第13話 いつか皆殺しにできる日が来るまで(完)
ごとごと、ごとごと、と細かく揺れながら馬車ならぬ竜車が進む。
アシュアールはその心地よい揺れに身をゆだねながらまどろんでいた。
自分が今乗っている竜車はそんな立派なものではない。もともとは荷車だったものに
あれから三日が経った。
アシュアールをはじめとする負傷者たちの手当てを済ませ、街の再興に必要な金銭や人夫の手配をしてから、皇女ベアトリスはゆっくりした日程での帝都への帰還を決めた。レザトを倒したことで急ぎの用事はなくなったらしい。ベアトリスの父である皇帝にはあらかじめ文を出してある。これから先は、アシュアールたち怪我人に負担のない範囲で、とのことであった。
服は体を締め付けないよう少しだけサイズの大きい清潔なものを着せてもらった。食事は朝昼晩と与えられる。移動は竜車の中だ。アシュアールの十四年の人生の中で今が最盛期かと思うほどの好待遇であった。帝国軍に捕まったら殺されるのだとばかり思っていたが、自分はこれから三人衆のもとで竜騎士見習いとして暮らすことになるらしく、丁寧に扱われている。竜と戦わされるのは今もまだ少し恐ろしいが、辺境の村でヴィオリア人に虐待されながら生きるよりはマシだった。
何より竜騎士三人衆が頼りになる。
知り合って数日しか経っていないが、三人はアシュアールを真の意味で可愛がってくれる。それはアシュアールに失った父の姿を思い起こさせたし、憧れていた兄というものを感じさせるものでもあった。
竜車が止まった。
「アシュアール」
前方からラジーズに声をかけられた。彼は今御者として竜車の前に座っている。アシュアールは体を起こして前を向き、「はい」と返事をした。
ラジーズは一人で器用に四頭の竜を操っていた。四頭の竜が幌馬車を引いているのである。訓練を積めばこんなこともできるようになるのだ。そんなラジーズの様子を眺めて、アシュアールは、いつかこうなりたいな、と思った。
レザトの残した竜が十数頭いる。竜騎士三人衆はこの竜をすべて捕らえて帝都に連れていくことにした。特におとなしかった個体四頭に竜車を引かせ、気性の荒い個体には荷物を載せてハーヴィーとエスファンドが鞭を打ちながら歩かせている。三人衆が乗っていた竜三頭は人間に従順で素直に先頭を歩いていた。竜は群れる。三頭が前を歩いているだけで他の竜たちもそちらについていこうとする。なんとかなりそうである。
彼らの帝都についてからの処遇はこれから皇女と竜騎士たち――ラジーズ、ハーヴィー、エスファンドだけでなく、帝都に残っている旧竜使いたちみんな――で話し合って決めるらしい。多くは帝国の辺境で土木作業の労働力として使われることになりそうだとのことだ。それは王国が竜に求めていたのと同じことではないかと思うと胸が痛む。けれど他にどうしたらいいのかはわからない。竜はもう人間ではない。元には戻らない。飼い殺されるよりは誰かの役に立って人間たちと共存するのがいい――のだろうか。アシュアールにはわからなかった。
「休憩しよっか、ってさ」
「いえ、大丈夫です。ずっと寝転がってるだけなんで。前に進みましょうよ」
「素直に休憩させてもらっとけ。お前は若いからいいかもしれねーが他の兵士たちはそうもいかんのよ。最年少のお前がしんどいしんどいって言ってりゃ他の連中も気軽にしんどいしんどいって言えるんだ」
アシュアールは恥ずかしくなった。今まで母と二人きりの生活だったので団体行動というものに気を配れない。これも帝国軍にいるうちに慣れていくのだろうか。
道路沿いに駅がある。
帝国では舗装された道路が網の目のように張り巡らされていて、決まった距離ごとにこうして休憩所を設けている。旅人はそこで自由に休憩を取り、水や食料を補給することができる。帝国の力の大きさを感じる。こんな国にたてついて勝てるわけがない。
皇女と取り巻きの騎士たちは駅で休憩を取る。一般の騎士、兵士、そして竜使いたちはその辺の道端に野ざらしだ。街路樹にもたれかかる者、水路に足を突っ込む者、座り込んで間食をする者、それぞれが思い思いに過ごしている。近くにいるヴィオリア人兵士たちは竜を警戒しているようだったが、竜は竜で互いに小さな鳴き声を掛け合い、リラックスした状態でコミュニケーションを取っている。少し離れたところでハーヴィーとエスファンドがパンを頬張りながら気楽なおしゃべりをしている。
アシュアールは水筒から水を飲みながらそんなのどかな光景を見つめていた。
「お前もパン食うか」
ラジーズに問われて、アシュアールは「いただきます」と答えた。握り拳より少し大きな丸いパンがまわってくる。
「平和ですね」
