第18話 戻しますね
「あぁ、いたいた。
聞き慣れぬ声が割り込んできて、せっかくの告白タイムが中断された。くそっ、誰だよ! と声の主を見るが、全く知らない人である。でっぷりとした、偉そうなおじさんだ。
「やぁーっと来たか園長さんよぉ」
その言葉で彼がこの園の園長だとわかる。面倒くさそうに応えたのは歓太郎さんだ。女装しているのに、そこには全く触れようともしない。
「いやぁ、この度は恐ろしい偶然もあったものですなぁ。何か? たまたま? 悪霊の封印が解けたとかなんだとか。いやぁ私もびっくりしましたよぅ」
へこへこと頭を下げ、揉み手をしながら、ベンチでふんぞり返る歓太郎さんの前で愛想笑いを浮かべる。
「おう、よくもまぁのこのこと顔出せたもんだな。何がたまたまだ、この狸ジジィ。――おい慶次郎、俺はこのジジィと今回のお祓い料と今後の『定期メンテナンス』についてじーっくり話があるから、はっちゃんとデートの続きしてろ。そんで、終わったら皆で焼肉な。がっぽり巻き上げてくるから、奢ってやる」
行くよ、お前達、と言って立ち上がる歓太郎さんは、もうどこからどう見てもヤ○ザの姐さんだ。そして、各々個性の光る返事をしてそれに続く黒スーツのケモ耳ーズは、その組の若い衆のようにも見える。そんな彼らに囲まれている園長さんの心境はいかがなものか。この園、何かやばいところと繋がってると思われたりしないかな?
「あの、歓太郎」
明らかにカタギの人間には見えない、見目麗しい姐さんを慶次郎さんが呼び止める。
「んー?」
しなり、と首だけをこちらに向けた歓太郎さんは、やっぱり美女だ。
「『たいまくん』のこと、くれぐれも、その」
「わぁーかってる。俺が何年お前の兄貴やってると思ってんだ。任せとけって」
にま、と笑って、自分よりも頭一つ低い園長の肩を抱き、「それも含めてお話があるからなぁ」と顔を近付ける。恐らく園長さんは歓太郎さんを男だとわかっていると思うんだけど、何やら赤い顔をして「そ、それはもう!」と鼻息荒い。『たいまくん』をくれぐれもどうしてもらうのかはわからないが、心優しい慶次郎さんのことだ、きっと、ちゃんと埋葬してやってとか、そういうことだろう。
四人がいなくなると、途端に静かになる。とはいえ、園の催し物のお知らせであるとか、BGM、それにお客さん達の楽しそうな声(一部悲鳴)は聞こえてくるんだけど。だけど、あたし達の周りは何だか静かだ。とりあえず、あたしだけ立っているのもな、と慶次郎さんの隣に腰掛ける。
「えっと……その」
何だかもう、告白するような雰囲気でもない。いや、仕切り直すことはもちろん出来るんだけど。
「焼肉だって」
「そうみたいですね」
「歓太郎さん、奢ってくれるって」
「がっぽり巻き上げてくるって言ってましたね」
「慶次郎さん、そういうの出来そう? その、金額交渉、っていうか」
「ううう……」
「だよねぇ」
またも、きゅ、と丸まってしまった背中を撫でる。しまった、いま出すべき話題ではなかった。
「そ、そうだ!」
思い出した! とばかりに、ぱん! と両手を打ち鳴らす。あたしの声にか、それとも打ち鳴らした手の音に驚いたのか、彼は小さく飛び上がって、どうしました? と尋ねてきた。
「そういえばさ、あたしほら、慶次郎さんを分けてもらったまんまだったじゃん? それ返さないとなーってずっと思ってて!」
「あぁ、そういえば。僕としては別に大して支障もありませんので、そのままでも良かったんですが」
「そうもいかないでしょ、返すって。ほら。……って言ってもどうやって返すかわかんないんだけど」
とりあえず、はい、と両手を差し出してみるが、そんなことで返せるわけもなく。
「支障ないっていうけどさ、あたしに分けた分の慶次郎さんも戻ったら、もっとその、勇気とか出るんじゃないかな、とか、さぁ」
そういうことを言ってるんだよ、あたしは、と言うと、「成る程!」と彼にしては珍しく声を上げた。そうですね! と手を握られ、その勢いにちょっと腰が引ける。
きっと、何にせよ、彼にはどんな形でも『背中を押す何か』が必要なのだ。そもそもが『ヘタレの集合体』なんだから、それが全部戻ったところでヘタレには変わりないと思うんだけど、そんなのは気持ちの問題である。
「では、お守りを失礼します」
服の襟からちらりと見えている紐を引っ張ってお守りを出すと、それを、きゅ、と握って「戻しますね」と言う。どうやら陰陽師の方では、そんな軽い感じで簡単に戻せるものらしい。
と。
お守りを握ったまま慶次郎さんがぴくりとも動かなくなった。あれ、何? いまインストール中とかそういうこと? 分けた時はすぐだったじゃん? 何で戻す時は『Now Loading』みたいなことになんの?
「ちょっと、慶次郎さん?」
何? 寝た? まさかそんなことないとは思うけど、と、肩を揺すると、彼は空いている方の手を弱々しく上げ、ポツリと一言、
「はっちゃん、ティッシュ持ってませんか」
そう言った。
鼻血だ。
何がどうなったかわからないが、とにかく出ちゃったらしい。何興奮してんだ。
「すみません……」
しょぼ、と鼻声で俯く。
「何か、ものすごく暖かくて、その」
「暖かい?」
「僕を分けるっていうのは、つまり、生霊のことなんです」
「成る程、生霊か。あれよね、本体に戻す前にきれいにお祓いしないと――っていう」
「はい。ですけど、はっちゃんですし、祓うも何もないと思ってそのまま戻したら、その、あ、あた、た――」
「慶次郎さん!?」
たぶん、その時のことを思い出したのだろう、彼は恐らく「暖かい」という言葉の途中で、真っ赤に茹で上がってひっくり返った。
「ちょ、ちょっと!? 大丈夫!? ねぇ! だ、誰か! 歓太郎さん、は交渉中だから駄目か。ケモ耳ーズ! 誰でも良いから来て――!」
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