04 人が増えてく勉強会
「シルヴィア様、次のテストまで勉強を教えていただけませんか?」
「アルカ、あなた……」
何冊もの教科書を抱えて話しかけてきたアルカに、あたしは肩を落とす。
弁当攻撃は週二回に減ったものの、アルカは毎日毎日何かしら話しかけてくる。
このゲームで誰かを攻略するためには、暇さえあれば攻略対象に話しかけに行って好感度をちまちま上げていく必要がある。こんなにあたしに話しかけてばかりでは、攻略対象たちの好感度なんて全然上がっていないのではないのだろうか。
――いや、薄々気づいてはいる。
最も好感度の高い攻略対象が現れるはずだったイベントでアルカを助けたのはあたし。そしてアルカが毎日話しかけているのもあたし。
アルカは
そんなルート、ゲームにはなかったけど。
「お願いします。私、いっつもテストで赤点で……次のテストで一科目でも赤点とったら留年だよって先生に言われてしまいました」
「は?」
え? は? え?? は??????
ヒロインが留年? そんなことある??
私の操作していたアルカは、二周目以降の定期テストで常に満点をとらせていたから、アルカに勉強ができないイメージはなかった。
毎回赤点だなんて、まさか本当に、この子はプレイヤーに操作されていないとダメな子なんだろうか?
ダンスの実技も見られたものではなかったし、魔法の実技以外ズタボロってこと?
「アルカ、あなた自分の立場がわかっていますの? 平民ながらもこの学園に入学を許されたのは魔力あってのことですが、勉学をおろそかにしていては退学だってありえますのよ」
「うう……」
しゅんと眉尻を落としたアルカを見て、あたしはため息をつく。
どうすっかなー。ここで素直に応じるのはシルヴィアらしくない、が、かといってアルカを放置すると本当に留年か退学になりかねない。
ゲームの時間が終わる来年の春までは、留年も退学もやめてほしい。
「あなたの成績など、わたくしの知ったことではありません。わたくしはテストまで自習室で勉強をしますので、邪魔しないでください」
「えっと……あっ、じゃあ私も自習室で勉強しますね!」
「あなたの予定なんて知りませんわ」
「はいっ、勝手にします!」
ニコニコと満面の笑みを広げるアルカは、ゲームのスチルで見たより可愛い。
この笑顔ならどの攻略対象でもオトせるだろうに、なんであたしのとこに来るかなあ。
「シルヴィア様、できれば私、テストのあとにご褒美がほしいんですけど……赤点を一つも取らなかったら、学園祭、一緒に回ってくれませんか?」
そう言って、アルカが身を乗り出してくる。
勉強を始める前からご褒美のおねだりかいっ。
「結果を出してからお言いなさい」
とりあえず回答は保留しよう。
そう思ったのに、さらに顔を輝かせて「はいっ」と返事したアルカは、今の私の返事を〝イエス〟と受け取っていそうだ。
「私、頑張りますね。シルヴィア様っ」
アルカは嬉しそうにしているけれど、あたしはいいよなんて言ってない。
でも学園祭のイベントのことを考えると、あたしはアルカと一緒にいなきゃいけない気もする。
うーん。学園祭までは少し時間があるし、どうするかはゆっくり考えよう。
シルヴィアをしっかり演じるためには、学年上位の成績をキープしないといけないのだ。あたしも真面目に勉強しなくては。
自習室は全生徒に開放された部屋ではあるけれど、自室で勉強する生徒がほとんどだから、テスト前であっても席はスカスカだ。あたしも過去に利用したことはない。
座る場所なんか選びたい放題なのに、当然のような顔でアルカはあたしの隣で勉強を始めた。
「シルヴィア様、ここの計算教えて下さい」
「それは……、そんな簡単な問題も解けないなら、教科書の三章七節の解説を読み直してから、五十八番から六十一番の例題を解いてはいかが?」
「三章七節……これですね、ううーん」
とか、
「シルヴィア様、歴史の人物が覚えられません」
「教科書で足りないなら、図書室で伝記なり詳細な歴史書でも読めば頭に残るのではなくて?」
「今からテストまでに読みきれません……」
「それは厳選して――、……はあ、わたくしが読んだことのある本のリストを差し上げますから、借りていらっしゃい」
「はい!」
とか、アルカが話しかけてくるのに応対しているうち、自習室を使う生徒が徐々に増えていった。
同じクラスの生徒も他のクラスの生徒も、なぜか自習室に来てはあたしに質問にくる。
わからないことがあるなら教師に聞けばいいし、アルカと違って貴族の皆は一時的に家庭教師を雇うこともできる。これまでのテスト勉強だって、皆そうしていたはずだ。
話しかけてはこないけど、王子まで自習室に来るものだから、外から中の様子を伺う生徒まで出てきて自習室の中も外も狭く感じる。
「シルヴィア様、やっぱり歴代宰相様の名前が覚えられません。何かコツはないですか?」
「あのう、私は名前は何とか覚えたのですが、いつも頭の中で順番がぐちゃぐちゃになってしまって……」
複数のクラスメイトからそう話しかけられて顔を上げると、話しかけてきた生徒以外も何人かがあたしを見ていることに気がついた。
歴代の宰相より王のほうがはるかに重要だし、過去の宰相の名前なんてテスト範囲の狭い定期テストくらいでしか必要ない知識ではある。でも定期テストで出る以上、赤点を回避できれば上々のアルカはともかく、高成績を狙うなら宰相も覚えないといけない。
「コツなんてありませんわ。努力が足りないのではなくて?」
ふいっと顔を背けつつ、心の中では「わかるー、あたしもめっちゃ苦労したー!」と同意する。
写真のないこの世界の本は、文字しか印字されていない。
似たような名前も多いし、文字だけで覚えろっていうのが無茶だと思うんだ。
「皆様のお宅には、肖像画もないのかしら? 我が公爵家には歴代の王だけでなく要人の肖像画も保管されておりますのよ。例えば今回のテスト範囲のだと、第三十二代の王に仕えたラングラム様は幅の狭いちょび髭が特徴的ですわね」
「……ちょび髭?」
あれ、伝わらなかったか?
