05 学園祭は大事なイベント

 学生のほとんどが王族や貴族の子というこの学園の学園祭は、あたしが前世で通っていた学校のそれとは大きく違うところがある。

 前世での学園祭は各クラスや部活ごとに出し物をしていた。けれどこの学園では生徒が出し物をすることは稀で、基本的に外からプロを呼ぶ。

 シェフを屋台に呼んで調理させ、劇団を体育館に呼んで上演させる。近くの街からカフェも出張させるし、生徒はただ遊ぶだけだ。


 ゲームで何度も見たから知っていたけれど、現実にその場に立ってみると、学園祭というより学校内で開かれた縁日に来たような気分だ。

 基本発想が〝自分たちの手で創意工夫する〟ではなく〝金を払って他人にやらせる〟なんだよなあ。


「普段の学園とは違う雰囲気で、わくわくしますね。シルヴィア様っ」


 あたしが白けている一方、隣ではアルカがはしゃいでいる。

 前回まで赤点ギリギリだったというアルカは、この間のテストでは全科目で平均点を越えてきた。

 疑問に思って教師に確認したけれど、アルカが赤点続きだったのも直近のテストで突然平均点を越えたのも嘘ではないらしい。

 アルカはやればできる子だったようだ。じゃあ今まで何してたんだ?


「お祭りだからって浮かれすぎないように。ちゃんと杖は持ってきていますね?」

「はーい」

「いいですか、祭で外部の方がたくさんいらっしゃるということは」

「〝悪い人が紛れ込まないとも限らない〟ですよね。もう何回も聞きましたよ」

「……わかっているなら、よろしいですわ」


 あたし、そんなに何度も言ったかな。

 アルカが珍しく呆れたように言ったので、過去のアルカとのやりとりを思い返してみると――うん、確かに何度も言った。

 だって今回の学園祭では、悪い人が〝来るかも〟ではなく〝確実に来る〟なのだから。


 前にアルカが魔物に襲われたイベントは、侵入者たちの下準備だった。今回は本格的に、学園に保管されている古書を奪いに来る。

 ゲームなら、ヒロインの育成状況によって少しイベントの展開が変わる。攻略対象に守ってもらってキュンキュンするもよし、鍛えたヒロインと攻略対象の共闘に熱くなるもよし、だ。


 まだ納得しきれていないけれど、もし仮に、アルカが悪役令嬢あたしの攻略ルートを進んでいるのだとすると、このイベントでアルカを守らなきゃいけないのはあたし。

 ちょっと怖いけど、自分の身を守るためにもやらなくちゃ。あたしは気合を入れ直したのに、


「どこから回りますか、シルヴィア様。スイーツなら西側のこことここ、食事ならこっちとこっちが美味しいらしいですよ!」


 アルカは学園祭のしおりを広げてニコニコしている。


「休憩したくなったら言ってくださいね。カフェも五店出張に来ているそうですが、休憩用に開放されている教室もチェックしておきました」


 アルカの持っているしおりには、丸や細かい文字がたくさん書き込まれている。教科書はあんなに真っ白だったのに……。


「よっぽど学園祭が楽しみだったんですのね」

「そりゃあ、シルヴィア様との初デートですもん! 下調べくらいしますよっ」


 デート。

 ……そっか、デートか。女友達と遊ぶような感覚でいたけれど、確かに学園祭はデートイベントだった。

 そういえば、シルヴィアになってからデートなんて初めてかも。デートだと思うと、なんか急に恥ずかしくなってくる。

 あたしを見て一瞬きょとんとしたアルカが、突然あたしの腕に絡みついてくる。


「意識してくださったんですか? 照れるシルヴィア様も可愛いですっ」

「別に照れてませんわ!」


 アルカから顔を背けたら、王子が校舎から出てくるのが見えた。王子があたしたちに気付いて足をこちらに向けてきたので、アルカに合図をしてから頭を下げる。

 足早に歩いてきた王子の許可を受けてから顔を上げる。王子の一歩後ろには今日も無愛想な従者が一人控えていた。


「邪魔をして申し訳ないんだけど、シルヴィアと二人で少し話せるかな」

「わたくしと?」


 王子に請われて断るという選択肢はない。襲撃者が来るタイミングははっきりとはわからないけれど、ゲームでは学園祭で少し遊んでからだったし、すぐ戻れば大丈夫かな。

 アルカをちらっと見ると、アルカが「あ、はい、ごゆっくり……」としょげた顔で下がる。


「ごめんね、アルカ。シルヴィア、そこの空き教室まで来てもらっていい?」

「承知しました。では、アルカはこのあたりで待っていていただける?」

「はい……」


 アルカを残して校舎に入る。空き教室の前まで来ると、王子は従者を廊下に残して一人だけ教室に入っていった。あたしもそれを追って教室に入ると、従者が外から扉を閉める。

 話って何だろう?

 ゲームで王子が二人っきりで話したいと言ってきたときは、場所もシチュエーションも全然違うけど、ヒロインに王子の気持ちを告白する恋愛イベントだったような――えっ、えっ、そういうアレじゃないよね!?


「で、シルヴィア。気を悪くしないで聞いて欲しいんだけど――」

「えっ、ひゃいっ」


 動揺しすぎて噛んだ! はずかしいっ!!

