第21話

 オストガルトに皇太子殿下が行啓ぎょうけい遊ばされる――ルドルフがその話を知ったのは、若い傭兵団の者達と連れ立って、オストガルトを治める貴族の私有地の草刈りをした帰りであった。

 このオストガルトの街は、周囲を三重の城壁にぐるりと囲まれている。城壁と城壁との間にも町が形成され人が暮らしているが、外側に行くほどまばらとなり、長閑のどかな牧草地が広がっていた。そこは貴族の私有地であり、平時の傭兵団の仕事には、そこの草刈りのような雑役が割り振られることがある。

 そして、このような仕事はさらに傭兵団の中でも年若い下っ端へと回される。皆ルドルフとは何歳か年上と言っても、若く血気盛んな同僚達の中にはあからさまに不満を漏らす者もいたが、不安定な世の中とはいえ、そう絶え間なく戦乱が起こるわけでもない。


 草刈りを終え、今度兎狩りにでも行こうと少年兵達がわいわいと話しつつ、飛んだり跳ねたりつつき合ったりしながら戻ると、受付のカウンターと待合いに大人達が集まっていた。

「帰ったな、ガキども」

 カウンターに立つ禿頭の大男が腕を組んで少年達をじろりと見た。それだけで少年達の中にはすすっと他人の背に隠れるように動く者がいる。

 しかし、ルドルフはいつもどおりの笑顔で挨拶を返した。

「ただいま、ギド。みんな集まってどうしたんだ

?」

 ルドルフは話すうちに大人達の中にセオドアとリードの姿もあることに気付き、少年達に軽く手を振ると二人のところへと駆け寄った。


「よーし、だいたい揃ったな」


 大男ギドは集まったメンバーをぐるりと見回し、分厚い両手をパンパンと鳴らした。全員の視線が彼に集中する。

 そこで伝えられたのが皇太子のオストガルト行啓と、それに伴う警邏けいらの仕事であった。警邏と言っても街の中ではなく、都市の外周が主であるということだった。ただし、皇太子がオストガルト入りする前日から滞在中は、昼夜とも交代制で警備を行うという。


「夜もあるのか。結構忙しくなりそうだな」

 ルドルフが言うと、リードは「夜は大人の時間さ。俺とセオドアが夜番の日は一人でイイ子に留守番してろよ」とルドルフの頭に手のひらを置いた。

 ルドルフは頭の上のリードの手を押し返した。確かに自分は傭兵団では最年少と言ってもよい年で、実際若い傭兵達にも弟のような扱いをされることが多いが、露骨に子供扱いをされるのは少ししゃくだ。

 しかし、こんな時に真っ先にルドルフをからかうセオドアが何かを考え込んでいる様子なのが少し気になった。

 ルドルフとて馬鹿ではないから、自分が娼館で起こした騒ぎのことでセオドアがあの女主人から何を要求されているのかは理解しているつもりだ。あの黒装束どもの正体を調べて、そいつら引っ張り出してこいということだ。その連中が真にとばっちりでルドルフを狙ったのだとしたら、悪いのはそいつらだ。クロエはそいつらに「落とし前」をつけさせるつもりだろう。

 では、黒装束どもの正体を暴けなかった時は――?


「どうにもならなきゃ、とっととこの街からオサラバよ」


 あの事件の夜、宿に戻ってからも二人に迷惑をかけたことを気にしているルドルフに、セオドアはそう言って笑ったのだ。


 ぼんやりと立っているルドルフの脇腹をつつく者があった。

 振り返ると、赤毛でやせっぽちの少年が立っていた。振り返ったルドルフを見てニッと笑った口から見える歯は不揃いで、顔中そばかすだらけである。

 ニールという名のその少年は、ルドルフが来るまではここで一番年少として扱われていたらしい。背の高さはあまりルドルフと変わらないが、ニールはひょろひょろで剣の腕も大したことはない。それでも初対面の時に何歳か尋ねられたルドルフが「十三か、十四だ」と答えた瞬間、「俺は十五か十六だ! お前、俺よりも年下だな!」と叫んだニールは、その後でルドルフの剣さばきを見ても「でも、俺のほうが年上だからな!」とがんとしてルドルフを弟分扱いすることをやめなかった。


「おいロル」とニールは話しかけた。「お前、この後どうせヒマだろ? 街行こうぜ」

「俺は別に」

 街に用事はない、と答えかけてルドルフはやめた。ニールの誘いを一度断ると、翌日はその倍くらい付きまとわれることになるし、一つ用事を思い出したからだった。

「いいよ、行こう。俺、広場の屋台がたくさん出てるところに行きたい」

「ええ、屋台かよぉ」

 ニールはルドルフの言う事には必ず一度は反対する。

「でもまあ、お前がどーしてもって言うならいいけど? たまには下の言うことも聞いてやらなきゃいけねえよな」

「ありがとうニール」

 それがニールなりの上下関係の示し方なのだと、ルドルフは彼と出会ってすぐに気が付いたが、同時に、それで自分に大きな害がない範囲で彼が満足するなら別にいいとも思っていた。


 ルドルフは服のポケットを押さえた。そこにはあのドライフラワーが入っている。

 あの晩はうやむやになってしまったが、これをくれたあの屋台の少女に会って尋ねれば、これがエルフィンローズなのかどうかはっきりするだろう。リードの話ではエルフィンローズとは高価なものらしい。これが本物だとわかれば、きっと二人は喜ぶだろう。ここまで世話になっただけでなく迷惑をかけどおしだったが、少しは彼らに恩返しできるかもしれない。

 この時のルドルフにとって皇太子の事など遠い別世界の話と変わりなかった。ルドルフはあの夜の奇妙な呼び声のこともすっかり忘れて、ニールとともに街へと駆け出していった。

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狼の仔 相馬みずき @souma-mizuki

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