第6話 地獄の檻

 甚兵衛はただちに芝生城に赴き、「盂蘭盆会うらぼんえの日」の件を、久保右京進に急報した。

 右京進は、郡代として名主の甚兵衛に下知した。

「村の屈強な若い衆を集めよ。当日はくれぐれも目立たぬように、屋敷周辺に伏せておくのじゃ。それがしも弓兵と槍兵を率いて参ろう」

「では、野良着姿の若いのを屋敷周りの田畑に配しておきまする」

「うむ。全員逃さずひっ捕らえるのじゃ。抜かるでないぞ」

 右京進と甚兵衛の二人が、書院の間で膝を交えていたとき、突然、領主の三好式部少輔が姿を見せた。

 三好家の定紋じょうもん三階菱さんかいびし釘抜くぎぬききの大紋を打った素襖すおう姿で、式部少輔が上座に腰をおろすや、二人は深々と平伏した。

 式部少輔は京師けいし(京都)の動乱の巷で、鬼式部と怖れられる猛将である。

 右京進が事の次第をかくかくしかじかと主君に告げる。

「ふむ。無辜むこの民を騙す卑劣な犬神使い、断じて許すまじ。捕えて極刑に処すだけでは物足りぬわ」

「と、申されますと」

「見せしめのため、ことごとく地獄の責め苦を味わわせてやれ。阿波国中の不埒ふらちな行者どもを震え上がらせるような刑に処するのじゃ」

 式部少輔は、そのために飢えた野良犬を二十匹ほど集め、吉野川の河原にさく囲いのおりを造るべしと、二人に命じた。

 盂蘭盆会の十五日の朝がやってきた。

 朝霧の中、円覚坊を筆頭に、十五名の行者が甚兵衛屋敷の門の前に立った。

 と、そのとき――。

 行者たちの背後を、すきや棒を手にした村の若い衆が取り囲んだ。全員の目に殺気がみなぎっている。

はかったな。百姓ども!」

 行者どもが憤怒の形相すさまじく、腰の野太刀を鞘走さやばしらせた次の瞬間、屋敷の門が音を立てて開け放たれた。

「げっ!」

 行者どもは驚愕の目をみはった。

 門の内から弓兵二十名ほどがぎりぎりと矢をつがえ、自分たちを狙っているではないか。しかも、その弓隊の背後には槍隊も整然と控えているのだ。もはや逃げ場はない。

 郡代の右京進が声を張りあげた。

「犬神使いどもに物申す。大人しくばくにつけ。さもないと、ここでことごとく討ち果たす」

 頭目の円覚坊が、へなへなと地にへたり込むや、手下の行者どもも項垂うなだれ、「やんぬるかな」と縄目なわめの身となった。

 だが、後ろ手に縛られたこの時点で、行者どもは「まさか神仏に仕えるわれらを殺すはずはない。阿波の国から追放されるだけのこと」と、をくくっていた。

 それが誤りであることに気づいたのは、さしたる時間はかからなかった。

 全員が吉野川の河原に造られた柵囲いの中に閉じ込められたとき、不穏な空気というよりも、はるかにおぞましい獰猛どうもうな気配が、隣接の檻から漂ってきたのである。

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