 目を丸くした王子が、ふっとふきだし、肩を震わせて笑う。


「シルヴィアでも、そんな風に噛むことがあるんだね」

「笑わないでください」

「ごめんごめん」


 しばらく笑ってから、ようやく落ち着いたらしい王子が咳払いをする。


「ええと、それでね。君がここのところ、〝学園祭に賊が入ってこないか警戒した方がいい〟というような話をしているって、教えてくれた人がいるんだけど」

「え」

「気を悪くしないで欲しいんだ。その人は立ち聞きした君の話を告げ口したかったわけではなくて、懸念があるなら僕は学園祭の間はあちこち出歩かないほうがいいんじゃないかって、心配してくれただけだから」

「あ、ああ、別に、その程度で気を悪くなどしませんわ」


 恋愛のレの字もない、真面目な話だった。

 自意識過剰で恥ずかしい。アルカがデートだとか何とか言うから、ちょっと頭が恋愛モードになってたじゃないのよ。もう! シルヴィアにそういうのないから!!


「この学園には貴族の子供たちが通っているから、誘拐や暗殺を警戒して、学園祭の際には特に厳重な警備が敷かれている。それくらいのことは知っているはずの君が随分警戒しているようだから、気になってね」

「いや、それは……」


 ゲームで実際に襲撃者が来ていたから絶対来ると思ってるんだけど、どう説明すればいいんだろう。


「もしかして、何か知っているの?」

「えっ」


 真面目な表情で見つめられて言葉に詰まった。

 知ってるって、何を? 王子は何を想定して聞いてるんだろう? あたし何か疑われてる?

 そりゃあゲームの設定とかエピソードとか、いろいろ知ってるけど!


「何か知っているのかな、とは思うけど、その割に表立って行動もしないし、どうしたの? 何か話せない事情があって困っているなら、相談に乗るよ?」


 心配そうに見つめられ、また反応に困る。これは――ただ純粋に心配されてる?

 疑われているかもだなんて、また自意識過剰だったかな。さすが〝天使王子〟だ。悪役令嬢あたしみたいなライバルキャラにまで優しい。

 一度落ち着こう。自意識過剰は自重しよう。あたしはシルヴィア、このゲームのライバルキャラ!


「別に、そういうことではございませんの」


 頬に手を当て、ふうと息を吐く。鏡の前で何度も練習した、シルヴィアらしい仕草の一つ。それだけでいつもの調子が戻ってきたのを感じる。


「先日魔物が学内に侵入したことが気にかかっているのです。あれで終わりのような気がしなくて。でも特別何か確信があるわけでもございませんし、そんな不確かな理由で皆に気をつけろなんて言えませんわ」

「あの魔物騒ぎのあと、学内に不審な魔法の跡がないか調査されて、何も見つからなかったと報告を受けているけど」

「そうですわね。だから本当に、個人的な不安でしかありませんのよ」


 我ながら悪くない言い訳だ。……たぶん。

 ゲームのイベントを未然に防ぐと何が起こるかわからないので、教師たちには何も言わなかった、というのが正直なところだけど。


「そう……それならいいんだ。時間を取らせて悪かったね」


 王子がそう言って、穏やかな笑みを広げる。


「僕も気にはなるから、近衛達にも学内の警戒に当たらせておくね。それから前も言ったけど、何かあったらいつでも頼ってくれると嬉しいな」

「気にかけていただいて光栄ですわ。ありがとうございます」


 目を伏せて頭を下げる。子供の頃に叩き込まれた貴族の礼。シルヴィアらしく、きっちりお手本どおりにできているはずだ。

 うん完璧。自画自賛していたら、王子はなぜだか笑みを困ったようなそれに変えた。


「ねえ、シルヴィア。もし僕が、今日――」

「今日?」


 礼を崩して顔を上げる。

 王子の口が開いたけれど、王子はすぐに目をそらしてしまって何も言わない。少ししてようやく、あたしに視線を戻してきた。


「……今日は、アルカと学園祭を見て回るんだよね」

「ええ、その予定ですが」

「後夜祭のダンスは誰かに誘われてる?」

「いえ、特には」


 そういえば後夜祭のことは考えてなかったな。

 後夜祭では自由参加の野外ダンスパーティーがあって、ゲームだとアルカは攻略対象と踊っていた。でもあたしとアルカは女同士だし、ステップが合わなくて踊れはしないだろう。親友ルートではダンスを見ながら二人で料理を食べていただけだし、そうなるのかな。


「じゃあ、最初のダンスパートナーを僕が予約しても構わないかな?」


 そう問われ、わずかに首を傾げる。

 強く断る理由は特にないけれど、なんであたし?


「あまり一人の婚約者候補に肩入れされないほうがよろしいのでは?」

「婚約者候補以外に声をかけるほうがややこしいよ。君は婚約者候補の筆頭だし、っていうのは言い訳かな」


 まあ、そっか。妃に据える気もないのに婚約者候補以外と最初に踊るなんて、変な誤解をされかねない。

 そういう意味では、学園祭とはいえあたしも王子以外と最初に踊っちゃいけないな。立派なパーティでは気にしていたけれど、後夜祭だってダンスはダンスだ。


「君も承知していると思うけど、王族や貴族ぼくらの婚約は結婚はそうそう自由になるものじゃない。それなら婚約者が正式に決まるまで、せめてこの学園にいる間くらいは、ダンスの相手くらい自由に選んだっていいだろう?」

「はあ……」


 ん? あれ? 婚約者候補以外にダンスを申し込むわけにはいかないって話じゃなかった?

 あ、最初は文句のつけにくい相手と踊っておいて、二人目以降を自由に選びたいってこと?

 なるほど、あたしは風避けね。オーケーオーケー。


「では、お受けいたしますわ」

「うん。……じゃあ、また後でね。時間を取ってくれてありがとう」


 失礼しますと礼をしてから下がる。

 廊下から窓の外を見ると、生徒たちは皆それぞれに学園祭を楽しんでいるようだ。

 うん、急いでアルカと合流すればイベントの発生には間に合いそうだ――と思ったのに、元の場所にアルカはいなかった。

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