第5話 死の罠

 小者の留蔵から話を聞いて、事の重大さに思い至った甚兵衛は、以来、行く先々で犬神使いの所業しょぎょうを聞いてまわった。

 それによると三郎左衛門のように娘をかどわかされたというばかりでなく、家財産まで根こそぎだまし取られたという話まで、悲惨な話がさまざま出てくるではないか。

 ――そう言えば、わが屋敷に参った行者……たしか円覚坊と名乗っておったが、また来るやもしれぬ。いかに処すべきか。

 甚兵衛が犬神使いに対処する方策を考えていたとき、領主の三好式部少輔しきぶしょうゆう長之ながゆき)から、れがまわってきた。

 その下知状には犬神使いが現れたら、すぐさま通報するか、召し取るべしとある。

 聞くところによれば、京都の幕府奉行たる飯尾いいのお常蓮じょうれんから「阿波の国中に横行する不届きな犬神使いを捕え、厳しい罪科に致すべし」との通達状が送られてきたという。

 三好式部少輔は阿波守護の細川成之しげゆき家宰かさい(筆頭家老)で、三好郡だけでなく美馬郡、板野郡の三郡を所領としていた。この三郡は阿波全体のほぼ三分の一に相当する広さであった。

 すなわち式部少輔は、間違いなく阿波随一の国人領主であり、その根城とするのは本貫地である三好郡の芝生しぼう城であった。

 某日――。

 甚兵衛は芝生城に赴き、郡代の久保右京進うきょうのしんと面談し、犬神使いに対する幕府の方針を問い合わせた。

 右京進は三好家譜代の家臣で、その容貌たるや、京の公卿くぎょう公達きんだちを思わせる美丈夫である。さもありなん、右京進は平家落人の里として知られる祖谷山いややま出身で、平盛清の弟教盛のりもりの次男教経のりつねの血を引く。

「幕府奉行が申される厳しい罪科とは、いかなるものでございましょうや」

 その甚兵衛の質問に対して、切れ者と評判の右京進が歯切れよく返す。

「犬神使いなる者の悪行、みやこにまで聞こえておる由。邪悪よこしまなる者どもを放置すれば、われらの面目もつぶれよう。この際、どのような処断を下しても構わぬ。見つけ次第、ひっ捕らえ、ことごとく死罪に処すべし」

 それから、ひと月ほど経過し、盂蘭盆会うらぼんえの日が近づいた。

 旧暦においては、七月十三日から十六日までの四日間が盂蘭盆会、つまりお盆の期間である。

 お盆をひかえ、墓掃除が終わった甚兵衛の村に、ふと白い影が現れた。山伏の円覚坊であった。以前、現れたとき同様、金剛杖に犬の生首をぶら下げている。

 円覚坊は甚兵衛の屋敷の門前で、大声を張りあげた。

「ごめんあれ」

 下男の留蔵が門を開け、「これは、これは行者どの」と、愛想よく屋敷内へ招き入れた。

 円覚坊は屋敷の奥の間へ通され、すぐさま顔を出した甚兵衛に告げた。

「やはり、前回の見立てどおり、この屋敷には悪霊がりついておる。急ぎ、折伏しゃくぶくせねば、家中にさまざまな不倖が起きよう」

 甚兵衛は、その細面に憂悶の色を浮かべた。 

「まったく困りましたな。それほど深刻な事態とは露知らず……」

「うむ。この円覚坊すらたじろぐほどの手強てごわい悪霊が、この屋敷には巣食っておる」

「ほう。左様で。そうなると、できるだけ多くの行者どのにお集まりいただき、皆々さま打ち揃って護摩焚きの上、悪霊憑霊の折伏をお願いできますれば、ますます効験あらたかと存じまするが……いかがでございましょう」

「ふむ。それもそうであるな……なれど、そうなると人数分の祈祷料をはずんでもらわねばならぬ」

「当然にございます。家の危難に際し、銭惜しみをできましょうか」

「わかった。では、十人ほどの行者を引き連れ、改めて参ろう。盂蘭盆会うらぼんえ十五日の日でよろしいかな?」

 甚兵衛が「よしなに」と頭を下げた。

 それを見て、円覚坊は内心にやりとほくそ笑んだ。十人もいれば、長逗留の上、大枚の銭を騙し取れるだけでなく、この屋敷すらも乗っ取れるやもしれぬと思ったのだ。

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