【完結】悪役令嬢ですが、なぜかヒロインに攻略されそうです

夏まつり🎆「私の推しは魔王パパ」3巻発売

01 ヒロインに告白された件

 夕暮れ時の、校舎裏。

 生徒も教師もあまり近寄らないその場所は、茜色に染められている。

 でもその美しさに目を向ける余裕もないくらい、あたしの頭は混乱していた。


 ――どうしてこうなった。


「シルヴィア様、私、あなたが好きです!」


 あたしの手をそっと包み込むようにして持ち、熱っぽい視線を送ってくる女の子が一人。

 平民ながら貴族顔負けの高い魔力を持ち、特待生としてこの学園に入学してきた彼女の名前はアルカ。

 彼女はこの世界の――いや、この乙女ゲームのヒロインだ。うん、そのはずだ。

 乙女ゲームのヒロインであるはずの彼女が、どうして悪役令嬢であるあたしに告白をしてきたかというと――わからない。一体どうしてなんだろう?


 そもそもこの世界は、乙女ゲームであって百合ゲームではない。

 親友キャラとの友情エンドならあったけど、ライバルキャラである悪役令嬢と和解するルートも恋に発展するルートもなかった。

 ゲームを何周もプレイし、完全攻略本も設定資料集ファンブックも読み込んだあたしの記憶に間違いはないはずだ。


 なのに、どうしてこうなった??????


「アルカ、それは何の冗談ですの? わたくし、あなたに恋心を告白される覚えなんかなくってよ」


 内心の動揺をどうにか押さえ込み、手を引っ込めてつんと顎を持ち上げる。

 ちゃんと高飛車なお嬢様らしく振る舞えている、はずだ。 

 だって五歳で自分がゲームの悪役令嬢シルヴィアに転生したことに気がついてから、シルヴィアらしくあるために毎日演技の練習と実践を重ねてきたのだから。

 シルヴィアの親ですら、シルヴィアの中身の変化には気付いていないに違いない。


 このゲームの悪役令嬢は、主人公が誰と結ばれようと破滅も死亡もしない。ゲーム開始時点では第一王子の婚約者候補の筆頭ではあるけれど、正式な婚約ではないから、婚約破棄もない。

 下手に動いて何かを変えてしまうより、ゲームの時間が終わるまでシルヴィアらしく振舞っておくのが安全だと思ったから、アルカには冷たく当たってきた。

 あたしとしては冷たい目でアルカを見下ろしたつもりなのに、アルカは怯むどころか真剣な顔でずいと身を乗り出してくる。


「冗談なんかじゃありません! 私はシルヴィア様をお慕いしています」


 いやいや。

 いやいやいやいや。

 なんでだよ。ドMかよ。


 はあー、とわざとらしくため息をつき、己の眉間を押さえる。


「あなたの周りには、優しくて格好いい殿方がたくさんいらっしゃるのではなくて?」


 このゲームの攻略対象は七人もいる。もちろん全員イケメンだし、多様化している乙女の好みをカバーすべく、性格も見た目もバラエティに富んでいる。

 よっぽど特殊な趣味でなければ、攻略対象のうち誰かは好みにひっかかるはずだ。少なくとも、私の友人たちには「好みのキャラが全くいない」と言う子はいなかった。


「そりゃあ、優しくて格好いい人ならたくさんいらっしゃいますけど、一番優しかったのも、一番格好よかったのもシルヴィア様です!」


 そんなばかな!

 あたしはヒロインをいじめる悪役令嬢役のはずだ!

 高いプライドとでかい態度が格好良く見えると言われればまあわからなくはないけど、優しいは違う。


 口元を引くつかせたのを慌ててひっこめる。 

 いかんいかん、あたしはシルヴィア・エインシュタール。こんなことで冷静な仮面を崩す女じゃない。


「わたくし、平民なんかに優しくしませんわ」

「そんなことありません! 入学してすぐの頃、魔法の下手な私の練習に日が暮れるまで付き合ってくださったのは、シルヴィア様です」

「……あ」


 あれかー!


 そう言われてみれば、あたしたちが入学してすぐの初めての魔法の実践授業でそんなことがあった。

 でもアルカの練習に付き合ったのは優しさからではない。

 ただ隣の席という至近距離で魔法を暴発させられ、身の危険を感じたからだ。

 アルカが気になって観察していたから防護壁の発動もギリギリ間に合ったし誰にも怪我はなかったけれど、ぼんやりしていたら危なかったかもしれない。いや教師も防護壁を作ってくれてたけど。


