増えた首に私はコンクリートを埋めた
長埜 恵(ながのけい)
第1話
ある日、私の頭がもう一つ増えた。
それはちょうど枝分かれして、首の付け根の辺りから生えていた。自分の顔ではない。いや、自分の顔か他人の顔かすら分からないほどに潰れているのである。もしくは未成熟な状態であるだけか。とにかく私が見る限りでは、その顔はかろうじて眼窩と丸い口の穴が分かる程度のグロテスクなシロモノであったのだ。
そしてこの腐った果実のような赤黒い首は、私にしか視認できなかった。道行く人が気に留めたことは無い。最初こそ精神疾患からくる幻覚を疑ってみたものの、現れている間は頭の分の重さと首の違和感と腐ったような臭いがし、何より触ることもできたのである。早々に自分は正気であると断じ、諦めた。恐らくこの世のものとは一線を画すものなのだろう。
一方で、常に見えるというわけでもないのである。ふと鏡などを見た時に、五十三パーセントの確率でその首は現れる。まばたきの間に終わるものだが、触れることができるのはこの間だけだった。
何度もむしり取ろうとした。見開いた目が渇き、凄まじい激痛が走っても。私は一人鏡の前で、何度も自傷を繰り返した。
しかし結果は芳しいものではなかった。依然として私の体からは首が生え続けた。五十三パーセントの確率で現れる目も口も無い顔が、鏡越しに私を見ていた。
私は毎日部屋に閉じこもり、手鏡以外の私の姿を反射させるものは全て壊してコンクリートに埋めてしまった。服についたボタンすらむしり取り、窓とドアはコンクリートで塗り固めた。都合の悪いものを埋め過ぎたせいで、今や壁は四方八方から迫っていた。
そんな部屋で胎児のようにうずくまり、私は何度も手鏡を見ていたのである。体から生えたもう一つの首を。感じる肉塊の重さを。血の匂いを。
映らない。映らない。映らない。映らない。映らない。映った。映らない。映らない。映った。映らない。映った。映った。映った。映った。映った。映った。
映った。
絶叫する。両手で頭を鷲掴みにし引っこ抜く。髪はぶちぶちとちぎれ、爪は皮膚に食い込む。生ぬるい液体。鉄の匂い。激痛。抉れていく肉。抜けない首。
赤く染まる鏡の隙間に見えたのは、こちらを覗き込む真っ黒な眼窩だった。
数日後、あるアパートで女の死体が発見された。部屋は内側からコンクリートで塗り固められており、外部からの侵入の余地無しとして警察は自殺と断定した。
女の死体は酷く損傷していた。顔の皮膚は全て剥がれ、目玉はくり抜かれており。腐敗も進んでいたせいか、まるで潰れた果実にぽっかりといくつか穴を空けたかのようだった。
しかし何より奇妙だったのは、首の付け根の傷。
あたかもこぶし大ほどの大きさの何かを引っこ抜いたような穴が、大きく口を開けていたという。
増えた首に私はコンクリートを埋めた 長埜 恵(ながのけい) @ohagida
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