08 後夜祭(1)
魔物や侵入者が現れたことで学園祭は中断されたものの、夕方の後夜祭だけは開催されることになった。
昼間の学園祭には外部の人間を呼んでいるけれど、後夜祭には学園の関係者か馴染みの楽団しか出られない。
時間を早めて暗くならないうちに後夜祭を開催することで、安全を確保しつつ生徒の動揺を抑えよう、ということだとゲームの中で誰かが言っていた。
後夜祭の会場の周囲には警備の兵を多めに配置するから心配しないようにと全体アナウンスはあったけれど、後夜祭の参加者は多くはない。
三学年の生徒のうち、後夜祭に出てきたのは十分の一以下だろう。
もともと後夜祭では校庭だけでなくその周囲の運動場や広場も使う予定になっていたけれど、メイン会場の校庭以外はガラガラだ。
「学園祭は残念でしたけど、後夜祭は無事開かれてよかったですね」
「そうですわね」
あたしとアルカは校庭の端っこで、立食用の小さなテーブルを挟み、それぞれドリンクのグラスを持っていた。
食事もバイキング形式のものが準備されているけれど、これから踊るなら食事はあとにしたほうがいいかなと思って手を付けていない。
でも、ダンスはどうするんだろう。
王子と踊る約束はしたけれど、それは魔物が出るより前のことだ。
何があるかわからないから出ないほうがいいって、王子は周りの人から止められないのかな。
ゲームの王子ルートでは王子は後夜祭に来ていたけれど、他のルートでどうかはわからない。
どうするのかなと思っていたら、王子は後夜祭が始まる直前に会場に現れた。途端にいくつかの女子集団がきゃいきゃい騒ぎ始める。
王子は周囲のざわつきには目も向けず、真っすぐあたしたちのほうに歩いてきた。
「間に合ってよかった。僕と踊ってもらえるかな、シルヴィア」
「はい」
差し出された王子の手をとる。アルカはちょっとムスっとした顔になったけれど、無言で一歩下がった。
王子と連れ立って中央のダンススペースに向かうと、皆が道を開けてくれた。
あたしたちがダンススペースの中央に着くと同時に楽団の演奏が始まる。たぶん王子が来たのを見て、指揮者がそうしたんだろう。
「それで、今日の事件はどうなりまして?」
踊り始めたのと同時に聞いてみる。
王子のリードは踊りやすい。音楽に合わせてセオリーどおりの動きをしてくれるから、あたしもついていくのが楽だ。
「問題なく片付いたよ。シルヴィアは心配しなくても大丈夫」
王子の答えはそれだけだった。詳細は教えられないってことだな、たぶん。
ゲームでも侵入者に直接出くわすルート以外では事件の全容はわからないようになっていた。今回は校舎から離れたところで魔物一体に出くわしただけだし、教えてもらえることなんて何もないか。
「それは何よりですわ。殿下が保証してくださるのでしたら、これ以上は伺いません」
食い下がるのはやめておこう。
「ところで殿下、次にダンスにお誘いになりたい方はどちらですの? 少しずつその方の近くに移動したほうがよろしいのではなくて?」
「……何の話?」
一瞬、王子のステップが乱れる。でもすぐに音楽に合わせたテンポに戻った。
「二人目に意中の方をお誘いになるために、風よけとしてわたくしを最初にお誘いくださったんですよね?」
また王子のステップが乱れた。
内心を見抜かれて動揺したのかな。王子でもそういうことあるんだな。
「君は、そういう解釈を……そう……」
大きめのため息を吐き出した王子が、苦笑をあたしに向けてくる。
苦笑ってなんでだろう。
「ああ、アルカでしたら他の殿方との約束はなさそうでしたわよ」
「……うん、そうだろうね」
今度は困り顔になってしまった。おっと間違えたかな。でも王子はいつも従者と一緒にいるし、他に仲のいい女の子なんて思いつかない。
ハッまさか、ここで従者とのBL展開が……!?