『あなた、魔法が下手にもほどがありますわ。発動できないならまだしも、暴発させるってどういうことですの!?』

『す、すみません……』

『魔力だけは高いと聞いていますが、まともに扱えもしない平民に魔力があるとろくなことになりませんわね!』


 シルヴィアらしくヒロインをいびろうという気持ちは多少あったものの、それ以上に「なんでよ!」とイラっとしたからついまくしたててしまった。

 だってゲームでは、魔法の実践授業のミニゲームなんて超超超超低難易度だったのだ。

 メトロノームのようにゆっくり揺れる針を、緑のバーに合わせて止めるだけ。ゲームの進行に合わせて徐々に針の動きが速くなってはいくけれど、それでも簡単だった。

 そりゃあ実世界ではゲームのような針も色のついたバーもないけれど、だからって難しいわけではない。あのゲームのイメージでやればいける。


『杖を構え直しなさい』

『えっ』

『返事は〝はい〟だけで結構!』

『はいっ』


 まさかプレイヤーに操作されていないとダメなのかこの子は? とイライラしながら、授業そっちのけでアルカの面倒を見た。

 途中で教師に話しかけられたけれど、「何か?」と睨んだら教師は黙った。

 そして授業のあと、


『シルヴィア様、ありがとうございました』

『は? できてもないのに帰る気ですの? 今日の授業はこれで終わりですし、できるようになるまで帰しませんわよ!』


 帰ろうとするアルカをひっ捕まえて一人だけ居残らせた。

 日が暮れて夕食の時間になっても魔法の練習をやらせたけれど、あたしとしては〝食事もとらせないなんて初手からいいイジメだ〟と思ってたのに。


「シルヴィア様は、自分もお腹が鳴ってるのに、私ができるようになるまで付き合ってくださって。おかげで私、次の実技授業からはちゃんとついていけるようになったんです!」


 まさか感謝されているとは思わなかった。

 しかもお腹の音まで聞かれていたなんて恥ずかしい。


「別にあなたのためにやったことではありませんし、あの程度で好きだと言われましても……」

「それだけじゃありません! 学園内に魔物が現れたとき、シルヴィア様は私を守ってくださいました!」

「いや、あれは……」


 あの時は、攻略対象が誰も助けに来ないから、仕方なく!


 学園内に魔物が現れるというイベントがあったのだけれど、本来ならばその時点で一番好感度の高い攻略対象が現れてアルカを助けるはずだった。

 ゲーム内で起こるイベントであたしがどう振る舞うべきかは、誰のルートかによって多少違ってくる。だからアルカが誰のルートに入っているのか確認しておくため、イベントに合わせてアルカの近くに待機していた。

 そしたら誰も来なかった。攻略対象が来ないときは親友キャラが来るはずなのに、親友キャラすら来なかった。


 ――なにこれ? このままだとヒロインがやられるんじゃね? それってゲームオーバーになるってこと? 待って待ってヤバくない?


 脳内は大混乱だったけれど、とにかくヒロインに何かあったらゲームの展開から大きく逸れる、ということだけは間違いない。

 仕方なく慌てて飛び出し、魔法で魔物を撃退したのだ。


『この程度の魔物も倒せないだなんて、特待生が聞いて呆れますわね』


 そんな嫌味をしっかり言い放つことで、シルヴィアのイメージを守りつつ切り抜けたつもりだったのに。


「私を背にかばって魔物を退治してくださったシルヴィア様は、本当にかっこよかったです。私も魔物なんて一人で倒せるくらい強くなりたいなって思いました」


 頬をピンクに染め上げて目を潤ませるアルカの様子を見るに、あたしの意図とは全然違う捉えられ方をしていたようだ。

 他にも他にもとアルカは過去の出来事を挙げていく。どれもこれも、あたしは虐めていたつもりなのにアルカには真逆の解釈をされている。

 アルカの語るシルヴィアは、どう聞いてもツンデレのいい人だ。

 違う。あたしがろうとしてきたシルヴィア像と違う!


 でも恋は盲目って言うし、ここであたしが訂正を試みたところで聞いてもらえない気がする。

 シルヴィアは長々と言い訳するキャラでもないし、ここは――きっぱり断るが吉!


「大事なことを忘れていらっしゃるようなので、教えて差し上げますわ。わたくしは公爵家の娘で、この国の王太子殿下の婚約者候補筆頭です。魔力が高いだけの平民を相手にするとでもお思い?」


 さあ、どうだ! ぐうの音も出まい!

 しゅんと眉尻を下げたアルカを見て、若干罪悪感を覚えないでもなかったけれど、あたしは悪役令嬢シルヴィア、この程度でほだされるもんですか!


「はい、釣り合わないことはわかっています……」


 ほらみろ!


「ですが、この国の王族や貴族には愛人を持つことが認められていますよね。私をシルヴィア様の愛人にしてください!」


 ――なんでだよっ!


 夫どころか正式な婚約者もいないのに、愛人に立候補するってどういうこと。

 確かに愛人を持つことは認められているけれど、あたしは愛人なんて持つ気はない。

 でも真剣な顔つきで、目をうるうるさせながら見つめられると怯みそうになる。


 か、かくなる上は――逃げよう!


「とにかく、わたくしはお断りですわっ」


 身を翻して駆け出すと、背後から「私、諦めませんから!」という声が聞こえてきた。

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