07 君を探して
王子と一緒にアルカを探し回って、ようやく彼女を見つけたのは、校舎から遠い第二運動場の近くだった。
学園祭の本会場からも随分離れてしまったので、楽しげな声が遠い。
アルカは祭の声に背を向けて、一人で空を見上げていた。
「アルカ!」
アルカに近づいて声をかける。
振り向いたアルカは、あたしと目があった途端に顔を強張らせ、ぱっと身を翻して駆け出した。
なんで逃げる!?
「ちょっと、お待ちなさい!」
「嫌ですー! 聞きたくないですー! 私みたいな平民にわざわざ断りに来なくていいですよう!!」
「何を言っているのかわかりませんわ!」
アルカの足が速いうえ、あたしのヒールの高い靴も丈の長いスカートも走りにくい。
アルカの背が遠ざかっていくのに焦りを覚えて速度を上げようとしたら、地面の石に足を取られた。
「きゃっ」
思いっきり転んで、肘も膝も強く打ち付ける。痛みに耐えながら立ち上がろうとしたら、近くの茂みががさりと鳴った。
音のしたほうに目を向けると、一体の魔物と目が合った。
「えっ――」
なんでアルカじゃなくてあたしのほうに出る!?
とっさに杖を取り出そうとしたけれど、転んだ体勢だったからもたついた。
攻撃なんかよりまず逃げなきゃ!
魔物が大きく口を開ける。口の中に火の玉が生成されていくのを見て、さあっと血の気が引いた。
「シルヴィア様!」
「シルヴィア!」
魔物の口から炎が放たれた瞬間、咄嗟に目を閉じた。
でもあたしのすぐそばでドンと音が鳴ったかと思うと、熱が四散する。
そうっと目を開けたら、あたしの前に土の壁があった。え? なんだこれ?
「シルヴィア様、大丈夫ですか!?」
あたしに駆け寄ってくるアルカも王子も、二人とも杖を握っている。立ち上がって周囲を見ると、もう魔物の姿はなかった。
「あの、魔物は……?」
「魔物なら私が倒しました!」
アルカがぐっと杖を握る。
えっほんとに? アルカが魔法の実技授業についていけるようになったという話は聞いたけれど、魔物をソロ討伐できるほど腕を上げていたとは思っていなかった。授業でそこまでの力、発揮してなかったじゃない?
「ではこの壁も?」
「それは……」
アルカが王子に目を向けたので、つられて彼を見たけれど、王子は無言で微笑しただけだった。
げっ、攻略対象にライバルキャラを助けさせてどうすんの!
慌てて王子に頭を下げ、できるだけ丁寧にお礼を言う。王子は「君が無事で良かった。怪我はない?」とにこにこしている。
「で、アルカ。わたくしを誘っておきながら、逃げ出すなんてどういうつもりですの」
あたしが睨むと、アルカは口をへの字に曲げる。かと思えば、急にぼろっと涙をこぼし始めた。
「シルヴィア様ぁー、私、やっぱり二番手の愛人なんて嫌ですうー!」
……は?
いや、そもそもアルカを愛人にするなんて承諾してないけど。っていうか愛人にしてって言ったのはアルカなんだけど。急に何?
「私みたいな平民がお側にいられる方法なんて他にないってわかってますけど、でも……っ、この先ずっと、殿下の隣を歩くシルヴィア様を見送らなきゃいけないのかなって思ったら悲しくなってしまって」
王子に話があるとちょっと呼ばれただけなのに、将来の想像をするなんて、飛びすぎじゃない?
だいたい王子との話は、浮ついた内容ではなかった。
「今日だって、〝やっぱり殿下と回ります〟なんて聞きたくなくて……」
俯いてだんだん小さくなっていくアルカの声を聞きながら、ため息をつく。
「どうしてそんな話になるんですの」
「殿下に誘われたら、シルヴィア様は殿下を優先されるじゃないですか」
そりゃあシルヴィアの立場上、原則王子が優先ではあるけれど、アルカは何を言っているんだろう。
「前提が間違っていますわ。殿下がわたくしなどお誘いになるわけがないでしょう」
「…………え?」
アルカがぱっとあたしを見たかと思うと、すぐに王子に目を向ける。
「譲ってくださるんですか?」
ん? 何を??
「少し考えはしたけど、今日は君が先約でしょ。横から掠め取っても、シルヴィアは楽しめないだろうし。でも後夜祭の最初のダンスパートナーは予約させてもらったよ」
「う。後夜祭ははっきり誘ってなかった……」
ん? んん?
「ねえアルカ。君がいなくなったって、シルヴィアがとても不安そうな顔をしていたんだ。君の気持ちもわかるけど、シルヴィアにあんな顔をさせないでほしいな」
「あっ、ごめんなさい!」
アルカが慌てた様子であたしを見たけれど、あたしは目を瞬くことしかできなかった。
え? え? どういう意味??
今の二人の会話は、王子もあたしを誘いたかったように聞こえるんだけど――いや! 自意識過剰は自重しようとさっき決意したばかり!
きっとあたしは聞き違いか勘違いをしてるんだろう。うん落ち着こう。
キィ、と高い鳴き声が空から聞こえる。つられて見上げたら、白い鳥が羽音を立てながら降りてきた。
白い鳥が王子の差し出した手首に止まる。王家の人たちが連絡手段として使っている鳥だ。王家の人たちにしか伝言を聞けない魔法がかけられているらしいけれど、詳細は秘匿されているからあたしも知らない。
鳥がまた鳴く。あたしにはキィキィとしか聞こえなかったけれど、王子は急に真面目な表情になった。
「何かございまして?」
ゲームのイベントが発生したんだろう、と思いつつそう聞いてみる。我ながら白々しい。
「君の不安が的中したってとこかな。詳しいことはまだわからないけど、ここ以外にも魔物が現れた場所があるみたい。ひとまず人がいるところまで、皆で戻ろう」
「あ、はい。アルカもいいですわね」
「はい……」
王子が先に歩き出したけれど、アルカはすぐには動かなかった。
ゲームのイベント的には今日はこれ以上のことは起こらないから、放っておいてもいいんだけど……仕方ない。
「行きますわよ。それとも置いていかれたいのかしら」
アルカの手首を軽くつかむ。目を丸くしてあたしの手を見つめたアルカは、ぱっとあたしの手をほどいてから指を絡めてきた。
女同士で、恋人繋ぎだなんて。
不意打ちにたじろいだら、あたしを見上げたアルカがへへっと笑った。
さっき泣いたかと思えば、もう笑ってる。
〝シルヴィア〟としては、ここは怒って振りほどくべき?
迷ったけれど、皆のところへ戻るまではいっかと思うことにした。
せっかく泣き止んでくれたのだから、今は好きなようにさせておこう。
王子が振り返ってあたしたちを見たけれど、特に何も言われなかった。
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