れる感触に生理的嫌悪感を覚えたのは事実だ。しかしそれは失礼な事だとさとされてから、そういった感情ものを感じる事はなくなった。


 ──そうして私達が学んだ全ては傷を治し、命を救う為の物だと信じていた。


 だから私達を教え導いてくれた恩師から、仕事場に連れていくと聞かされた時は胸が高鳴ったのを覚えている。将来私達が立てるであろう現場に行けるのだと、目を輝かせていたのだろう。


 ──だが実際はどうだ?


 私達が連れてこられたのは処刑場で、繋がれた罪人の脇に立つのは私達を教え導いてくれた恩師であった。

 罪状が読み上げられた後、恩師が罪人の首を断つ。その手腕は鮮やかであった。他の処刑人は何度か振り下ろして首を断つのだが、恩師はまるで紙でも切るかのように切り落としたのだ。

 なぜあのように断てるのかを、処刑を見つめる町人の多くは知らないだろう。

 どの脊椎生物にも言えるが、首というものはかなり頑丈な構造になっている。だから学の無い素人が力任せに断とうとしても、あんな風には断てない。そうすると罪人は余計な痛みを、苦しみを味わいながら死ぬことになる。

 一部にはそれを望む声もあったが、私個人としてはそうあるべきだとは微塵も思わない。死と言う償いに出るのだから、最期くらいは苦しまずに送られるべきだと思っていた。

 ……だからだろうか、恩師の行う処刑こそ自身の考える理想の処刑であるかのように思えたのは。


 ──そうして三人の処刑を終えた後、連れていかれたのは恩師の勤める医院。そこでの恩師は間違う事なき医者であり、多種多様な病気や怪我を一人一人丁寧に迅速に処置していく。

 中には恩師を処刑人だと知った途端に死神だとか人殺しだとか、口汚く罵る輩も居たけれどそんな輩にも恩師は優しく丁寧に処置していた。


 ──その姿に感銘かんめいを受けたが、相反する姿を目にして胸中に芽生えたしこりが消えることはなかった。


 人を殺す腕と生かす腕、対極に位置する腕を奮う恩師の本当の姿はどちらなのだろう。

 私達に伝えられたあの言葉は、どちらの側からの言葉だったのか……その疑問に対する答えは、未だ見つけられていない。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

孤高の腕 メイルストロム @siranui999

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