最終話 やっぱりヘタレである

「まぁ、慶次郎だからな」


 結局ケモ耳ーズは三人共来た。

 さすがは『一匹出たらもう二匹いると思え』でお馴染みの仲良し兄弟である。


「葉月は温かいからね。きっと身体がびっくりしたんだろうなぁ」

「そういうもんなの?」

「慶次郎は体温も低めですからねぇ。血の巡りが悪いのでは、といつも心配してたんですよ」

「まぁ、それが一気に巡って鼻から出ちまったんだけどな!」


 あーっはっはっは、と純コさんが笑うと、もぞり、と背中の慶次郎さんが動く。


「お? 起きたか、慶次郎」

「うう……。あ、あれ、はっちゃんは!?」

「いるよ、大丈夫」

「よ、良かった……。僕もう、情けないところばかりで愛想尽かされちゃったかと……」


 まぁ確かに、今日も、これでもか! ってくらいに情けないところは見た。それはもう、堪能した、というレベルで。


「愛想なんて尽かさないって。今日はどっちかっていうと恰好良い方が勝ってたし」

「本当ですか?」

「ほんとほんと。すっごい陰陽師感あったもん。それと」

「それと?」

「歓太郎さんと、本当に兄弟なんだなぁ、って」


 そう言うと、慶次郎さんは、「本当に兄弟ですよ?」と純コさんの肩の上で首を傾げた。そこへ、「顔は似てないけどね」「性格も真逆ですけど」「むしろ似てるところなんて一つもないよな」とケモ耳ーズが乗っかる。


「いやいや、なんかさ、すんごいツーカーだったって話。皆まで言わずとも伝わる的な?」


 作業の分担(これは歓太郎さんの指示だったけど)然り、

 あの親玉みたいなのが出てきてからの連携然り。


「あと、ずっと違和感あったんだけど、途中から名前呼ばなくなってたでしょ、二人」


 おかしいと思ってたのだ。

 いつからか、慶次郎さんは歓太郎さんを『君』と、歓太郎さんは慶次郎さんのことを『陰陽師』としか呼ばなくなったのだ。


「あぁそれは――、ああいう霊に名前を知られると危ないんです」

「危ない?」

「向こうに主導権を握られてしまうというか。今回は向こうから名乗ってくれましたからね、楽でした。歓太郎が『下級の悪霊』と言っていたでしょう? そういうところなんですよ」

「慶次郎さんがかなり強気だったのはそういうわけだったのか」

「とはいえ、僕もそんなに経験があるわけではありませんけどね。はったりはある程度効くんですよ」


 それじゃあさ、と立ち止まる。


「慶次郎さんがいつまでも主導権握れないのは、あたしのこと『はっちゃん』なんて呼ぶからなんじゃないの?」


 我ながら名推理!

 ピコーン、と頭の上の電球が点灯したよね。


「へぇ?」

「だってそうじゃん? あたしはさ、慶次郎さんのことちゃんと名前で呼んでるのに、慶次郎さんはあだ名じゃん。年上なのに敬語だし。もう、そういうところだよきっと!」


 そうだそうだ、簡単なことじゃーん、と再び歩き出す。数歩先を歩いて、そういうところから徐々にさー、と軽い調子で話し始めた時、後ろから、肩にずしりと重さが乗った。これはたぶん、顎だ。そう気づくと同時に、にゅ、と伸びてきた両腕に抱き締められる。そのまま、吐息混じりの声で、


「葉月」


 と呼ばれた。

 どきり、と胸が高鳴――


「――って歓太郎さんじゃねぇかぁっ!」


 歓太郎さんである。

 慶次郎さんはというと、下ろして下ろしてと純コさんの上で暴れている。

 

「せいかーい! ねぇ、ドキッとしたでしょぉ? このための『はっちゃん』呼びなんだよなぁ〜。――ぐはぁ!」

「ふっざけんなこの野郎!」


 格闘技経験なんてあるはずがないのに、たぶんいつか動画か何かで見た『正拳突き』がバシッと決まった。イメトレって大事なのね。お次は何だ、回し蹴りか、とファイティングポーズのあたしである。


「だぁってはっちゃんが『名前で呼んでハートマーク』って言うから〜」

「言ってない! 歓太郎さんには言ってない!」

「あわわ……はっちゃん。怒りを鎮めてください」

「ここはむしろてめえが怒るところなんだよ!」

「ひいっ、すみません!」

「すみませんじゃなくて!」

「申し訳ありません!」

「謝罪のバリエーションの話じゃねぇんだわ!」


 


 などというやり取りを経て、関係者神社&みかどプラスあたしで高級焼肉店に繰り出したわけだが――、


あるじ、お肉が焼けましたよ。冷めないうちにどうぞ」

「主ぃ、ほかほかご飯もありますぅ〜」

「主! お飲み物は烏龍茶で!?」

「ぼ、僕のことは良いから!」


 四人がけのテーブル席で、慶次郎さんは臨時君達に囲まれている。


「慶次郎取られちゃったね、葉月」

「そんなにしょげんなよなぁ、ほら、ハラミ食うか?」

「葉月、ご飯は普通盛りで良いですか?」

「別にしょげてないし。ハラミちょうだい。ご飯は大盛りにして」


 そしてこちらは、その通路を挟んだところにある六人がけのテーブル席である。


 あの後――、


「だいたいね! いまのだってどう考えても慶次郎さんがやるやつでしょうよ!」

「すみません……」


 純コさんの背中から下りた慶次郎さんに説教をしながらみかどへ向かって歩いていると、


「主、お帰りなさいませ」

「主ぃ、ちゃんとお留守番しましたよ!」

「主、お疲れでしょう、さぁ、おれの背にどうぞ!」


 まだみかどまでかなりの距離があるというのに、『主LOVE』のお迎えーズ臨時君達がやって来たのである。しかも、そんな『激LOVE』の主は、明らかに隣にいる女に叱られているのだ。