あたしはノートの上のほうに小さな丸を書き、点々の目と幅の狭いちょび髭を描く。うん、だいたいこんな感じ。ついでに丸の下に〝ラングラム様〟と名前も書いておく。
「その次のエルハルト様は髭の幅が口の幅まで広がりますわ」
ラングラム様の隣にもう一つ丸を書き、点々の目と、幅が広めのちょび髭を描く。また〝エルハルト様〟と名前も書いておこう。
「さらに次のジェニトリー様は、ええと……どういう言葉で表現すればいいのかしら。ジェントル髭ですわね」
ジェントル髭というのは、あたしが今適当に呼んでみただけで本当は何と呼ぶべきかは知らない。
漫画とかアニメにたまに出てくる、〝ザ・ジェントルマン〟って感じの男性キャラクターがよく生やしている、左右の端がくるんと丸まっている感じの髭だ。
エルハルト様の隣にまた丸と、点々の目と、ジェントル髭、名前を描く。
「ブフッ」
ふきだす声が聞こえて顔を上げると、あたしの手元を見ている皆が口元やお腹を押さえて震えていた。質問してきた子たち以外もあたしのノートを見て笑っている。
そ、そんな変な絵か?
「君は……なかなか可愛らしくて面白い絵を描くね」
「!?」
振り返ると、王子もあたしのノートを見下ろしながら笑みを浮かべている。
慌てて立ち上がって礼をしようとしたけれど、「礼はとらなくていいよ」と王子に言われてやめた。
「この絵、僕が貰ってもいいかな?」
「そ……っ、そんな落書きはおそれおおくてお渡しできませんわ」
「落書きでも、僕はこれが欲しいな」
なんでだよ! いらないでしょ!!
こんなの人にあげたくはないけれど、シルヴィアの立場を考えると、王子に求められて断るわけにもいかない。
仕方なくノートを丁寧に破いて渡すと、王子は「うん、ありがとう」と言ってまだ肩を震わせて笑いながら去っていった。
「シルヴィア様、私も今の絵、欲しいですっ!」
「アルカまで何言ってますの!? もう描きませんわ!」
アルカにも他のクラスメイトにもまた描いてほしいと請われ、何なんだと思いながら結局もう三セットの宰相たちを描かされたのだった。
◇
「――と、いうことがあったんですの。皆して人の絵で笑うなんてひどいですわ」
寝る前のお風呂タイム。
湯船の外であたしの髪を洗ってくれているノイラに愚痴をこぼすと、ノイラは「お嬢様は画伯ですからねえ」と笑いを隠さずにそう答えた。
画伯って何だ、下手って意味か? 主に対して失礼な。
ノイラのこういう、あたしの顔色を伺ってこないところが気に入って連れてきたんだけど、今のはちょっと傷ついた。
「楽しそうで何よりです。お嬢様には親しいお友達もいらっしゃいませんでしたし」
「……友達がいないのは、わたくしの選択ですわ」
「はいはい」
「負け惜しみではなくってよ!」
弁解してみたけれどノイラは聞き流している。
これ以上はやめよう。への字になった口を隠すように、顎を湯につけた。
別に、楽しくは――……その、楽しかった、けど。
ノイラの言う「友達がいない」のはそのとおりだ。ゲームのシルヴィアに取り巻きはいなかったはずだし、家柄だけで寄ってくる子と一緒にいるのも疲れるし。
こちらからは極力誰にも話しかけず、話しかけられてもシルヴィアらしく冷たく返してきたから、友達なんてできるわけがない。
アルカくらいだ。毎日毎日、無邪気な笑顔で話しかけてくるのは。
友達とテスト勉強なんて前世ぶりだったから、思い返してみると少しはしゃぎすぎたかもしれない。
アルカにも他の生徒たちにも、普通に勉強を教えてしまった。これじゃあゲームのシルヴィアっぽくない。
でも、肝心のヒロインがゲームと違う行動をとっているのに、あたしがいつまでもゲームのシルヴィアらしくふるまい続ける意味なんてあるんだろうか?
「お嬢様はすぐにややこしい言い方をされるので心配していたんですよ。ちゃんと理解してくださる方がいらっしゃったみたいで何よりです」
「……ん?」
顔を上げると、ノイラがにこにこしながらあたしを見下ろしていた。
「わたくしはツンデレではありませんわ」
「ツンデレって何ですか?」
「いくつかパターンはありますが、典型的なのは普段ツンツンした態度なのに時々優しい、みたいな人のことですわね」
「じゃあ、言い方はキツイけど話している内容は優しい、みたいなパターンは?」
ちょっと考える。
あたしの思うツンデレとはちょっと違うけれど、言い方のキツさがツンで中身の優しさがデレだとすれば、まあツンデレの一種かな。
「それもツンデレかもしれませんわね」
「お嬢様は昔からそんな感じですよ。自覚なかったんですか? 付き合いの長い者は全員知ってます」
「違いますわ!」
「はいはいツンデレツンデレ。……あ、次からこれでいこ」
「あまり調子に乗ると屋敷に送り返しますからね!?」
ばしゃばしゃと水面を叩いて抗議したけれど、ノイラには「そろそろ頭流しますよー」とスルーされた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます