03 王子まで何言ってんだ

「シルヴィア様、今日は私とお弁当食べませんか?」


 昼休みになったので廊下に出たら、アルカに声をかけられた。

 あれ、なんだこれデジャヴュかな? と、思ってしまうくらい昨日と同じシチュエーションだ。

 あからさまにため息をついて見せ、アルカをじっと見下ろす。


「食べません。昨日もお断り申し上げたでしょう」

「今日も唐揚げありますよ」

「あなたね……」


 食堂で控えめにランチを食べてから、自室でこっそり食べたアルカのお弁当は美味しかった。ああ攻略対象たちの称賛コメントはお世辞じゃなかったんだな、と実感する程度には。

 また食べたいと思う味ではあったけれど、毎日二食分のランチを食べていたら確実に太る。


「あんな油っこくて味の濃いもの、毎日食べてたら肌が荒れますわ。毎日毎日作ってこないでください」


 腕を組むことで拒否を態度で示しつつ、冷たく言い放つ。

 あたしの予想に反して、アルカはぱぁっと顔を輝かせた。


「やっぱり食べてくださったんですね! 週二回ならどうですか? 次はもっと薄味にしますね!」

「えっ、ち、違いますわ。あれはその、わたくしではなく猫――いえ、使用人が食べたのです」

「でも、お弁当箱を返しに来てくださった使用人さんが〝とても美味しそうなので私も食べたかった〟と仰っていましたよ」


 ノイラ! あいつ余計なことを!

 あたしが食べたことは内緒にしろって言ったのに!!

 いや命令どおり、あたしが食べたことは言ってないのかもしれないけど。


 次は余計なことは何も言うな黙って返せと命令しなくては――いや、違うそうじゃない。

 次がないように行動するんだ。唐揚げの誘惑に負けるなあたし。


「……どうかした? 何かトラブルかな?」


 背後から聞き覚えのある澄んだ声が聞こえてきて、さっと振り返る。

 なんでここで王子が出てくんの、と心のなかで悪態をつきながら、体は優雅な礼をとる。アルカや周囲の生徒たちも皆慌てて礼をとったのが視界の隅に映った。

 顔はすぐには上げない。王族には、許可を貰えるまで頭を下げ続けるのが礼儀だからだ。

 学園内でいちいち礼を取っていたら王子も皆も大変なので、学園内では免除されているけれど、シルヴィアは礼をおろそかにするタイプじゃない。


「いいよ、楽にして」


 王子にそう言われてようやく、あたしも周りの皆も顔を上げた。

 金色の捲毛に、スカイブルーの瞳。可愛らしい顔立ちの彼は、一部のファンの間では〝天使王子〟と呼ばれていた。見た目も中身も天使だから。

 中身が見た目どおりのいい子すぎて物足りないって言う友達も、いい人すぎて治世が心配って言う友達もいたけれど。


 穏やかな笑みを浮かべる王子の背後では、涼しい顔の従者が控えている。

 王子の護衛として王宮の近衛兵も何人か学園に来ているらしいけれど、王子にぴったりくっついている護衛はいつも従者一人だけだ。


 王子が進み出て、あたしの正面に立つ。

 ふわっとした笑顔で王子が首を傾げた。


「何か困っているなら、僕でよければ力になるよ。君は僕の婚約者なのだから」

「婚約者〝候補〟ですわ。こんな言い間違いをなさるなんて、王宮の外だからと気が緩んでらっしゃるのではなくて?」

「手厳しいな」

「主の過ちを正すのは、臣下の務めでございますので」


 あたしの注意の何が面白かったのか、王子が肩を震わせて笑う。それからあたしの奥にいたアルカに目を向けた。


「アルカ、君は……シルヴィアの愛人に立候補したって聞いたけど」

「はいっ。将来お世話になります、よろしくお願いします!」


 元気に答えたアルカが深々とお辞儀をすると、王子が微笑みを困ったようなそれに変えた。

 はあ、と額を押さえてから、腕を組んでアルカを見下ろす。


「何もかも決まっているかのような物言いはおよしなさい。まず、殿下の婚約者が決まるのは一年以上あとのことです。他にも候補がいらっしゃるというのに、学園の中とはいえそのような発言は不適切です。それから、わたくしはあなたを愛人にすることを承諾した覚えもありません」

「でも、シルヴィア様がふさわしいと思いますし、私は愛人の座をまだ諦めてません!」

「だから発言に気をつけなさいと言っているでしょう!」


 アルカみたいな平民なんて、ちょっとしたことで簡単に首が飛びかねないのに、わかってないのか? いや、わかってないからこんなことを平気で言うんだろうけど。

 王子が困ったような笑顔のまま、アルカに目を向けた。


「アルカ。シルヴィアは君の身を案じて指摘してくれているのだから、そこは素直に聞くべきだよ」


 ちげーよ。

 何言ってんだこいつは。

 目を瞬いたあたしをよそに、アルカもはっとしたような顔をして「すみません、シルヴィア様……」と目を潤ませながらこちらを見てくる。


 何度でも言う。

 ちげーよ。


 いや、ゲームの時間が終わるまではヒロインに何かあっては困るから、まるっきり間違っているわけではないんだけど……。


「でも、愛人か。国の制度として許可されているから、僕が否定するわけにはいかないのだけれど」


 王子が今度はあたしに向き直る。


「僕としては、あまりよそ見をされたくないものだね」


 何言ってんだおまえ。

 ゲームのどのルートでも、王子はシルヴィアに対して良い感情は持っていなかったはずだ。

 なのにどうした? 周囲に人が多いから、婚約者候補との仲は良好ですよアピールか??

 まあ王家と公爵家の関係は良好に保つべきだろうし、王子って大変だな。


「話を戻すけど、困ってるなら助けになろうか?」


 王子が言う。

 助けになるってどう――ん? おいおい。生徒同士の些細な話に国家権力が出てきてどうするよ。

 ヒロインのアルカを助けに来たんだろうか? でもそれならアルカに向かって話をするはずだし、何より魔物の襲撃の時に王子は現れなかったしなあ……。うーん。

 まあ、とにかく断ろう。関わってこられると逆に面倒なことになりそうだ。


「結構です。殿下はご自身の影響力の大きさを再認識なさったほうがよろしいのではなくて? それに、わたくしがこの程度のことも自分で対処できないとお思いなのでしょうか」

「僕はただ君に助けになりたかっただけなのだけど――でも、君の言うとおりだね。わかったよ」


 苦笑した王子が、アルカをちらっと見て「君も、お手柔らかにね」と声をかけてから立ち去っていく。

 アルカが「はいっ、手はやわらかいです!」と明後日の返事をしたせいで、周囲からちらほらと笑い声が聞こえてきた。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る