「普段はこんな感じよ。この大陸じゃあこの帝国を敵に回そうっていう国なんざそうそうねーからな。歯向かうのはヤズダ神聖王国の残党ばかりだわ。まあ、ヴィオリア人どもは神聖王国なんて御大層な名前じゃ呼んでくれないけど。辺境の竜の土地ヤズディスタン。今後はそう呼ばれるからおぼえとけ」
「はい」
そう聞かされるとパンが喉を通る時嫌な重みを感じる。このパンも皇女が手配してくれたものらしいが、今後はパンの対価に帝国領ヤズディスタン地方のヤズダ人という烙印を押されるのだ。
「あの、ラジーズさん」
「なんだ?」
ラジーズは悠長にもハムを引き千切って食べていた。ちょっとうらやましい、分けてほしい。
「なんか前にも聞いたような気がするんですけど、いろいろな事情がわかった今、もう一回聞きたいです」
「どうぞ、俺に答えられることだったら、何度でも」
「ラジーズさんたちは悔しくないんですか? 悲しくないんですか? 同胞だった竜にまたがって。同胞だった人間と戦って」
アシュアールがよほど物欲しそうな目をしていたのか、ラジーズはハムを半分にしてアシュアールに分けてくれた。手を伸ばし、「ありがとうございます」と言って受け取る。
「僕ももう神聖王国に復活してほしいとは思いません」
罪のない人間を理性のない竜に変えてしまう。こき使い、敵が来れば最前線に行かせ、捨て駒扱いする。そんな連中が正しいとは、アシュアールには思えなかった。まして母親が竜になった今ではなおさら肯定するわけにはいかない。
「でも、なんだかなあ。ヴィオリア人たちに負けた感じするじゃないですか。結局ヴィオリア人の皇帝を頂点とした社会に組み込まれてしまうわけでしょう? なんか、こう、むかつきませんか」
「言うじゃん」
ラジーズがアシュアールの頭をわしゃわしゃと撫でた。
「お前、今まで本当に酷い目に遭ってきたんだなあ」
「見てわかりませんか」
「これからは楽しいこといっぱいあるといいな。いや、ある。俺たちが与えてやる」
そう言ってから、ラジーズはこう答えた。
「程度問題よ。どっちのほうがよりむかつくかという話。ヴィオリア人も嫌いだけどヤズダの王族はもっと嫌い。ヴィオリア人のほうがマシってだけで、今も心から従ってるわけじゃない。利用してやる。いいじゃん、パンを貰ってふてぶてしく生きていけ」
アシュアールは頷いた。
「俺は大家族で、五人兄弟の長男だった。姉ちゃんが一人、弟が二人、妹が一人。姉ちゃんは戦争中に帝国軍の兵士に強姦されて首を吊った。だから竜使いになって姉ちゃんの復讐をしようとした。でも気がついたら弟妹三人が竜になってた。子供は戦争の足手まといだからな」
「そうだったんですか……」
「姉ちゃん一人と弟妹三人を天秤にかけた時、俺はより人数の多いほうを選んだ。姉ちゃんを犯した帝国軍より弟妹三人を竜にした王国軍をもっと強く恨んだんだ。どちらも選ばないという選択肢はなかった。ガキだったからな。よりマシなほうへ。より食わせてくれるほうへ。より安全なほうへ。ガキだった俺の世界は狭かった」
そして、「お前には俺らで選択肢を与えたい」と呟くように言った。
「今ならまだ戻れるぞ。俺が目を離した隙に逃げたという設定でどこかにとんずらしてもいい」
遠くに目をやった。そこにアシュアールの母だった竜がいた。アシュアールがレザトを仕留めたので、竜も褒美として豪華な頭飾りを与えられた。おかげで他の竜と交じっても彼女だけは区別がついた。
アシュアールは一度まぶたを下ろした。そして、ゆっくり持ち上げた。
「王族ってあと残り何人いるんですか?」
「さあな。レザトには少なくとも四人兄貴がいたはずだ。弟は俺らで三人狩ったが、魔術は王家の直系男子みんな使えるらしいから、王の愛妾の息子も勘定したらかなりの人数になる。正確な人数は把握していない」
「皆殺しにするまで帝国軍の一員として戦います。もう誰も竜にならない世界が実現したら、ヴィオリア人がいないどこかに行きます」
「百点満点だ」
ハーヴィーとエスファンドが道端の水路に足を突っ込んで遊び始めた。二十七歳にもなって幼児みたいだ。ラジーズに「お前も一緒に遊んでいいぞ」と言われたので、アシュアールは「よしてくださいよ」と笑った。
騎士に日傘を差させた皇女が駅から出てきた。もう移動の時間のようだ。兵士たちがそれぞれ荷物を背負い、馬の支度をし始めた。ハーヴィーとエスファンドも竜のほうに戻った。
「行くぞ」
「はい」
太陽はぎらぎらと輝いている。今日も暑くなりそうだった。
帝都まで、あと少し。
<完>
竜騎士戦記 三人衆、不遇の少年を拾う。 日崎アユム/丹羽夏子 @shahexorshid
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