……、いや、さすがにそれはないな。ここ乙女ゲームの世界だし。
「でも、そうだね。次はアルカと踊っておこうかな。話もしたいし」
「? でしたら、少しずつ端に寄りましょうか」
何を話したいのかよくわからなかったけれど、アルカを誘いたいなら端で踊り終えないと。曲と曲の間の時間はそう長くない。
今の曲が終わるまでもう少しだから、移動を始めなくては。
アルカと王子が踊っている間は食事の時間にでもしようかな。
そんなことを考えていたら、王子がまた口を開いた。
「ねえシルヴィア。もし僕が、アルカを愛人に迎えてもいいから僕の妻になってほしいと言ったら、君は受けてくれるのかな」
「……どこから苦言を申し上げてよいのかわかりませんが、まず、わたくしはアルカを愛人にするなんて承諾しておりませんわ」
「そうなの? でも君は、そのうち承諾すると思うよ」
笑みを含んだ声で言われてしまい、目を瞬く。いやそんなことは――と返しかけたけれど、今は最後まで言い切ろうと思い直した。咳払い一つで流す。
「次に、わたくしたちの婚姻は、わたくしたちの意志で決まるものではございません。殿下はそのあたり、よくご理解されていると思っていましたけれど」
まあ、王子ルートではそのへん捻じ曲げにかかるのを知っているので、我ながらこの指摘はどうかと思う。
でも公爵家の令嬢として生まれ育ったシルヴィアとしてはそう言わないといけない。
歴史を紐解けば例外はあるけれど、貴族同士の、特に王族の婚姻は本人の意志とは関係なしに決まることがほとんどだ。
国と国との関係、各家系の力のバランス、大人たちの思惑、諸々のことを踏まえて選ばれる。だからこそ愛人を持つことが公式に認められている。
今は
王子はいい人だから、あたしとアルカの様子を見て申し出てくれたのかもしれないけれど、当人同士の口約束に意味なんてないのだ。
「そうだね。僕らが婚姻に関して我を通すのはとても難しい」
――ん?
聞き覚えのあるフレーズに目を瞬く。
あたしが聞いたことのあるセリフは〝僕らが〟ではなく〝僕が〟だったけれど、ほぼ同じセリフをゲームで聞いた。あれは王子ルートの終盤だったはずだ。
なんでそれ今言う?
王子は穏やかな笑みを浮かべてあたしを見つめていた。
「でももし君が望んでくれるなら、僕は君との未来を掴むために、あらゆる努力をすると誓うよ」
足がもたついて、危うく王子の足を踏むところだった。
今のは。
今のセリフは、もっと後の時間で紡がれるはずのセリフで。
何より王子がそのセリフを告げる相手はあたしじゃなくて、王子ルートに進んだアルカのはずで。
えっと。
えっと、それは、つまり――え?
今日〝自意識過剰、だめ、絶対!〟で振り払ってきたあれらは、まさか自意識過剰なんかじゃなかったってこと? え? え?? え????
音楽が終わるより先に固まってしまったあたしの頬に右手を添えて、王子がやわらかく微笑んだ。
華やかな音楽が止まる。
最後の余音が風に溶けて消え、代わりに周囲の話し声が大きくなった。
「音楽が終わってしまったね。ゆっくり考えてくれていいから、今度返事を聞かせてくれるかな。……でも、最後に一つだけ。僕は君が欲しいけれど、それ以上に君の笑顔を守りたい。君が断っても君の家を蔑ろにするようなことはしないから、君の思う道を選んでいいよ」
「は……い」
優しく手を引かれ、王子と共にアルカのもとへ戻る。
眉を吊り上げて真っ赤になったアルカが何か言っていたけれど、よく覚えていない。
さっきまでは二人が踊っている間に夕食にしようと考えていたのに、頭が大混乱では食事どころではなかった。
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