第7話 因果の報い

 行者どもがとらわれた檻の横には、もうひとつの檻が併設され、そこには野犬が放り込まれていた。三十匹もいるであろうか。

 しかも、怖ろしいことに、野犬の檻の扉を開ければ、行者どもの檻に犬どもが雪崩れ込むという仕掛けになっているのだ。

 野犬の群れは飢えているらしく、行者どもを見てよだれを垂らしながら、「ウウッ」と獰猛な牙を剥く。

 兵を引き連れた右京進が、後ろ手に縛られた行者どもに言い渡した。

「そのほうらの悪名、天下に隠れもなし。よって、ここに因果応報の刑を与える。犬の命を無惨に扱った犬神使いは、犬によって滅ぶ。すべておのが身から出たさび。自業自得と思いしるがよい」

 右京進が「やれっ」と右手をあげるや、野犬の檻の扉が開け放たれ、魔の牙が容赦なく行者どもを襲い、喉や腕、脚などに噛みつき、五体を食いちぎった。断末魔の絶叫が河原に響く。まさに酸鼻さんを極める阿鼻叫喚地獄であった。

 後日、見せしめのため、鼻や耳のない行者どもの首が、撫養街道沿いにさらされた。

 以来、阿波で犬神使いの姿は見ることはなかったが、後年、再び土佐の国でこの者らが集って聚落をつくった。無論、そこを拠点に多数の犬神使いが跳梁跋扈し、人々を恐慌に陥れたのである。

 これを耳にした土佐の領主長宗我部ちょうそかべ兼序かねつぐは激怒した。

「なにっ、犬神がりつけば、犬のように吠えまわって狂い死に、死ねばからだに犬の歯型がつくというか」

「はい。きゃつらは土佐各地で怪しげな呪詛じゅその祈祷を行い、領民の家財を騙し取っておる由。財産を巻きあげられた者の中には、首をくくった者もおるということにございまする」

「許せぬ。馬けいっ!」

 憤然、兼序は騎馬武者百騎を率いて、犬神使いの村を急襲し、一人残らず撫で斬りにした。

 阿波の三好氏、土佐の長宗我部氏のこうした「根絶やし策戦」にもかかわらず、犬神使いの迷信は、はるか時代が下り、江戸、明治、大正の世となっても四国に根強く残った。

「犬神に追いかけられた」

「犬神が蚊帳かやの中に入ろうとしたので、経文を唱えると消えた」

 などという、まことしやかな噂が時折、巷に流れたというから、この迷信の根の深さが察せられよう。

 四国で「犬神」という憑き物が完全に忘れ去られ、だれも口にしなくなったのは、昭和に入ってのことという。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

犬神使い 海石榴 @umi-zakuro7132

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