「またあなたですか! なぜ主に優しく出来ないのです!」

「ぼく達に任せて、主は逃げてくださいぃぃ」

「いま警察をお呼びしますね! 公衆電話はどこだぁっ!」


 仁王立ちであたしに説教をかました淡雪雪さんは麦さんに諭され、

 ぶるぶる震えながら慶次郎さんにしがみついている(あなた「逃げて」って言ってなかった?)桃山桃君はおパさんになだめられ、

 近年ではかなりレアになりつつある公衆電話を探しに駆け出した栗羊羹栗さんは純コさんに首根っこを掴まれ、


「はっちゃんの良さがわからないなんて、お前達もまだまだ青いなぁ。ねぇ、はっちゃ――……おわぁ!」


 と馴れ馴れしくあたしの肩を抱いたわいせつ神主は、見たこともない黒髪ロングの清楚系に一本背負いを決められた。


「歓太郎様、そちらは主の大切な方とお聞きしております。軽々しく触れないよう、お願い致します」


 誰だよこいつ、と思ったが、恰好神主装束を見てわかった。成る程、この人が『鮎餅鮎さん』だな。見た目の系統としては歓太郎さん寄りである。


「クソっ! 何で毎回毎回邪魔が入るんだ! もう今日は食べまくってやる!」

「おぉ〜、良いねぇはっちゃん、惚れ惚れする食べっぷり! あっ、店員さーん、ビール、大ジョッキで!」

「葉月、お野菜も焼けてますよ。あっ、そろそろ網も替えてもらいましょうか」

「ねぇ葉月、ビビンバも頼まない? ぼくと半分こしようよぉ」

「なぁ葉月、おれと一旦アイス挟まねぇ? ゆずシャーベットで良いよな?」

「歓太郎様、葉月様との距離が少々ちこうございますね。拳三つ分離れてください」


 目の前には高そうなお肉。あたしを取り囲むのは、どいつもこいつも国宝級の顔面を持つイケメン達。けれど、一番欲しいものは近くにない。


「う、うううう……」

「うわ、葉月どうした。煙が目に染みたか?!」

「純コが肉ばかり乗せるからですよ! すみません、店員さーん!」

「葉月、大丈夫? このおしぼりきれいだから使って?」

「葉月様、やはりその席が駄目なんですよ。ささ、わたくしの席と代わりましょう」

「あっ、鮎お前、ちゃっかり席交換してんじゃないよ! ああん、はっちゃあん行かないでぇ!」


 煙もそうだけど、イケメン達(一部除外)の優しさが染みる。


「はっちゃん! 大丈夫ですか?!」


 通路側に座っていた鮎さんと席を代わってもらうと、臨時君達の鉄壁のガードを掻き分けて、慶次郎さんが手を伸ばしてくる。その手をぎゅっと掴む。大丈夫、この席は店の一番奥だから、この先は行き止まりだ。誰の邪魔にもならない。その手を強く引くと、彼は隣に座る栗さんに「ちょっとごめん」と言いながらこっちへ身を乗り出してきた。


 がやがやと騒がしい店内である。

 だけど、会話が出来ないほどじゃない。

 服も髪も、全部焼肉の臭いが染みついていて、ムードもへったくれもない。


 だけど、


「慶次郎さん、さっきの続き聞かせてよ」

「さ、さっきの、と言いますと」

「遊園地で、あたしにまだ伝えてないことがあるって、言ったじゃん」

「あ、ぁ、はい。あります」

「いまここで言って」

「こ、ここでですか?!」

「早く!」

「はいぃ!」


 あのですね、ええと、と、お決まりの『もじもじ』を数回挟んだものの、やっと腹をくくったか、彼はキッと凛々しい顔で「僕は!」とあたしの手を強く握った。


「僕はあなたのことが――」


「は~い、ビール大ジョッキ、石焼ビビンバ、ゆずシャーベットお待たせしました~! あ~りがとうございま~す!」

「失礼しまーす! 網交換いたしま~す! あ~りがとうございま~す」

「空いたお皿お下げしま~す! あっ、そちらのジョッキ空ですね、そちらもお下げしま~す! あ~りがとうございま~す!」

「お冷お注ぎいたしま~す! あ~りがとうございま~す!」

「アンケートの御記入お願いいたしま~す! あ~りがとうございま~す!」


 どんな時でも最後は必ず「あ~りがとうございま~す!」を言わなければならないらしい、花丸元気な店員さん達がわらわらとやって来た。揃いも揃って、可愛い女性アルバイトである。たぶん何だかんだ理由付けてこの席の接客をしたいのだろう。気持ちはわかる。イケメンが集中してんだもん、この卓。だけどさ、店内見て? 他のお客さんドン引きしてる。ここに店員さん集まり過ぎなのよ。


 駄目だ、この店ではやっぱり駄目だ。

 ていうか、きっとアレだ、いまはその時じゃない、ってやつなんだろう。駄目な時はとことん駄目だもんな。


「……いいや、今日はもう。食べよ、お肉」

「はっちゃん、すみません。あの、絶対にちゃんと言いますから。あの、待ってて、もらえますか?」


 きゅ、と眉を下げて上目遣いで見つめられれば、NOとは言えないあたしである。


 陰陽師的にはチート級の癖に、どうしてその一歩が踏み出せないんだ、と思わなくもないけれど、これが慶次郎さんなのだから、もう仕方がない。

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